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第十五話 『氷のリシア』


 

 

 リシアが消えた。

 人混みの中で起こった諍いに、一瞬気を取られた隙に忽然と姿を消した。

 しばらく俺とフィリアの二人は、人混みの中や少し離れた場所を捜索したがリシアの姿は何処にも無かった。

 次から次へと、困ったものだ。まったく、これでは勇者探しどころでは無い。これだから子守は苦手なのだ。


 「一応ローラの宿に行ってないか確認するわ」

 「分かりました。では俺は冒険者ギルドのに方に行ってみます」

 「何言ってるよ、これであんたまで居なくなったら余計面倒になるでしょ!あんたも一緒に来るのよ」

 「え、あ、分かりました」


 そう言えば俺自身も今は子守される立場であった。リシアの奴、見つけたら尻を叩いて仕置きの刑だ。

 待ってろ、すぐに見つけてやる。



 ----



 暗くて何も見えない。もう夜かしら。


 彼女、リシア・スカジ・スリフィノール8歳は現在、ある建物の一室に閉じ込められていた。


 遡る事数時間前。

 リシアは、ルイスやフィリアと共に勇者の行方を知るべく、街中を渡り歩いていた。

 そして街の中央に差し掛かった時。何かの揉め事により出来た人混みに呑まれリシアは、ルイス達と逸れる羽目になった。


 そんな時、1人女性に声を掛けられる。

 リシアはその女性に食べ物で釣られ、着いて行った結果。現在、暗い部屋に閉じ込められる羽目になったのだ。

 

 勿論、彼女とて一国の領地を任される領主家の令嬢。

 日頃から知らない人に飴ちゃんをあげると言われても着いて行っては駄目だ。と父からも護衛からも言われていた。当然普段で有れば、何をあげると言われても着いて行く事は無い。その必要が無いからである。 


 何故なら彼女は、令嬢中の令嬢。

 トレスニア王国三大領地の一つ。リットベルの領を統治するスリフィノール家の娘。いわゆるプリンセスなのだ。欲しい物は欲しいと言う前に与えられて育った。だからわざわざよく知りもしない人に着いて行く必要など無い。


 ただし、それは普段で有ればの話し。

 この6日間の旅は、彼女にとってその全ての常識や考え方を変えさせた。

 常に付き纏う空腹感。満足に熟睡する事の出来ない寝床。そして、いつ何処で魔物や野党に襲われるかも分からない環境。この全てが彼女生存本能を呼び起こしたのである。常に周囲に意識を巡らせ、眠れる時に眠り、食べれる時に食べる。だから彼女は、着いて行ったのだ先程食べたカリカリホクホクの芋菓子。ポテトに釣られて。

 要は、食い意地に負けたのである。

 

 それに声を掛けて来たその人物には見覚えがあった。白髪混じりのブロンドの髪に、黒のブラウスを着た中年の女性。

 それは先程フィリアの案内で訪れた宿屋の女将、ローラだった。

 今夜宿泊する宿の女将。彼女に着いて宿に行けばきっとルイス達と会える。もしかすると既に戻って私を待って居るかも知れない。そんな考えで彼女は、女将に着いて行ってしまった。


