短編小説 「影の笑み」
私はひとつの嘘を抱えている。
#創作 #短編小説
私はひとつの嘘を抱えている。人が嘘をつくことなど、さして珍しいものではない。世の中は大小さまざまな偽りで満ちている。だが私の嘘は、胸の奥にひっそりと居座り続け、静かに私を縛りつけている。
あなたは私を信じている。疑うこともなく、まっすぐに。それは驚くほど素直な信頼であった。疑うことを知らぬ子どものように、あなたは私の言葉をそのまま受け取る。信頼とは、どうしてこうも人の胸を締めつけるものなのだろう。人は時おり尋ねる。
「どうしてあなたはそこまであの人を想うのか」と。
私はその問いにうまく答えられない。理由を数え立てるほど、私はあなたを理解しているわけではないからだ。だが、ただ一つだけ確かなことがある。あなたの笑顔である。私がそれを見るのは、たいてい夕暮れのころである。それは不思議なほど曇りのない笑顔だ。まるでこの世に疑いというものが存在しないかのように、あっけらかんと笑う。その笑顔を見るたび、私は胸の奥に沈めた事実を思い出す。
だから私は嘘をついた。
もしあなたがその事実を知れば、きっとその笑顔は消えてしまうだろう。私は知っている。花が霜に触れた朝のように、静かに、そして取り返しのつかぬ形で。知らないままでいれば、あなたはあなたのままでいられる。穏やかな日々の中で、何も疑わずに笑っていられる。しかし私は、時折考える。それは本当に幸福なのだろうか。偽りの上に成り立つ安らぎなど、はたして真の安らぎと呼べるものなのか。それでも私は言えない。真実を語る勇気も、沈黙を破る強さも、私には備わっていなかった。ただ胸の奥で、この沈黙をひそかに「罪」と呼びながら、抱え続けている。
それは誰にも語れぬ罪である。あなたを助けることすら、どこか恐ろしく思える。そこで私は、ひとつの考えに行き着いた。私があなたの前から消えてしまえばよいのではないか、と。そうすれば、この嘘も共に消える。あなたは真実を知ることなく、今と同じように笑っていられるだろう。それが最も穏やかな結末なのかもしれない。だから、ただ願う。どうか真実を探らないでほしい。それが、嘘を抱えた者に残された、最後の望みなのである。あの笑顔が曇るところを、私はおそらく見ることができない。そして今日もまた、あなたは何も知らぬまま笑っている。
その笑みの影に、ひとつの嘘が、静かに立っている。
想い人を思う者の沈黙について書きました。
静かな物語ですが、読んでいただけたら嬉しいです。




