第一章四話「疑い」
「なぁ、街に行かないか」
週に一度、会って話しをするようになってからしーくんはそんなことを言い出した。
「ごめん。私は山神様の力で生きながらえている身、山から出ると私は消えてしまう」
そう言うと、しーくんは残念そうな顔で「そっか」と呟く。
山で会って話しをするだけではしーくんはつまらないのだろうか―ーと、不安がちらつく。
普段山で暮らしている私にとっては、しーくんと言う見える人間と会って話しをすることは非日常的でとても楽しいことだが、妖かしを見慣れているしーくんはそうでもないのかもしれない。そんな不安が心に重くのしかかる。
日が暮れる頃いつものようにしーくんを帰してからも、もやもやは続く。
意を決して山のふもとまで下りて見ると、山の出入り口でしーくんとしーくんの友人らしき少年が喋っているのが見えた。
「お前最近付き合い悪いじゃん。彼女でもできたか?」
その口調はしーくんを責めている様子ではなく、寧ろ友達を軽くからかっているような、そんな口調だった。
しーくんは少し黙ると、照れたように頬をかいてから口を開く。
「ばっかちげーよ。ただ……大切な用事なんだよ」
それだけ言ってしーくんはぷいと友人らしき少年から顔を背ける。
しーくんの友人らしき少年はしーくんの言葉に「ふーん?」と言いながらにやつく。その表情に悪意はなく、ただ楽しそうな顔だ。
私はしーくんの言葉に驚いた。と同時に恥ずかしくなった。
しーくんは一度だって山に来ることをつまらないなんて言った事はなかったし、つまらなそうな態度を見せたこともなかった。
なのに私は――勝手に疑って不安がってた。馬鹿だ私。
爪が皮膚に食い込むぐらい強く手を握る。その拳は震えていて、今にも自分を殴りそうだった。
強く強く手を握ったまま、しーくん達が帰って行くのをただ見つめていた。
ありがとう、しーくん。そう心の中で呟いた。
しーくん達を見送ってから、暫く私はその場から動けなかった。
夕日が沈み辺りが闇に包まれてから、ようやく住処へ帰った。
住処へ帰ってから、もう二度としーくんを疑うまいと固く心に誓った。
思春期の子供みたいに不安定な日和ちゃん。300年生きてても乙女は乙女です