 その結果、知らない男達に引き渡され、暗い部屋に閉じ込められた。

 当然彼女も馬鹿な訳では無い。察しが悪い訳でも無い。既に彼女は気付いていた、自分が騙されたと言う事に。


 騙された。

 あの人ポテトをくれない。

 きっと悪い人ね。


 さっきの男の人達。

 昨日ルイスが倒した人達と同じ服装をしていた。

 氷神教。確かそんな名前だった。


 ルイスやフィリアは、気が付くだろうか。

 あの宿のローラが悪い人だと。

 恐らく無理ね。

 2人は気付けない。特にフィリアは、ローラと昔からの顔見知りの様だったし、完全に信用している。なら2人がここに来る事は無い。


 きっと私は、ここで死ぬ。

 2人は助けに来ない。いつも私を守ってくれたモンカもここには居ない。勇者も英雄も本当は何処にも居ない。きっとそうだ。


 少女の頭の中は、そんな悲観的な考えで埋め尽くされていた。不安とも恐怖心とも違う。

 それは諦めにも近い心情であった。少女はとっくに諦めていたのだ。故に取り乱す事も、慌てる事も無い。ただ、静かにその場に座り込んでいた。


 「大丈夫? 」


 そんな中、突然暗闇の中で声がした。


 「誰? 」

 「私はキーラ。あなたのお名前は? 」


 声は子供の幼い女の子のものであった。

 声の方を見ると暗闇の中、部屋の角にうっすらとお山座りをした女の子の影が見える。


 「・・・・リシア」

 「よろしくリシアちゃん。あなたもあの人達に連れて来られたのね」

 「・・・」

 「でも大丈夫よ。きっともうすぐ勇者様が助けに来て下さるわ」

 「来ないわ」


 リシアは、膝に顔を埋めたまま呟く。


 「来るわよ。困った時やピンチの時は勇者様が助けに来てくれるってお母様が言ってたもの。多分勇者様ったらお寝坊してるのね」

 「絶対に来ないわ」


 リシアは、知っていた。この街には既に勇者が居ない事を、ルイスとフィリアと3人でこの街の住民に聞いて、彼女自身今日知った事だ。

 しかし、リシアが強く否定したのはそれだけが理由では無い。彼女自身も、そう信じて居たからだ。

 少し前までは。


 私もずっとそう信じて生きて来た。幼い頃、お母様に本を読んで貰うのが好きだった。

 本に出てくる英雄や勇者達は、困った人が居るとどこに居ても必ず駆けつけて助けてくれる。そんな物語に憧れ何度も妄想した。

 ピンチになった私を颯爽と現れて助けてくれる。そんな勇ましい英雄の姿を。

 だからあの時、式典に魔王と名乗る仮面の男が現れた時、胸が高鳴るのを感じた。

 きっと今日なのだと、私の物語はここから始まるのだ。そして期待した英雄が、勇者が助けに来てくれる。 そんな風に・・・・


 でも来なかった。

 天下の大魔導士、英雄アルドエールも魔殺の勇者ミヤギ・トウジも助けには来なかった。

 結局助けてくれたの護衛のモンカと父の友人の息子ルイス。2人のお陰で私は、今生きている。でもそのせいでモンカとルイスのお母様は・・・・

 そして、その時悟った。英雄も勇者も、私を助けに来てはくれない。

 あれは所詮物語。人が誇張し、大袈裟にした作り話なのだと。だから自分で探しに行けば会えると思って旅をして居た。けど見つける前にこうなってしまった。

 終わり。旅も私の物語も全てここで終わる。


 「じゃあホントに来ないなら、あなたはどうするの? ずっとここに居るの? 」


 そう言うとその少女は立ち上がり、扉の方へと歩き出した。

 その頃には、目が暗闇に慣れ、その少女の姿がはっきりと写っていた。ボブヘアに白いワンピース姿の少女。


 「そんなの私は嫌! 誰も、助けに、来て、来れなくても、私はここを出て行く」


 少女は、何度も自分の体を扉にぶつけて、開こうとしていた。


 「無駄よ。建物に入ってこの部屋に来るまでに少なくとも5人は居た。ここから出られても直ぐに捕まって終わりよ」


 そんな言葉を投げかけられても尚、少女は止まること無く扉にその小さな体でぶつかり続けた。

 「でも・・・それでも、私は私の"物語"を諦めたくない」


 突然バンッと大きな音と共に眩い光が刺しこんでくる。急に差し込んできた光に眩しさを感じ目を細めながら扉の方を見た。

 すると扉は開かれ、少女の背中の向こうに廊下が見えていた。それから少女は、こちらに笑いかけると扉の外へと走り去って行く。


 少女の言葉と姿は、彼女にある事を思い出させた。それは彼女が最も信頼し尊敬している人物が最後に言ってくれた言葉。


 歩み続ける。


 彼女が、リシア・スカジ・スリフィノールが城を出て6日。その6日間は、決して彼女に劇的な変化をもたらした訳では無い。突然ベテラン冒険者の様な判断力を手にした訳でも歴戦の将の様な決断力を身に付けた訳でも無い。

 たかが6日。

 されど、その6日間は彼女に小さな一歩を踏み出させるには充分な時間であった。


 自分の物語を。


 意を消して立ち上がり、扉の外へと向かう。

 そして、廊下に出ると連れて来られた時とは逆。先程の少女が向かった方へと走った。



----


 

