第十四話 『行方不明』
スローン城から逃げ出して六日目。
俺達は、ようやくセルムハット領内にある街へと到着した。
勇者誕生の地として知られるこの街の名は、ブロン。
かの有名な『勇者伝説』に登場する始まりの街である。勇者伝説はリーナやシャルルから何度も聞かせて貰った。俺自身も気に入っている英雄譚の一つだ。
魔西暦778年、今から20年以上前。
緑の魔王ザルタンによって広めらた疫病が爆発的に流行し、大陸全土で猛威を奮っていた。病名は"緑姿病" 感染すると体に植物の蔦様な模様が発現し、幻聴、幻覚、人格障害を引き起こし、最後には死に至る恐ろしい病である。そんな事態に各国の王室は、国中の優秀な医者や魔術師、更に冒険者達までを呼び寄せ、総動員で治療法の解明に当たらせた。しかし、どれだけ彼らが救命を賭しても治療法を見つける事は出来なかった。
感染者は更に増大し、死者は凡そ2万人にまで及んだ。そんな中、痺れを切らしたとある国の貴族が優秀な三人の魔術師を集め、召喚の儀を行った。その召喚の儀こそ『勇者召喚』である。そして召喚された勇者は3年間の追跡の末、仲間達と共に魔王を追い詰め、その首を討ち取ったのであった。結果的に緑姿病での死者は4万人以上にも及び、人々の記憶に深く刻まれると同時に、勇者は世界中で伝説の存在となった。
と言うのが俺が聞き及んでいるざっくりとした勇者伝説の話である。だが、まさかこの娘、フィリアが勇者と共に旅をし、魔王を撃ち倒した内の一人だとは、思いもよらなかった。
「後そうね。これと、これもお願い! それからエールも貰おうかしら!」
「フィリア殿そんなに頼んで大丈夫ですか? その支払いとか・・・・」
街に到着して直ぐフィリアの案内で適当な飲み屋に入り、腹ごしらえをしている。
まともな食事は五日、いや六日ぶりか。
店に漂う香りと、食事をする他の客を見ているだけで涎が垂れそうだ。
「私を誰だと思っているの、そんな心配は要ら無いわ。大いに飲み食らいなさい! ほら! 」
そう言ってエルフの女は、懐からジャラジャラと音のする袋を取り出し、机の上に置いた。
「それ昨日の奴らが持っていたやつじゃないですか」
「そう、勝者が全てを手に入れる。それがこの世の常よ」
確かに、それはその通りだ。勝てば得て、負ければ失う。それは前の世でも、この世界でも変わらない事なのであろう。
「それからどうなったの」
そこにはエルフの女の袖を掴み、話をせがむ少女の姿。
少女から投げかけられた質問に気分を良くしたエルフの女は。運ばれてきた木製のジョッキを手に持ち、ゴクリと一口飲むと言葉を続ける。
「それから私達は海に出たわ。離島に封印されていると言う伝説の武器を探しにね」
普段は無口で大人しいリシアだが、フィリアが元勇者パーティ銀雷の槍のメンバーだと知ると、彼女が話す昔話に興味を持ち出した。
確か前にも"勇者"と言う単語に反応していたな。逸話や英雄譚に興味があるらしい。
まぁこの年くらいの子供は皆、英傑達の武勇を聞き心を踊らすものである。
それはさて置き、ひとまず今は飯だ。
目の前に運ばれてきたのは何だか良く分からない生き物を火で炙った食べ物。それをフォークで刺し、一つ口に放り込む。
ギニギニとした食感を感じながら噛み続けると炭の香りと肉の旨味が溢れる。味は大味と言った感じで普段で有れば、対した驚きも感動も無いそんな味である。
それでも、この6日間の空腹はそれをまるで至高の一品の様に思わせた。
「美味い」
それから三人で黙々と運ばれてくる料理を食らい尽くす勢いで食べ進め行く。
しばらく食事を続け、机に置かれた料理を全てたいらげた。腹は張り裂けそうな程満たされ6日間の空腹は嘘の様に消え去った。
「あー、お腹いっぱい」
「ご馳走様です」
満腹満腹、とりあえず腹ごしらえは済んだ。
そうなれば次にする事は決まっている。
本来の目的。伝説の勇者の捜索だ。
「それでフィリア殿。勇者様は何処に居るんですか? 」
「そんな事私が知る訳無いでしょ。それよりまず宿の確保が先よ」
「ええ? 」
何!? 勇者探し、その為にこの街まで来たのでは無いのか!?
