prologue
少女は、ひび割れた大地に膝をついて、一心に空を眺めていた。
空は、あきれるほど青かった。
幼い少女は、勝気な青い瞳を大きく見開いて、空を睨みつけていた。しばらくずっと、まるで敵のように睨み続けていたが、やがて堰を切って泣き出した。
空の、代わりに。
いつの間に現れたのか、少女の目の前に紫の髪をした少年が立っていた。
彼は、泣いている少女を紫水晶のような瞳で無表情に見下ろしていた。
「かあさまが、死んでしまったの」
少女は、問われもしないことを言った。涙声にならないように必死だった。
「とうさまは、悪くないのに。連れていかれたまま、まだ帰ってこない……」
なぜ。見ず知らずの少年に言い訳じみた話をしているのか、まだ幼い少女にはわからなかった。
どんどん冷たくなっていく母のそばで、一晩中泣き明かした。それでも、夜明けには気を奮い立たせて亡骸を葬った。たった一人で、母を大地に返したのだった。
「ここは、どの辺りだ?」
少年は、まるで大人のような口の聞き方をした。年の頃は、少女とあまり変わらないように見えるのだが。
「コクトー」
少女は、地方の名を答えた。
「コクトーの外れ」
『外れ』と言ったところに、彼女の精一杯の怒りが詰まっていた。
北から西にかけて岩山に囲まれ、後は不毛の地が続く。そんな処に、ぽつんと粗末な小屋が建っていて、今ではそれが彼女の住まいなのだった。
「館は?」
と、少年が尋ねた。
少女は黙って、コクトー領主の館のある方角を指差した。
少年は、少女が指した南西に視線を流した。小さく集落が見える。少年は、しばらく家々の屋根を見つめていた。どこか仕方なくといった風情の漂う態度だった。
少年は、次に空を見上げた。
彼が微かに顎を上げたとき、青一色の空を風が吹き抜けた。
少女は驚いて、少年を、正確には少年の紫紺の髪を見つめた。風はわずかに湿り気を含んでおり、少女の頬の涙の後を優しく撫ぜていく。
「あなた……」
少女は言葉を呑んだ。彼が、誰であるかを悟った。紫の髪に紫の瞳を持つのは、彼ただ一人。
少女は、まだ涙の後を残しながらにっこりと笑って、
「もう少し早く、来て欲しかった」
と言った。けれどそれは、少しも非難がましい口調ではなかった。
「でも。来てくれて、ありがとう」
ところどころ擦り切れてくたびれてはいるものの、元はそれなりに値の張ったものであっただろう衣装。肩の上で切りそろえられた銀の髪が風に揺れている。その少女の、少年を映す深い青の瞳は、彼が初めて出会った恐れも媚びもない真っ直ぐなものだった。
その日、コクトー地方に虹がかかった。
真昼に降る光の粒は、静かに大地に染み渡った。
それから幾日か、雨は弱く、時に激しく降り続いた。そうして、三年ぶりの雨は去った。