9話 腰が甘い少年
「――いただきます」
祈りの時間は短縮できないからもどかしい。
カインは朝食を慌ただしく食べ始める。
そんな息子の姿に母は、困った様に笑いながら指摘する。
「もう少しゆっくり食べたら?」
「少しでもいっぱい稽古をしたいからね!」
僕はものの5分で食事を済ませると、「ごちそうさま!」と言い残して部屋を飛び出した。
「カインは今日も早いなぁ」
と、父が誰にでもなくつぶやいている間にカインは家を飛び出していた。
――道場に入門して3ヶ月。
まだぎこちなさはあるが、打ち込み稽古に参加できるまで成長していた。
早く一人前になりたくて、誰もいない道場で早朝から自主練を始める。
師範の教えを忠実に再現するべく、木剣を握って素振りを始めた。
一通りの型をこなすと、今度は敷地内に設置されている木人形に対して打ち込みを始める。
これが僕にとっての日課の1つとなっていた。
そして、実はもう1つ日課がある――。
木人形と木剣がぶつかり合う「カコン!カコン!」という小気味良い音を響かせていると同じ門弟の少年がやってきた。
「お!やっぱりカインか。相変わらず早いな」
そう言いながら木剣を取り出して構える。
彼の名はローゼン。
つい3ヶ月前までは"腰の入っていない素振り"をしていた同志だったとは思えないほど、今の姿は様になっていた。
僕もそれを倣うように木剣を構える。
そして、首飾りに手を触れ、大きく息を吸いこむ。
頭の中の余計なものを吐き出すように息を吐き、集中力を研ぎ澄ませると――。
「いくぞ――」
どちらからともなく地面を蹴り、本気の打ち込み稽古が始まる。
これがもう1つの日課だった。
2人はお互いに繰り出す斬撃をいなし、防ぎ、避ける。
常人であれば、どちらかが怪我をしているほど全力の応酬。
だが、重心の移動や体の動きなどを見て、互いに相手の動きを先読みしているため一向に攻撃が当たらない。
しばらくすると、ローゼンはぶつぶつと何かを呟き始めた。
これは集中すると出てくる彼の癖だ。
まるで自分の身体に覚え込ませるように「違う。今のはもっと早く――」そんなことを呟いている。
ローゼンは相手の動きを見て次の手を考えるのがとてもうまかった。
そして、その思考をすぐに言葉に変えられる。きっと頭の回転がものすごく早いのだろう。
一方、僕は未だ自分の強みを見つけられていなかった。
テンポを上げていくローゼンに対して、僕の剣は少しずつ出遅れる。
ローゼンはそのズレを見逃さない。気がつけば防戦一方になっていた。
僕が攻めきれないと見ると、ローゼンはより好戦的に打ち込んでくる。
「くそっ!」
たったの3ヶ月前は自分と同じ素人だったのに、この短期間でローゼンは恐ろしく成長している。
僕だって"オータスみたい"に強くなって、アリスを迎えに行くんだ――!
僕は焦りから安易に打ち込んでしまった。
その瞬間を待っていたかのように、ローゼンは攻撃を避けると僕の喉元に木剣の先を突きつけた。
木剣を突きつけたまま、ニヤリと笑うローゼン。
「――甘いな、カイン」
負けた悔しさ。その奥に、思わず笑い出しそうになる高揚感。
胸の奥で、何かがざわざわと騒ぎたてている。
「くそっ……!今日のところはこれくらいにしといてやる!」
「なんだその捨て台詞」
「あー、勝てねえ……!負けてないけど!」
僕は大の字に寝っ転がって強がりを吐く。
「腰が甘いんだよお前は」
また腰か……。
僕の腰はいつ本気を出すんだろう……。
木剣を納めながら2人は同時に笑う。
よし、また今日の稽古も頑張るぞ。そんな気持ちが自然と湧いてくる。
ザッ――。
誰かの足音がして僕たちは足音の方を振り返る。
そこには真剣な眼差しの師範が立っていた。
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