29話 冬を越す祭
剣術道場を卒業した。
まだまだ学ぶべき点は多いが、剣士として十分な強さは身につけたはずだ。
胸を張って魔術学院を卒業するアリスを迎えに行くことができる。
そう考えると、期待と緊張で落ち着かない。
そんな日々にも慣れ、散歩という新たな習慣が身についてきた頃。いよいよ村を出る日が明日に迫っていた。
僕には、まだやり残している事がある。
それをどうするか――それが今の悩みだ。
落ち着かない気分を誤魔化すため、早朝の広場へと向かった。
広場へ向かう途中もそうだったが、今日は大人たちが慌ただしく動き回っている。
何事だろうか?
広場にたどり着くとそれはより一層慌ただしくなった。
「お。カインじゃねえの。手伝いかい?」
威勢のいい声に振り向くと、あの時の魚屋の店主が木の板で何かを組み上げているところだった。
「なにかあるんですか?」
「なんでえ、知らねえのか?今日は"越冬祭"だよ」
「あぁ、今日だっけ……」
グラティアの村で開催される年に2度ある祭りの1つ"越冬祭"。
この村では秋の始まりに豊穣祭を行い、冬の終わりに越冬祭で女神様に祈りを捧げる。
といっても大それたことをするわけでは無く、村人たちが思い思いに店を出し、皆で冬を乗り越えたことを祝う行事だ。
ここ数日悩み事に明け暮れていた僕は、もうそんな時期だったのかと驚いてしまった。
「おじさんは何か店出すの?」
「出してぇのは山々なんだがなぁ。魚を使った料理を出してもあんまり人気ねえのよ。
ほら、魚って食いにくいだろ?がはは!」
魚屋がそれを言ってもいいのだろうか。
「そういえばお前んとこのトーチャンは今年もアレやるのかい?」
おじさんは手首にスナップを効かせ物を投げるジェスチャーをしている。
"アレ"というのはナイフ投げのことだ。
父の隠し芸の1つにナイフ投げがある。指の間に4本のナイフを挟み、4つの的を同時に射るという謎の特技だ。
それを村のみんなに見せびらかしたくてナイフ投げを出店したら、思いの外ウケが良かったらしく、3年連続で若者がこぞって集まる人気店となっている。
「多分ね」と、おじさんに告げながら、僕はローゼンの家へと歩き始めた。
……この村を歩くのも、これで最後かもしれない。
そう考えると、再びあの悩みが頭をよぎる。
おじさんが父さんの話なんてするから……。
僕は大きなため息を吐いた。
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