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灰と灯火のグリモワール  作者: みむらす
1章 雪の降る日 前編【転換】
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17話 フロルバインは笑う

「この"加護無し"が!」

 ローゼン・ミカエル=フロルヴァインは、小さい頃から父や村の男たちから罵声を浴びせられていた。

 罵声を吐く種類の人間のことを"大人の男"というのだと思っていたほどだ。


 母は俺を産んだのと同時に死んだらしい。優秀な魔術師だったそうだ。

 父も優秀な魔術師の家系に生まれていた。

 両親ともに名家の出だったが、一族同士の約束された将来について不満を抱きながら育ったらしいと祖母から聞いた。

 そんな2人が魔術学院で出会い、大陸最高峰の学びの場でお互いを高め合っていく。

 初めは会えば対立するような関係だったが、次第にそれぞれの得意分野が顕著になっていった。

 2人は得意分野と苦手分野が真逆だったらしく、母は防御系の魔術を父に教え、父は攻撃系を母に教え、互いに学び合っていたそうだ。

 そのうち自然と親密な関係になり、学院卒業とともに結婚を誓い合った。

 北域圏に戻った頃にはお腹の中に俺が居たそうだ。


 親族の反対を2人は押し除けた。それは文字通り絶縁覚悟の戦いがあったらしい。

 そんなことを知る由もない俺は、母のお腹の中で順調に育っていった。

 小柄な母にしてはお腹が大きすぎないかと心配されていたが、それ以上に母は元気な子供との対面を心待ちにしていたそうだ。


 ――そして迎えた出産の日。

 グラティアは数日前から大雪に見舞われていた。

 医者もこの吹雪の中、この村まで来ることは困難だった。

 それでも父は、母のために防御魔術で雪の寒さを耐え凌ぎながら医者を村まで連れてきたらしい。

 父も医者も疲労困憊。もう1時間でも外にいたら2人とも死んでいたかもしれない。

 そんな状況で家に帰ってきた時には、元気に泣く赤子と、冷たくなった母。そして、その母に泣きつく親族達の姿があったそうだ。


 父は俺に"ローゼン"という名を付けた。

 母の好きなローズという花から取ったそうだ。

 美しく、気高く、誇りを持った人間に育って欲しいという願いも込められていたらしい。


 女神様が母の生まれ変わりとして遣わせたんじゃないか、と言われるほど、俺の些細な仕草や好みが母に似ていたらしい。

 だが、そんなことは一切知らず、俺はスクスクと育った。

 体を這って移動していたかと思えば四つん這いで移動し始め、壁を使ってヨタヨタと歩いていたかと思えば壁を使わず歩き始め、3歳になる頃には村中を駆け回っていたらしい。

 一瞬で成長していく俺のことを見て、誰よりも喜んでいたのが父だ。

 父は俺の成長を喜び、いつか自分や母を超える魔術師になって欲しいと願っていた。

 もしかしたら母との間で2人しか知らない何かがあったのかもしれない。


 そして6歳になった頃、父に連れられて大きな建物のひしめく場所で、俺は魔術の適性検査を受けた。

 その場所は、中央圏の魔術学院内になる施設だったらしい。

 まあ、それは今となってはどうでもいいことだが、そこで俺は"魔術適正ゼロ"。つまりは欠落者という判定を受けた。


 その瞬間から父の態度はこれまでと違うものになった。

 帰りの馬車の中で、父は俺に一切喋り掛けなかった。

 それだけで「ああ、俺は何か間違えたことをしてしまったんだろう」と感じたのを覚えている。


 村に帰ってからというもの、父は酒に浸るようになった。

 毎日朝から酒を飲み始め、夜には潰れて寝る。そんな父を支えていたのが俺の母の母。つまり母方の祖母だ。

 祖母は甲斐甲斐しく父と俺の世話をしてくれた。

 祖母のおかげで俺の衣食住と安全は保たれていたと言っても過言ではない。

 ある日、父が酔っ払い、ふらふらの状態で厠から戻ってきた時のこと。

 俺は父が心配で「だいじょうぶ?水のむ?」と聞いた。

 それに対して返ってきた言葉が「黙れ加護無し」

