ヘタレ
「鷹志! マキちゃん来たぞ!」
放課後の玄関。靴箱から顔を覗かせて声を上げるのは、黒い短髪の少年、斎藤ノゾム。右耳にピアスをしている。彼らの世代では片仮名の名前が流行っているようで、同じ学年にはレイラやマキなどがいる。
「待った、ちょっと待った! やっぱり駄目だ!」
後ろで待機していた茶髪の少年はそう言うなりノゾムに背を向けて走り出し、どこかへ行ってしまった。「あっ? おい鷹志!」
逃げ出した彼が、相本鷹志である。背が高く運動神経が良い。整った顔立ちは大人びていて、一見完璧に見える。
だが、彼には優柔不断という欠点があった。今も、隣のクラスの稲村マキに告白するために玄関で待ち伏せしていたにも関わらず、逃げ出す始末。
「おいこら、待てヘタレ!」
ノゾムは大声で叫びながら、ヘタレこと鷹志を追いかけていった。
「おい!」
手を伸ばして鷹志の襟をぐっと掴む。全速力で走ってきたため、ノゾムの額には汗が浮かび、肩で息をしている。彼は乱れた制服を直しながら――と言っても元々だらしなく着くずしていたため、さほど変わらないのだが――ため息を一つついた。
「せっかくチャンスだったじゃんよ」
すると鷹志は勢いよく振り向き、絶対に無理だ、と少し大きな声を出した。
「マキちゃんモテるじゃん、絶対ごめんなさいって言われて終わるから!」
実年齢よりも大人に見える彼は、言葉を発すると途端に年相応――いや、それよりも下ではないかと思ってしまう。
そんな彼を見て、ノゾムは思わず呆れ顔になる。
「お前はもっと自信持てば? 鷹志も、十分モテるよ」
これはもちろんノゾムの本心だ。しかし鷹志は首を横に振る。
「ていうか話しかける勇気なんてない」
付き合いきれないわ、とノゾムはぼやく。もし自分が鷹志の容姿だったなら、間違いなく最大限に活用するだろう。そう思いながら、ポケットに手を突っ込んで来た道を引き返していった。