「もし、アイツがこの街に居るなら住民に聞けば直ぐ居場所くらい分かるわよ! 」
「なる程・・・・」
ま、まぁ考えが有るならいいが。
どこか呑気で偶に心配になる。
その後、支払いを済ませて店を出た。
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フィリア案内の元、今日泊まる宿を探して街を歩く。勇者誕生の街。と言うだけ有り、出店や商店街はそれならに栄えていた。
この場合を聖地と呼び、観光目的で訪れる者も多いそうだ。そのせいか街の至る所に『勇者』と言う文字の入った建物や商品が数多く存在する。
勇者も愛用した食器、勇者の好物の鉄板焼き、勇者が飲んだ酒場、中には勇者も通った娼館なんて建物まで存在した。
何でも勇者と入れればいいと言うものでも無いと思うが。それにこんな不名誉な事をされて勇者は怒ったりしないのだろうか。
やはり、伝説の勇者と呼ばれているだけあって度量もかなり大きいのであろう。
そんな事を考えながら歩く。初めて来る街と言うのは新鮮でいい。初めてカイルに案内されて街へ行った時を思い出す。
しばらく街を見物しながら歩く行くと街の中心部へとやって来た。
そこは開けた広場の様な場所。
広場の真ん中には人間を型取った石像が建てられており、その石像を見つけるとエルフの女はその場で立ち止まった。
「全く似てないわね」
槍を天に掲げる男の石像。それを見てエルフの女はどこか懐かしそうな顔で微笑んだ。
「もしかしてこの人が勇者? 」
「ええ、名前はミヤギ・トウジ。変な名前で笑えるでしょ」
「そう、ですね」
みやぎとうじ。
やはり、俺の元居た世界。それも同じ国から来たのは間違い無さそうだ。
「さあ行くわよ。この先の路地を曲がれば見えてくるわ」
そう言うとエルフの女は、そそくさと歩き出す。その後を追って歩いていると隣りを歩く少女が声を掛けてきた。
「ねえ、ルイス」
「ん? どうした小便か? 」
「違う・・・・楽しみね」
「何がだ? 」
「勇者に会えるの」
リシアから話しかけて来るなんて珍しい。
表には出さないが勇者に会えるのを楽しみにしていたらしい。
可愛い所もあるじゃないか。
「そうだな」
あの化け物じみた強さの魔王を倒した事のある男だ。
楽しみで無いと言えば嘘になる。目的は魔王退治の頼みだ。けど会った事は無いが、同郷であるならば募る話も有るかも知れん。
伝説の勇者か、確かに合うのが楽しみだ。
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エルフの女の後を追い、到着したのは古びた一件の建物。古い木材と煉瓦で作られたその建物は遠目にも新しいとは言えない古びた見た目をしている。
エルフの女はその建物を見ると少し怪訝そうな顔をして立ち止まる。
そしてしばらく建物を見つめ、扉を叩いた。
所々色の剥がれた緑の扉をノックすると、中から返答が返ってきた。
「はーい、空いてますよ」
扉の向こうから聞こえてきたのは、大人の女性の声。
その声を聞いて耳をピクルと動かしたエルフは、扉をゆっくりと開き建物の中へ入る。建物の中は外装よりも少し新しく綺麗な印象を感じた。
「いらしっしゃい。一泊銅貨6枚だよ」
部屋の奥。窓口の向こう側から声をかけて来たのは、1人の中年女性。白髪混じりのカールしたブランドの髪に、黒のブラウスを着た女性。彼女は窓口に肘を突き、銀貨を数えながら何かを書き写している。
エルフの女はゆっくりと窓口に近づき、女性の顔を覗き込む。それに気付いた女性は眼鏡をクイっと上げて視線を返す。
「フィリア・・・・? あなたフィリア・ハートね!? 」
「ええそうよ。老けすぎて一瞬分からなかったわ。
久しぶりねローラ」
そう互いに言葉を交わすと二人はカウンターテーブル越しに固く抱き合って居た。
「20年も経てば普通老けるものよ。貴女はずっと若くて綺麗なままね。羨ましいわ」
「そんなに良いものでも無いわよ」
「そうかしらね。それで? 今日は子連れで観光かい? 」
