日常
おぉ、と喉を鳴らすノゾム。鷹志が彼の肩越しに体育館の中を覗くと、女子がバスケの試合をしているところだった。
不意にノゾムが振り向く。その唇は、両端が上を向いていた。
「何にやにやしてんだ、気持ち悪いな」
鷹志は冷たくあしらう。だがノゾムはそんな彼の腕を引っ張り、自分の前へ押しやった。何だよ、と文句を言いながらも試合に目をやり、そこでノゾムの心中を理解した。
「あ……」
そこにいたのは紛れもなく、鷹志が想いを寄せるマキだった。声を張り上げてチームメートに指示を出しながら走り回るマキ。彼女はバスケ部のキャプテンなのだ。
鷹志が弱気になる理由は、これだ。自分は“問題児”と呼ばれる不良。マキは皆に信頼されるキャプテン。きっと向こうは自分みたいな人間は嫌いだろう、そう思ってしまうのだ。
「もう駄目だ、もう無理。もう、超好きすぎ」
とてもやる気が感じられない声で鷹志は嘆く。
「直接言う勇気がないなら、メールにすれば?」
「アド聞く勇気がない」
「同じクラスのヤツとか、誰かは知ってるだろ」
「ストーカーとか言われて嫌われそう」
何を言ってもマイナス思考。
「お前なぁ……もう勝手にしろよ」
腹を立てた様子のノゾムはあからさまに不機嫌そうな顔でそう言うと、さっさとその場を去ろうとした。
「いや、ちょっと待った!」
慌てて肩を掴んで引き止める鷹志。その瞬間、今まで聞こえていたドリブルの音や応援の声などがぴたりと止んだ。
「……あれ?」
2人は嫌な予感がして下を見る。案の定、マキのクラスの女子たちが全員、上を――自分たちの方を見ていた。
いや、それだけなら大した問題ではなかったのだが、女子たちに声が聞こえていたということは、だ。
「これ、まずいんじゃないの?」
苦笑する鷹志。ノゾムは大きなため息をつき、お前だろ、と呆れ顔。
「お前ら! 授業はどうした!」
鷹志のそれよりも数倍は大きいだろうと思われる声が飛んできた。声の主は、体育の教師だ。
「逃げるぞ!」
2人は体育館を飛び出した。毎日、よく飽きもせずに同じことを繰り返すものだ。いや、彼らからしてみれば、まともに授業を受けることの方が“飽きる”のだろう。
今、彼らは生き方を模索している。こうした中で、自分というものを確立していく。彼らなりの、『モラトリアム』。