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灰と灯火のグリモワール  作者: みむらす
1章話 雪の降る日 前編【親子】
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27話 それでも子供達は逃げなかった

 霜の降りた土は、岩のように固かった。

 師範に蹴り飛ばされ地面に倒れていた僕は、横腹を抑えながら立ち上がる。

 呼吸をするたび激痛に呻き声が上がる。もしかすると肋骨が折れたのかもしれない。


 構えるようり早く、師範の連撃が僕を襲う。

 さっきよりも、速い――。

 魔術の効果はわからないが、おそらく身体強化と、周りが遅く見えるような能力だろう。

 こちらが攻撃をしようとするも、一番嫌な形で防戦一方に追いやられてしまう。


「くそっ!」

 後方へと距離を取るも、師範はピッタリと距離を詰め先ほどまでのように逃がしてくれない。

 僕を援護するためにローゼンが攻撃に加わるが、序盤から全力の連撃を多用しているからか、少し疲れが見え始めている。

 

 僕たちは限界を迎えていた――。

 それに比べて師範はまだまだ余力を隠していそうだ。

 このまま魔術の効果が切れるまで耐え凌げるか――?


「反応が鈍っているぞ!」

 師範の突きが僕の左肩を貫いた。

「!!!!!!!!!」

 初めは肩を軽く押されたような感覚。そしてすぐに今まで感じたことのない激痛が生まれた。

 それは痛みなのか熱なのかもわからないほどの痛み。

 全身から嫌な汗がドッと吹き出す。

「うっ………!ああぁぁぁぁっっ!!」


「カイン!!」

 ローゼンが強引に斬り込んだ。

 師範は難なくそれを受け止めると、僕の左肩に刺さった剣を勢いよく引き抜き、そのままローゼンの右太ももを深く斬り裂く。

「くっ……そっ!いってぇぇぇぇぇ!」

 ローゼンはその場に倒れた。


「うぅっ……!あぁあぁぁ!」

 痛い、痛い、痛い!!

 左肩を抑えながら僕はなんとか立ち上がった。

 だが、左手は動かず力も入らない。

 筋肉が切断されたのか、もしかしたら神経をやられてしまったのかもしれない。

 激痛に視界が歪み、気を失いそうになる。


「それが戦いの痛みだ」

 師範は僕たち2人に告げる。

 目が回り、師範の表情は見えない。

「戦い続ければ、いつかきっとそれ以上の痛みを味わうことになる――。

 お前たち2人にその覚悟はあるか!」


 これ以上の痛み?

 冗談じゃない。こんな痛み、二度と味わいたくない。

 感覚をなくした左腕がどんどん冷たくなっていく。

 それなのに傷口は熱いくらいに痛くて、心臓の鼓動に合わせて激痛が疼くんだ!

 剣はもう刺さっていないのに、ずっとずっと痛いんだよ!

 痛い、痛い、逃げたい、逃げたい――!


 怖い。本当は逃げたい。

 それでも――


「覚悟はないけど――」


 この痛みから逃げたら、きっと、もう二度とアリスに会えない気がする……。

 死んだロミオにも、合わせられる顔がない……。

 だから僕は――。

 力強い眼光で師範を見つめる。


「逃げません!」


 そして、その横には片足で、息を乱しながらも立ち上がるローゼン。

 僕たちの手は力強く剣を握りしめていた。


「良い覚悟だ――」

 師範が右手を僕たちの方にかざす。

 同時に、熱気だと錯覚してしまうほどの暖かな風を感じた。


 また魔術!

 師範の魔術に僕は警戒を強めた。


「こぼれ落ちたものよ、戻れ。

 血潮よ鎮まり、肉は結び、命は循れ

 《ナリエ・アクア・セルフィア》」


 自由に動けない僕たちは、あっけなく緑色に輝く光に飲み込まれる。

「くそっ!」


 わずか数秒でその光は消え去った。

 そして、光が消え去るのと同時、全身の痛みも疲労も消えている。

 僕たちは呆然とその場に立っていた。


 これは――回復魔術?


「さぁ、もう一度お前たちの覚悟を見せてみろ!」


 おそらく、この戦いには意味がある。

 僕たちはそれを察した。

「……後で、ちゃんと説明してもらいますからね」


 僕は魔獣の首飾りに手を触れると、大きく深呼吸をして剣を構える。


 そして、再び師範に喰らいつく。

 先ほどまで以上に激しい攻防。フェイントの応酬。

 師範の方が一枚上手だが、それでも僕たちは一歩も引かずに喰らいつく。


 次第に師範の四肢を纏う圧が弱くなっていくのを感じる。

 そして、それが消えるのと同時、師範の動きが急激に遅くなった。

 何だ――?

 同時に師範の表情が渋くなる。

 魔術切れ――。

 だが、それに気づいた時には、師範の剣が僕たちの喉元に当たる寸前で止まっていた。

 

 そして同じように、僕たち2人の剣先も師範の喉元に当たる寸前で止まっている。

 

「ふぅー…………」

 師範はその体制のまま大きく息を吐くと剣を引く。

「……死ぬかと思った」


 師範の本心と思われる一言に、僕たちの全身から力が抜け落ちる。


「――合格だ」

 

「「ゴウカク……?」」

 唐突な師範の言葉に、僕とローゼンは顔を見合わせる。

 ゴウカク……?合格……、何に?


「過去イチ厳しい卒業試験にしたつもりだったが、まさか本当に突破されるとはな。

 おめでとう。これで君たちは卒業だ」


 師範は僕たち2人の頭を撫でて言う。

「もう、5年が経つのか。立派に育ったな……」


 特別な達成感や充実感は感じられなかった。

 ただ、極限の緊張感から解放された深い安堵と、師範に本当の意味で認められた事実が嬉しかった。

 これで胸を張ってアリスを迎えに行ける。そんな充実感が後から僕を満たしていく。


 拳を突き出す僕に、ローゼンが拳を重ねた。

「次は"英雄"だね」

「俺は"超えていく"けどな」


 師範はその光景を優しい目で見つめていた。

 

「――それにしても、師範は人が悪いです。本当に殺されるかと思いましたよ」

「お、俺は最初っからわかってたぜ?」

 ローゼンは自慢げにドヤ顔をしている。


「ほう……。"やっぱり悪党だった"とか言われた気がしたが……」

「う……、ぐぅ……」

「出たな"ぐうの音"」


 3人は笑い合う。

 僕は、師範の笑う顔を初めて見たような気がした。


 まだ冬は明けない。

 そんな寒空の下、チラチラと雪が降り始めていた。


 この日の雪を、僕はきっと忘れない。

 僕たちが剣士として認められた日だから。


毎週水曜・日曜の20時に更新しています。

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