11話 少年はまだそれを知らない
その日の稽古は午前中で終了となった。
急に飛び出して行った師範に僕たちが戸惑っていると、少しして師範の妻と思われる女性がやってきた。
その女性は今日の稽古はこれまでという事を伝えると、建物に鍵をかけ道場の敷地を後にした。
その女性が門から出て行った直後。
「やったー!遊びに行こうぜー!」と盛り上がる門弟たちの姿がそこにはあった。
彼らは剣術を学びにきているのではないのだろうか……?
喜ぶ彼らとは対照に、僕は学びを得る日が半日減ったとため息が漏れる。
「カインも遊びに行くか?」
2歳年上のハルトが声をかけてくる。
誰とでも気さくに話す、"わりと良い奴"だ。その後ろには女の子が2人いた。
おそらく、男女2人ずつで遊びに行こうという誘いなのだろう。
僕はこの道場の門弟たちとは正直馴染めずにいた。
理由は単純で、皆、あからさまにローゼンを避けるからだ。
ローゼンに聞いても理由を教えてくれないから、それなら聞かなくてもいいかとその理由までは僕も知らない。
なんにせよ、そういう人たちは付き合いたくなかった。
「いや、僕はやめとくよ」
「えー、カインくん来ないの〜?」
後ろの取り巻きが不満を上げるが、彼女たちも裏でローゼンの悪口を言っていることを僕は知っている。
「3人で遊んできなよ」と言って、僕は忘れ物をしたふりをして道場に戻った。
まぁ、道場はもう締まっているから入れないんだけどね。
そんなことを考えながら敷地内に戻ると、木剣を握り、素振りをしている少年がいた。
「1人で練習なんて抜け駆け?」
「練習後に素振りをして今日の反省を振り返る。俺の日課だ」
ローゼンは間髪入れずにそう答えた。本当にそうなのだろう。
こいつの成長には師範も舌を巻いている。
入門してたったの3週間で素振りの型を完璧にマスターし、初の実戦稽古でも2年先輩のハルトに0対2から逆転して、結果的には3対2で勝っていた。
剣術を学び始めてたったの3ヶ月で、門弟の中では一番強くなっていた。
かく言う僕は、そのハルト相手でさえまだ一度も勝てていない。
ローゼンは何のためにこの道場に通っているんだろう?
木剣を振りながらぶつぶつと呟くローゼンの日課が終わったのを見計らって僕は訊ねてみた。
ローゼンは少し考えてから「成り行きだな」とだけ答えて帰り支度を始める。
「――で、何か用か?」
帰り支度を終えたローゼンが声をかけてきた。
言われてみれば、彼を待っているような状況になっていたと気づいた。
「あー、別にそういうわけじゃなかったんだけど……。どうせだし、どっかでお弁当食べてから帰らない?」
了承するローゼンに、僕はどこか見晴らしのいい場所はないかと訊ねた。
そうして選ばれた小さな丘の上に、僕たちは来ていた。
村の全貌が見える程度には高い位置。
お昼時というのもあり、村人たちが昼食や買い出しのために歩き回っている。村はそれなりに賑わっているように見えた。
母がちょうど家から出て広場に向かって歩いている姿が見える。食材の買い出しだろうか。
その姿を見ながら、僕は母が作ってくれた分厚い葉っぱで包まれたお弁当を開く。
中にはおにぎり、干した魚を炙った切り身、何かの肉を焼いたもの、健康を配慮しているのか、色とりどりの野菜が入っていた。
一方でローゼンの弁当は、おにぎりと野菜の漬物というとても質素なものだった。こいつの弁当はいつも質素だと思う。
「ローゼンのお弁当っていつもその組み合わせだよね。漬物好きなの?」
「親が作ってくれないからな。自分で作ってるんだよ」
「へー。料理できるんだ。すごいじゃん!」
「おにぎりを料理というなら、俺の得意なものは料理になるんだろうな」
言いながらじっと僕のお弁当を見つめてくるローゼンに、どことなく居心地の悪さを感じる。
「好きなのがあれば取っていいよ」
その居心地の悪さを払拭したくて、僕はお弁当を差し出した。
「本当か!?」
言って、ローゼンが固まる。
「……じゃあ、交換な。俺はこれしかないけど――」と、ローゼンは漬物を寄越し、魚を取っていった。
僕は貰った漬物を口に運ぶ。根菜系の野菜を漬けた素朴な味だったが、ご飯に合うなと思った。ポリポリとした食感もなかなか面白い。
一方でローゼンはもらった魚を一番最後に、齧るように、何口にも分け、大切そうに口に運ぶ。
「美味い……。美味い……」と何度も噛み締めるように呟きながら、時間をかけて味わっていた。
お昼を食べ終えると、いつもよりローゼンが嬉しそうにしていた。
よほど魚が美味しかったのだろうか。
ローゼンは料理をするらしいから、もしかしたらどこで魚を売っているかを知ればレパートリーが広がるかもしれない。
そう考えた僕はローゼンを誘う。
「この時間、広場でいろんなお店が並んでるから見に行ってみる?」
「…………」
僕の提案に、ローゼンは少しだけ視線をそらした。
「俺と一緒に行ったら迷惑だろ……」
またその遠慮だ。こいつはたまにこういうところがある。
道場ではあんなに強気なのに、なぜプライベートになるとこんなに弱気になるのか。
もしかすると、剣を持つと性格が変わるタイプかもしれない。
「そんなことないって。行こう!」
ローゼンの本心を知る由も無いカインは、無邪気に、半ば強引に彼を広場へと連れて行ったのだった。
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