弛緩
ガチャンッ
家に帰り鍵を閉めた。この音を聞くと落ち着く。なんだか守られているって感じがして安心できるからだろう。
仕事から帰ったアタシを盛大にお出迎えしてくれるのは、愛犬の『チョコ』の仕事だ。ミルクチョコレート色の艶やかな毛並みに愛らしい顔、仕草すべてが可愛くてたまらない。
チョコと少し戯れてから、夕食の準備をして、お風呂に入って、読みかけの恋愛小説を読んだり、借りてきたDVDを観たり……。一人暮らしは何かと忙しいものだ。
自宅に居てせわしなく動いているのはいい。何より孤独を忘れさせてくれるから……。
あ、ごめん。アタシにはチョコがいたね。
午後十二時を過ぎて、世界は静けさに包まれたようだった。バカ騒ぎするテレビ番組の音や、ガンガンうるさい洋楽の重低音、普段は嫌悪するような音も、この時間帯の不気味な静寂には必要なのかもしれないと思った。
カチンッ
ほんの幽かに聞こえたこの音は、アタシの不安や恐怖心を完全に粟立たせた。だけど、素直に受け入れられるはずがない。一瞬否定したけど、その否定を否定したのはチョコだった。普段滅多に吠えないチョコが玄関に向かって吠えている……。
アタシは勇気を振り絞って玄関へと躍り出した。電気を付けて見てみると、やっぱり鍵が開いていた……。震える身体を、恐怖に支配された心を奮い立たせ鍵を閉めた。
ガチャンッ
そう、この音は私に安心を与えるが、その一方でこの上ない不安や恐怖を振り撒く音でもあったのだ。チョコはまだ吠えるのを止めない。腰が抜けて動けなかった。のぞき穴を見る勇気などないアタシはドアの前にへたり込んで、起きてしまったこの出来事を頭の中で必死に整理してみる。
こんなことをするのはアイツしかいない……。横山シンジだ。
病的に色白で骸骨のようなアイツは、会社の上司で入社したての頃から、何かにつけてアタシを気持ち悪い目つきで見てきた。きっとアイツだ。ドアを開けられてたら……と思うと寒気がする。
カチャ
また幽かに聞こえた。鍵をピッキングで開けるような音……。無我夢中で鍵を抑えた。もうイヤだ。誰か助けて…………………。
気が付くと、ドアにもたれたまま眠っていた。リビングのガラス張りのドアからは朝日が漏れている。……チョコが居ないことに気が付いた。と同時にリビングのドアが開いた。
『…イケナイヨ、ベランダガアケッパナシジャナイカ…』
横山シンジはニヤリと笑った。
2010/9




