8話 新しい朝が始まる
――巨大な地響きと、ガラスが割れるような音を聞いた気がした。
その異変にカインは目を覚ます。
目を開いているのか、閉じているのかもわからないほど真っ暗な自室。
そこにはいつも通りの静かな夜があった。
……なんだろう。夢かな?
母さんが地震の話なんてするから――。
ズン……!と、再び大きな地響き。
何かがおかしい。
カインは自室、2階の窓から身を乗り出して外を見た。
外はまだ暗い夜。それなのに遠くの空が赤く色づいている。それは朝日とも夕日とも違う方角。
僕が向かいの家を見ると、同じようにロミオが外を見ていた。
不安な面持ちの僕とは裏腹に、ロミオはまっすぐな視線でこちらを見ている。
あぁ、ロミオが視線で"大丈夫だ"と言っている。
昔からそうだった。何も言わなくても、こいつが居れば何でも上手くいった。
だから、きっと大丈――。
安堵の瞬間、目の前の"街"が爆散した――。
その衝撃で、外壁も、屋根も、家具も、樹木も、粉々になった残骸が空を舞う。
その中にロミオらしい人影があった。ロミオだけじゃない。数えきれない程の人影が空を舞い、そして――。
その全てが地面に叩きつけられた。
僕は何が起こったのか理解できず、ただ、その光景から目を離せないでいた。
ロミオの――、地面に叩きつけられ全身がぐしゃぐしゃになった親友の姿から――。
次の瞬間、自室の扉を慌ただしく開けた父に抱き抱えられ家を出る。
その目には無惨に崩れ去った街並みと――、
あの親友の姿。
「ロミオ……?」
父は抱えた僕の頭を自分の胸に押し付ける。「見るな」と、無言で言っているようだった。
「ああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
僕は生まれて初めて、身体の底から発する声を上げた。
そこからしばらく僕の記憶はなく、次に気がついたのは父に抱き抱えられた高さから見る、恐怖、悲しみ、絶望、様々な表情をした住民たちの姿だった。
父の正面方向を振り返ると、そこには数えきれない程の人々が立ち往生していた。
どうやら結界が壊れたせいで魔獣が街道から入ってこようとしているらしい。それを衛兵が対処しているようだ。
昼間に見た、魔獣の群れに襲われる行商人の光景が頭をよぎる――。
僕たちもあんなふうになってしまうのだろうか……?
再び轟音。振り向くと展望台が傾き倒壊しかけていた。
周囲から悲鳴が上がる。
「何やってんだ!早く進めよ!」
怒声も上がり、前に進もうとする人々に押されて苦しい。
隣にいる母も人の圧に押しつぶされそうだった。
でも、そんなことより――。
「アリスは……?」
地面に横たわるロミオの姿が蘇る。
その光景にアリスの姿を重ねてしまう。
いやだ、いやだ、いやだ!
考えたくない。でも考えなきゃ。僕が守るって、約束したんだから!
だが、いくら周囲を見渡してもアリスらしい姿は見当たらない。
「違う道を探さないと――」
父は呟くと母の手を引き、人ごみをかき分け街道とは逆方向へ歩き出す。
「待って!父さん!アリス……友達が居ない!」
「ダメよカイン。今は自分たちの安全の方が先」
辛そうに宥める母の表情に、僕は何も言えなくなった。
今度は街道側から爆炎が上がる。さっきよりも間近で聞く人々の悲鳴。
もう嫌だ。なんなんだこれは。夢であってほしい。朝になって、目が覚めて、いつもの日常があって、ぜんぶ悪い夢でしたって……。なんで……、なんでならないんだよ……!女神様!助けてよ!
僕を抱く父の手に力が込められる。
両親は爆音と悲鳴の中をひたすら走り続けた。
どこからともなく歪んだ声が聞こえる。
魔人の声らしいそれは、まるで自由を得た子供がはしゃいでいるようにも聞こえた。
夜が明ける頃、偶然見つけた荷馬車に乗り、カイン一家はオルスタッドの街を脱出する。
大陸の各地に備えられている女神像。
それは平和と平等の象徴らしい。
朝になると、皆、祈りを捧げる。
女神様に祈れば願いを叶えてくれるのだろうか。
それなら僕は――。
馬車に揺られながら僕は見た。展望台が崩れ落ちていく光景を。
黒煙の立ち上る故郷を朝日が照らしていく。
――それなら僕は……、僕は奪われた日常を取り返したい。
離れゆく故郷を睨みながら、首飾りを強く、強く握り締める。
10歳を迎えたカインの新しい朝が始まる。
この日、カインの、西辺圏の、そして大陸全土の、人々の日常が失われた。
そして、彼を乗せた馬車はどこへ向かうのか――。
アリスと交わした約束を守るため、少年の新たな人生が始まった。
――序章 新しい朝が始まる END
短期集中連載:2026年1月3日〜1月18日は毎日20時更新。
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