 意味はわからなかったが、自分が否定されていることだけは理解した。


 それからというもの、家を出る度に村人から罵声を浴びせられたり、軽蔑の視線を感じるようになった。

 いや、薄々そういう行為は感じていたので、"認識するようになった"といった方が正しいかもしれない。

 次第に家から出なくなっていった俺を、やはり祖母は支えてくれた。

 俺が10歳になった頃、祖母は病気で寝たきりとなった。

 その頃から、俺に対する村人達の当たりはより強くなっていった。

「なぜこの村にいるのか」「さっさと出て行け」そんなことを平気で言われるようになる。

 祖母は薬を飲んでいたが、次第にそれも飲み込めなくなった。最後はシワだらけの体をガリガリに細らせ眠るように死んだ。


 雪の降る日だった――。

「……つらいかい?」

 死ぬ間際、布団に横たわる祖母が、掠れた声でポツリと呟いた。

 俺は何も言えなかった。祖母の方が辛いだろうと思っていたから。

「お前は強い子だ。私がいなくなっても、お前はちゃんと生きていけるから安心しな……」

 祖母がいなくなることが寂しいと思ったのか、今まで庇ってくれていた人がいなくなることに対する不安だったのか……。

 俺はその言葉に涙を流した。記憶する中で初めての涙だ。

 そんな俺に祖母は言った。

「お前は1人でもちゃんと強い子だ。だけど、1人はつらいだろう。もし、お前と同じかそれ以上に本気の人間が現れたら、きっとそれはお前の大事な親友になってくれる存在だよ。だから周りを気にせず頑張んな」

「そんなの……、友達なんていらない!俺はばあちゃんに生きていてほしい……!」

 痩せ細った顔ではうまく笑えないのか、祖母は「はは……っ」と力無く声を発すると目から涙をこぼした。


 それを最期に祖母は死んだ。

 「頑張っていれば親友に出会える……」

 祖母が残した言葉を、俺は念仏のように呟き続けた。

 そうでないと自分がおかしくなってしまいそうだったから。


 まるで祖母を埋葬するかのような大雪の日が続いた。

 数日後雪が止み、誰かが雪を溶かしてくれたらしい。

 それからというもの、毎日誰かが家の玄関をノックしに来るようになった。

 もう何もしたくなかった。誰とも会いたくなかった。

 俺はその音を無視して、祖母が趣味で大量に作っていた漬物と白米を食べて生きる。ただそれだけの日々を過ごす。


 ローズという花には棘がある。

 美しくも、気高くも、誇りもない俺には棘しか残っていないのかもしれない。


 今日も誰かが玄関を叩いている。だが、今日はあまりにしつこかったので渋々玄関を開けると、そこには額に傷のある強面の男が立っていた。

「すまない。遅くなった」

 男は俺にそう告げた。

 何のことなのか分からずにいると、

「お前の祖母から稽古をつけてくれと頼まれていた」と、男は言った。

 律儀に余計なことを……。

 という考えが一瞬よぎったが、祖母の願いならば断れない。


 その日、その男に連れられて俺は道場の門を潜った。

 最初の挨拶。

 うまく声が出ずにモゴモゴしていると、1人の強気な少年が

「お前、加護無しの子だろ?」と、遠慮もなく言う。

 それを聞いた門弟達はヒソヒソ話をし始めた。

 あぁ、またこれか……。


「ハルト!!!」

 額に傷のある男が大きな声で怒鳴ると、ハルトと呼ばれた少年はビクリと身をすくませる。

 同時に、ヒソヒソ話をしていた他の人たちも会話をピタリと止め姿勢を正す。

 怒鳴られ慣れている俺にとっては、何をそんなに驚く事があるのか理解ができなかった。


 そんな道場初日。

 俺は全くその空間に馴染めなかった。

 とりあえず渡された木剣を握り、周りの人の動きを見よう見まねで振る。

 時々師範から「脇をもっと締めて」だの「視線は遠くの壁を見るように」だの、細かいことをいちいち指摘された。

 何を面倒くさい事をさせられているのだろうと思っていたが、次第にその人の熱心さに心が動かされる。

 俺は1人黙々と素振りを続けた。覚えはいいが、どうも"腰が入っていない"らしい。

 それは、どういう事なのだろう?


