第一章一話「出会い」季節・冬
[妖かしとは――]
本来人間には見えざる存在。稀に妖かしをその目に映すことのできる人間がいる。物に魂が宿り動き出す九十九神も妖かしの一種とされている。
*
山神様が消えた。世の中が移り変わり、人々の信仰がなくなった山神様は段々と力が弱まっていき、最期に自身の力を山に住む妖かしに分け与え消えた。
私のように力の弱い妖かしなど、もって一年の寿命と言ったところか――
山神様だった木にもたれかかり、うとうととしていた時、声が聞こえた。
「おい、風邪引くぞ」
それは男の声だった。ゆっくりと目を開くと、目の前に立っているのは一人の人間だった。
「お前……私が見えるのか」
私の言葉に男ははっとし、私から距離をとるように後ろへ数歩下がる。
「お前……妖かしか」
男は私を睨みつける。男の視線を受けつつ、私は口元に笑みを浮かべる。
私に鋭い視線を向ける男の目には怯えの色が見える。なぜか――妖かしをその目に映すことができる人間は妖かしにちょっかいをかけられやすい。ちょっかいと言っても中にはガチで襲う妖かしもいる。理由は単純に気に食わないから。妖かしより弱いはずの人間が妖かしを見るなんて生意気なムキー的な。
目の前の男も妖かしに襲われたことがあるのだろう。だが、私はそれよりも久しぶりに見える人間に出会えたことのほうが嬉しかった。思わず笑みが零れるほど。
「安心して、私は妖力が弱い。お前を襲えるほど強くない。山神様の力なくしては生きられないほどにね」
そう言って微笑むと、男は少し安堵したような表情になる。
「山神様って……?」
「この山の守り神だったお方だよ。もう消えてしまったけどね。それにしてもおかしな奴だ。妖かしに怯えるくせに何故逃げない?」
「それは……お前は襲ってこないから大丈夫なんじゃないかと……」
男の言葉に私はぴしゃりと言い返す。
「甘いな、もしわたしは力の弱いフリをしてるとしたら……?」
私の言葉に驚いたように男は数歩後ろへ下がった……と言うよりは後ろへよろけた、と言ったほうが正しい。
ショックを受けた様子の男を見て私は頭を抱えたくなった。別に敵意を持っているわけじゃないのに誤解をさせるような発言を……っ。
「あ、あくまでたとえ話よ」
慌てて繕うも男の目には警戒の色が滲んでいる。じりじりと後ろに下がっていくのが見え、不安と焦りでやってしまった。
地面を蹴り上げ空を舞う。男の目の前に到着した頃には半ば無意識のうちに男の手首をがっちりと掴んでいた。
逃げられてたまるものかと気が付けば行動に移していた。
男の恐怖心を煽るには十分の行動だったようで――
「は、離せっ」
ぶんぶんと腕を振り回す男。その顔は真っ青で私はまた失敗したのだと理解する。
「落ち着け、私はただお前と話を……っ」
ごつん、と言う鈍い音が聞こえ、目の前が真っ暗になった。
久しぶりの連載ものです。続くかどうか不安ですが、どうぞよろしくお願いします。