中年の女性は、エルフの背後に立つ少年と少女に視線をやる。
「ち、違うわよ! 私の子供じゃ無いわ。少し預かってるだけよ! 」
少し恥ずかしいそうに否定した後、エルフの女はここに至るまでの経緯を説明した。
式典の事。刺客の事。そして魔王が現れた事。
故に勇者の力が必要だと言う事。
その全てを話すと宿屋の女性は深刻そうな顔で口を開いた。
「そう、魔王が・・・・大変だったわね。あなた達」
女性は自分の膝に座る少女の頭を撫でながらそう答えた。
現在リシアは、宿屋の女将の膝で飼われている。飼われていると言い方は変だが、実際そうだ。
話を聞いている間この女将は、俺とリシアに芋を棒状にして油で揚げたおやつを出してくれた。勇者が発案したとされる珍しいおやつに、興奮して直ぐに完食すると、おかわりの条件として俺かリシアのどちらかが膝に座る様に要求して来たのだ。
おかわりは欲しい。だが見知らぬ人の膝に座るのが小っ恥ずかしい俺は、苦渋の決断としてリシアを差し出しのであった。
「それで昔トウジが魔王を倒したらこの街でひっそり暮らす。って言ってたのを思い出したのよ」
「確かに、勇者様ならここに住んで居たわ」
「住んで、居た? 」
「ええ、確か8年くらい前かしら。勇者様ったら酔っ払った勢いで領主の娘を抱いて、おまけに孕ませてしまってね。それが領主様に知られると世界の危機だ。とか何とか言って逃げる様にこの街から出て行って。それっきり帰って来ては居ないわ」
「・・・」
ふん。
勇者とは思っていたより愚かな奴だ。
前世でも有能な武将や高貴な身分の者が女に狂い、落ちぶれて行くのを何度も見て来た。
奴も男であるなら仕方の無い事なのかも知れんが。
俺はそうならぬ様に気をつけねば。反面教師と言うやつだ。
いや、待て。問題はそこでは無い。
この街に居ないのならば勇者は今、何処だ。
「え、それじゃあ勇者は何処に行ったんですか!?」
「さぁね、そこまでは分からないわ」
「ええー」
ひとまず、今晩泊まる宿は確保した。
それと同時に勇者行方不明を知った俺達は、勇者の行方を街で調べてみる事にした。
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あの宿で勇者の話しを聞いて以降、明らかに機嫌の悪いフィリア案内の元。俺達は勇者の行き先を街の住民に尋ねて周る事にした。
まず向かったのは街外れにある武具屋。
勇者と武具屋の店主は、二十年来の知り合いで良く酒を飲む中でもあるらしい。
もしかすると勇者の行き先を知っているかも知れないと思い、尋ねてみた。
だが結果は不発。
勇者とは十年以上前に、飲みの席で女体でより素晴らしいのは、胸か尻かで喧嘩をして殴り合いにまで発展。
それっきり口を聞いていないそうだ。
くだらん喧嘩の理由はさて置き。
勇者が居なくなったのは8年前。なら知っている訳も無いか。次だ。
次に訪れたのは、冒険者ギルド。
勿論この街にも冒険者はそれなりの数が居る。街に来た時も何人かの冒険者らしき者達とすれ違った。
そして勇者も数年前までは、時々ギルドで依頼を受けて日銭を稼いで暮らして居たらしい。
その稼いだ金で娼館に通っていたとギルド内に居た冒険者達が教えてくれた。あの娼館は本当に勇者が通った場所だった事が判明した。
だが今回もめぼしい情報は無し。
その話しを聞いた辺りでフィリアは、身に着けていた首飾りを地面に思い切り叩き付け、踏み付けて破壊した。何か訳ありの様だったが、そこには触れないで置いた。
それと勇者の話を聞くたびにリシアの顔色も段々悪くなっている気がする・・・・
そして今向かっているのは、ある人物の家。
その人物はこの世界に来たばかりの勇者。
ミヤギトウジに言葉や文化、戦い方を教えた勇者にとっての師の様な存在の人だそうだ。
様々な店が立ち並ぶ商店街を抜け、その人物の家が在る住宅街へ向かう。
太陽は既に沈み、大松の火と光魔石の灯りが照らす夜の街へと変貌していた。
薄暗い街並みと人で賑わう出店は何処か危ない空気感を感じさせる。