 ある日、同い年くらいの少年が父親と共に道場へやってきた。

 その父親の姿を見て、俺は初めて"優しい表情をした大人の男"が存在することに驚いた。

 

 どうやら、その少年は今日から道場の仲間になったらしい。

 当のそいつはフニャフニャの素振りをして、師範に細かく指摘を受けている。

 だが、1時間も経つ頃には見違えるほど振りが様になっていた。

 こいつは他の奴らとは何かが違う。

 おそらく、"本気"でここにいる――。


 「頑張っていれば親友に出会える」そう言っていた祖母の言葉を思い出す。

 この少年の意思のある視線を見ていると、"負けたくない"という感情が自分の中に芽生えていくのを感じた。

 「頑張っていれば親友に出会える」その言葉を本気で信じてみてもいいかもしれない。

 俺はその言葉を繰り返し呟きながら素振りを続けていた。


 それから2ヶ月ほど経った頃、その少年はさらに上達していた。

 打ち込み稽古にも参加し、まだ誰からも1本もとっていないが、内に秘めた気迫は誰よりも凄まじかった。

 一体どんな想いでここにいるのだろうか。

 俺はその少年と打ち込み稽古を組まされるたび、心が奮い立っていた。


 ある日、道場に来ると、早朝だというのにその少年は木人形に対して打ち込みをしていた。

 俺は好奇心から打ち込み稽古を願う。


 本気でぶつかり合う事がこんなにも楽しいとは思わなかった。

 こいつがもし、俺に勝てる日が来たなら、本当の親友に――。


 ――昨日、ちょっとしたトラブルがあった。

 俺のために怒ってくれるやつがいるなんて思いもしなかった。

 だから、今日はあいつにどんな顔をして会えばいいのかが分からなかった。

 道場を休もうかとも考えたが、祖母の言葉が脳裏を過ぎる。

 “頑張っていれば”親友に出会える――。

 だったら、逃げちゃダメだろ。

 俺はいつも通り早朝の道場へ向かう。そこには昨日までと雰囲気の違うそいつがいた。


 いつも以上に気迫の宿った視線をこちらに向けて木剣を構えている。

 こいつはそういうやつだ。絶対に俺を差別しない。

「やっぱり、お前は違うな――」

 俺も木剣を構えて向き合った。


 木剣同士がぶつかり合う心地の良い音が響き渡る。

 お互いに相手の攻撃を避け、受け流し、今度こそ決めると踏み込むがそれを受け止められる。

 心が湧き立つような攻防が続く。


 そしてこちらの体が温まった頃、そいつはいつもと違う動きをした。

 距離を、とった――?

 想定外の動きに少し動揺するも、相手のペースに乗るつもりはない。

 俺は空いた距離を一気に詰めた――、つもりだった。

 気が付いた時にはそいつの姿はなく、代わりに胴体を斜めに裂くような形で木剣が身体に触れていた。

 寸止めでなければ、大怪我をしていたかもしれないその一撃。

 

「あ……」なんて、当人は間抜けな声をあげている。


 あぁ、あの人の言う通りだった――。

 "頑張っていれば親友に出会えた" 。

 ばあちゃん、本当だったよ。


 それが嬉しくて、でもそれを見届けて欲しかった人がいない事が少し寂しくて――、

 だけど涙より先に笑いが込み上げてきた。

 「はっはっは!」

 もしかしたら生まれて初めて心の底から笑った瞬間だったかもしれない。

 こんなことで笑ってしまう自分がおかしくて余計に笑いが込み上げてくる。

 なんだこれ、笑うってこんなに表情筋と腹筋が痛くなる行為だったのか。

 だけど止まらない。


 ひとしきり落ち着くと、自然と涙が込み上げてきた。

 それを拭いながら、俺は初めて心からでた言葉を告げる。

 「カイン、ありがとう――」


 お前がいれば、俺はきっと大丈夫だ――。

毎週水曜・日曜の20時に更新しています。

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