 壁に刺さしてある松明の明かりを頼りに廊下を進むと先に見える扉から話し声が聞こえてきた。

 音を立てない様、用心しながら近づく。すると突然「放して!」と叫ぶ声が聞こえてきた。その声は先程扉から出て行った女の子の声。 

 それに対して怒鳴る様な男の声をも聞こえてくる。

 只事では無いと直感した彼女は、急いで声のする方へと走った。


 少女の悲鳴が聞こえた部屋の前に立ち、扉を開く。

 そこは祈る女性の像が祀られる聖堂の様な場所、蝋燭の炎が部屋を薄暗す照らしている。

 部屋の左右には長椅子が4列分並べられており、その中央の通路に3人男達の姿があった。


 そして男達の下。

 足元に転がっているものを見て彼女は絶句した。

 それは先程まで同じ部屋で言葉を交わしていた少女。キーラの無惨な亡骸だった。

 白かったワンピースは赤色血に染まっており、切断された腕が亡骸の側にボロ雑巾の様に転がって居た。


 「はぁ、神に見出されるのは名誉な事だと言うのに・・・・逃げ出そうなどと考えるから、この様な天罰が下るのです。ですが、今や彼女の魂は我らが氷神様の元へと送られた。きっと素晴らしい寵愛を受けている事でしょう。羨ましい限りです」

 「祈ろう。この娘と我らが女神に」

 「たっく、あんたらも良くやるぜ。殺しちまったのは悪いが、報酬はきちんと貰うぜ?」


 3人の男達は、少女の遺体を囲み。悪びれる様子無く、平然と言葉を口にしていた。


 だから言ったのに。

 逃げても無駄だと、ちゃんとそう言ったのに。

 「うぅ寒っ!」

 「何だか突然冷えて来ましたね。コンネさんそこの扉を閉めて貰っても、おや? もう1人居ましたか」


 その言葉に他2人もこちらに気が付き、振り向く。そして、その内の1人。血の付いた剣を手に持つ、粗暴そうな男と目が合った。


 「おら、さっさと部屋に戻れ。てめえもこうなりてえか。ああ? 」

 

 男は、そう言いながら剣先を少女の遺体に向ける。


 「そんな言い方はよして下さいランズさん。

今日天罰を受けるのは1人で良いと神はそう言って居られる。部屋にお戻りなさい、迷える子羊よ。きっと氷神様がお導き下さるでしょう」

 「神様? そんなの居ないわ」

 「おっ、おい! 何だこれ⁉︎ 」


 少女に気を取られる間に室内の気温は極端に下がり、床には氷が張り始めている。

 そして、男達が異変に気が付いた時には、既に足元は凍りつき身動きが取れなくなっていた。

 「クソガキてめえの仕業か!!!」


 激情した男は、力尽くで足元の氷を砕き、

剣を振り上げて向かって来る。だが、依然として少女は、無表情のまま迫り来る男を見つめていた。

 男が少女に近づき間合いに入ったと剣を振り下ろしたその瞬間。ヒュンッと音を立てて、白く尖った矢のの様な物が男の胸部を通り抜けた。

 

 氷のリシア。

 彼女がそう呼ばれているのは単に彼女が、いつも冷く、冴えない表情をしているからでは無い。何事にも興味を示さない冷淡な性格をしているからでも無い。

 彼女がそう呼ばれて居るのは、彼女の扱う、特殊な魔術に由来していた。

 『氷魔術』 遥か昔に存在したと言われている7つの"古代魔術"の1つ。リシアは生まれた時からその氷魔術の扱う事が出来た。無条件がつ無詠唱、それも高範囲で。その威力は凄まじく、彼女の母が逝去した際、そのショックから自身の住まう城を丸ごと凍りつかせた事がある。

 そんな逸話から彼女は、そう呼ばれる様になったのだ。氷のリシアと。


 「ば、かな・・・・」

 

 男が振り下ろした剣は、少女からは大きく外れ、地面に突き刺さっている。

 そして男の胸には小さな穴が空いており、大量の血液が漏れ出していた。その頃には、後ろの2人は立派な氷像へと変貌していた。


 「だって本当に神様が居るなのら信じる人の味方をする筈だもの」


       ---ルイス視点---



 俺とフィリアが全てを知り、駆けつけた時には既に、この建物は半壊していた。建物の中から突き破る形で、巨大な氷が飛び出ており、周りにも建物の瓦礫やら氷の塊やらが散らばっていた。


 その惨状を目の当たりにして頭に嫌な想像が浮かぶ。

 