そんなノスタルジックな雰囲気を感じながら大通りに出ると更に大きな人集りが出来ているのが見えた。
そんな大勢の人混みを見てエルフの女は「もう邪魔くさいわね」と小言を言いながらも1番の近道であるその大通りを進む。
エルフの女の後を追い、人の隙間を抜けて少年と少女は歩く。
小さな体で精一杯に、人の波を避けて進んでいると人混みの中。大通りの中央の方から大声で怒鳴る声が聞こえてくる。何事かと思い、声のする方を向くと周囲の人々もまた立ち止まり、声のする方を見つめていた。
「貴様、ワシを馬鹿にしておるのか!」
何だ、揉め事か? こんな人混みの中よくやるものだ。 面倒事は避けたい。
「い、いえ、そんなつもりは全く御座いません」
「では、その子供をこちらへ渡せ」
言い争っているのは口髭を蓄えた目付きの悪い、中年の男。
男は周りには体格のいい兵士が四人控えており、それで身分の高い者なのだと分かる。
そして、その男に大声で怒鳴られて居るのは、痩せた平民の女。その平民の女は幼い少年を庇う様に抱き締め、怒鳴る男に背を向けていた。
「まだ幼い子供です。ど、どうかご容赦を」
「ならん。子供とてワシへの無礼は処罰せねば他への示しが付かぬ。手足のどちらか一本で勘弁してやる。好きに選べ」
「そんな・・・・選べません。どうか、どうかお許しを領主様」
平民の女は、震えて涙を流してながら男の足元にひれ伏して懇願している。男は、そんな女をゴミでも見る様な冷ややかな目で見下ろしていた。
領主。あの女今領主と言ったか? ではあやつが勇者に娘を孕まされた領主か。見るからに横暴で傲慢そうな奴の娘を勇者もよくやるものだ。
そんな事態に周囲の人々もざわつき出した。
だが、誰一人として領主相手に意見をしたり、親子を庇う声を上げるものは居ない。
まぁ、当然か。
誰もあの横暴な領主相手に物を言うのは恐ろしかろう。馬鹿な女だ。命では無く手か足で許すと言って居るのだから黙って差し出せばいいものお。
だが、きっと母とは親とはそう言うものなのだろう。
少年は、腰の木剣に手をかけると人混みを掻き分け、怯える母と子の元へと歩み出す。
フッと軽く息を吐き、覚悟を決め声を上げようとしたその時。
「待て」
突然後ろから腕を掴まれる。
少し驚いき、咄嗟に振り返りその声の方を向く。
すると、そこには白と金色の鎧を来た騎士の姿が。騎士は綺麗な銀髪に整った顔立ちの青年であった。青年は、木刀を握る少年に向けて一瞬、微笑むと力強く声を張り上げた。
「待たれよエルムフォード公!」
その力強く通った声は周囲の注目を集める。
その親子と領主に向けられていた視線は、一気に騎士の方へと向く。
「誰じゃ貴様、ワシは今領主としての義務を果たす所だ。邪魔するでない」
「我はアレックス・アルバレードと申します」
「アルバレードだと? レトロン公爵家の若僧が何の用だ」
「その親子に罪が有るとしても正当な場で裁判を受ける権利が有ります」
そう言い銀髪の青年騎士は、堂々たる態度で領主の男の前に立つ。その声と言葉に領主は一瞬顔を顰めた。
「裁判だと? 笑わせるな。そんなものワシが受けてやる通りも時間も無いわ」
「でしたらエルムフォード公、この場で行うのはいかがでしょう?」
「この場でだと?」
アレックス・アルバレードと名乗る銀髪の青年騎士は、自信有りげに笑みを浮かべる。
それから腰に下げた大剣を抜き去り、領主の男へと言い放った。
「この者らの代理闘主として決闘裁判を要求する! 」
決闘裁判。その言葉を聞いて周囲の声はどよめき、それから歓声へと変わった。
決闘裁判? 一体何だそれは。
何やら大事になってしまった様だ。
早く、勇者の手がかりを探せねばならんと言うのに。
そう思い、背後に居る少女の方を見る。
だが後ろに居たのは、地面に顔が付きそう程腰の曲がった老婆だった。
あれ、ん? リシア?
リシアは何処だ?
この後、人混みを何度も掻き分けて辺りを見渡したが天色の髪の少女の姿は何処にも無かった。
これは面倒な・・・・いや、まずい事になった。
リシアが行方不明だ。