 何なんだ。ここで何が起こった。

 あの子は、リシアはどうなった。まさか、この瓦礫の下敷きになったのか。


 「リシア、リシアは何処だ 」

 「ちょっと、危ないわよ待ちなさい! 」


 建物の破片を飛び越え、崩れかけの建物の方へと向かう。建物に近づくと入り口は完全に瓦礫で塞がっており、通れそうもない。

 更に建物に近づいてみると、崩れた部分から中に入れそうな場所を見つけた。


 その隙間から建物の中に入り、辺りを見渡す。建物中は暗く殆ど何も見えない。

 手探りで進みながら少女の名を呼んだ。


 「リシアー! 居るのかリシアーー! 」


 その部屋の地面は一面、砕けた氷で覆われていた。

 バリバリと氷を踏みながら冷気の漂う部屋を進んで行く。すると足元に転がる何かに躓いた。


 「おっと!」


 咄嗟に側にあった柱を掴み、体を支える。

 何とか転ぶ事無く、体制を立て直して足元を確認する。何故か気になり、地面に転がる何かを足で触れてみた。


 そして、妙な違和感を覚えた。その地面に転がっている何かは瓦礫にしては柔らかく、氷にしては生暖かく感じた。

 その場にしゃがみ手で触れて確認してみると、サッと血の気が引くのを感じた。


 その何かは冷えきった人の肉体の様な感触がした、それも随分と小柄の、人の子供の形をしている。


 まさか・・・・


 「リシア、リシアなのか? おい、起きろよ。聞こえないのかリシア!!!」

 「ずっと聞こえてる」

 「うおぉ!」


 その声は部屋の奥、少年のいる場所から少し離れた場所から発せられた。崩れた天井の隙間から差し込む月明かりで微かに部屋の状態が見えてくる。

 足元に転がって居るのは探していた少女とは全く別の少女の遺体だった。そして、先程少年が柱だと思い掴んだのは、直立したまま凍った人間の体だったのだ。


 何なんだまったく。ここで何が起こった。

 この少女は、この男達は、この氷は、聞きたい事が山程ある。だが、ひとまず。


 「リシア怪我は無いか? 」


 少女は、「うん」と返事をして立ち上がると、こちらにゆっくりと歩いて向かって来る。

 そして、少年の側に立つと、少女は少年の顔をジッと見つめてその口を開いた。


 「ねぇルイス。もしこの旅で勇者も英雄も魔王を倒してくれる人が見つからなかったら、あなたはどうするの?」

 「何だ突然? 」


 唐突に少女は、そんな質問を投げかけてきた。

 もし、勇者が見つからず、英雄も居ないとしたら、どうする。考えた事が無かった。俺は、その時どんな事を考えるのだろう。落胆するのか、絶望するのだろうか、それとも全てを諦めるのか。

 いや、その時は俺一人で差し違えてでもアイツを魔王を・・・・


「勇者も英雄も居なくて、誰も助けてくれなくても、それでもルイス。貴方が魔王と戦うと言うのなら、私が」


 青白い月明かりが差し込み、少女の天色に輝く髪と彼女の姿を照らしていた。

 そして、何か覚悟が決まったと言う顔で少女は言葉を続ける。


 「私が貴方の英雄になるわ」

 「俺の、英雄・・・・?」


 そう言うと少女は、手を少年へと差し出した。少年は、理解が追いつかない様子で少女の手を取り、立ち上がる。


 「ねえ、ルイス」

 「ん?」

 「トイレに行きたい」

 「え? あ、あぁ、急いでここを出て探そう」



----



 それから俺達は、遅れてやって来たフィリアと合流して建物から脱出した。後になってあの場所で起こった事を聞き、慰めようとする俺とフィリアを尻目にリシアは何故か憑き物が落ちた様な顔をして居た。


 それはともあれ、何故俺とフィリアがあの場所に辿り着けたのかと言う話をしよう。あの後、俺達は、リシアの行方を追って宿へと戻った。だが戻ると宿は間抜けの殻。宿の女将どころか家具や装飾品まで綺麗に消えていた。不審に思った俺とフィリアが近くの住民に話を聞いてみるとあの宿は、何年も前に廃業していると言う事実が発覚した。

 そこで俺達は騙された事に気がついた。そして後になって分かった事だが、あの宿に居たのは人物は女将になり変わった全くの別人だったのだ。それから必死になってリシアを探し回って居ると、それを聞き付けた八百屋の店主が少女が氷神教の信者に連れて行かれるのを見た、とわざわざ教えに来てくれた。それで俺とフィリアは氷神教の教会へと辿り着けたと言う訳だ。


 氷神教、本当に姑息で面倒な連中だ。

 何故あんな奴らに力を与えて居るのか理解出来んな。皆で根絶やしにする必要がある様に思う。


 まぁ、何はともあれ、リシアは無事帰った。

 何故か少しだけ凛々しくなって。今日はそれで良しとしよう。

 

 

 フィリアの友人で、あの宿の女将をしていた本物のローラ・ミルーツは現在、王都で息子が立ち上げた商店を手伝いながら3人の孫に囲まれ悠々自適な生活をして居るとの事。

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