8話 親友との出会い
ゼロスが村を出て数日後。
北域圏の冬が過ぎ、少しだけ風が暖かくなってきた日の正午前のこと。
「剣術を学びたい」と僕は父に打ち明けた。
「魔術ではなく、剣術を学ぶのかい?」
「うん!だって、魔術は"そのうち"だからね」
ゼロスは僕に言った。"剣術の道もある"と。
だから新しい道に挑戦しようと思った。待っているだけじゃ"オータスみたいな英雄"にはなれない。
それならば、学べる師が必要だと考えたのだ。
父は頷くと、あの地味な魔術で誰かと"念話"をし始めた。
「よし。カイン、13時から剣術道場へ見学に来て良いそうだ」
「やった!」
「じゃあ、ちょっと早いけど――」
よーし。気合入れて準備を――って、何が要るんだろう?
「昼食にするか!」
父と簡単に昼食を済ませて一緒に家を出た頃には、13時近くになっていた。
約束の時間に合うのかと心配していたが――。
――時間通り剣術道場についた。
その道場は、家から徒歩3分の距離にあった。
こんな近くに道場があったことに僕は驚く。
道場の周囲は木の板を貼り合わせた壁が囲っている。中の様子が全く見えなかったので、剣術を学ぶ場所だと気付かなかったのかもしれない。
僕は門の前に立つと、首飾りを握りしめた。
ここから、僕の剣士への挑戦が始まる――。
英雄を目指すための新たな一歩だ。
剣を携えた僕が、卒業証書を握りしめたアリスを出迎える。そんな光景がが脳裏に浮かぶ。
自然と笑みが溢れ、やる気がみなぎってきた。
大きく深呼吸をし、僕は一歩を踏み出した。
門をくぐると、同じ村のはずなのに空気が違って感じられた。
村では和やかな時間が流れていたが、道場の敷地内では"修行の場"としての厳かな雰囲気が漂っている。
僕は無意識に高ぶる拳を握り締め、父の後ろに続いた。
建物の中では既に午後の稽古が始まっていた。
道着というやつだろうか、皆が同じ服を着て木の剣を振っている。
年齢はバラバラの男女が10名、「1、2、3――」と掛け声を発しながら木剣を振っていた。
素振りをする彼らの周りを腕を組みながら歩いている男と目が合う。
おそらくここの師範だろう。年齢は50歳くらいだろうか、ゼロスと同じくらいに思われる。
けれども、柔和な雰囲気のゼロスと違って、こちらには威厳を感じた。
額に深く刻まれた傷跡がそう思わせるのかもしれない。
怒ったら拳骨が飛んできそう。
それがカインの第一印象だった。
師範は、素振りをする子供たちに「そのまま続けなさい」と言い残してこちらへ近づいてくる。
思ったとおり威厳のある渋い声。けれど、どこかあたたかさを含んでいるような気がした。
「レオグリフさんこんにちは。カイン君だね?」
「こんにちは!」
声が小さかったら怒られる。そう思った僕は大きな声で挨拶をする。
師範は何も言わずに頷いた。
よかった。第一関門は突破できたらしい。
入門にあたって説明事項があるらしく、僕たちは縁側に腰掛けて説明を聞いていた。
時折父が「ええ?北域圏の元十傑だったんですか!?」などと、ミーハーの鏡のような受け答えをしていたからか、後半のほとんどは師範の自慢話が続いていた。
その話をちゃんと聞いていたのは父で、僕は稽古の方ばかりをずっと見たからほとんど頭に入っていない。
僕自身、誰かの武勇伝には興味があるが、今は少しでも技術を磨きたいと思いここにきているのだ。
「早く剣を握りたい!」「剣の技を学びたい!」そんな思いで拳を握り締め、未来のライバルたちの素振りをまじまじと見つめていた。
説明を兼ねた昔話を終えた師範が、唐突に僕に話しかけてくる。
「早速今日から体験していくかい?」
「はい!」
もちろんそのつもりだった。
師範は無言で頷くと、僕に木剣の柄を握らせる。
小さな手に木剣の重みがずしりと乗り、僕は軽く前のめりになった。
「――重たい」
「本物の剣はもっと重いぞ」
師範の低い声もあって、まるで"剣"という存在の重みが全身に乗ってくるようだった。
――だけど、ここから始まるんだ。
カインは誰よりも真剣な目で素振りに参加していた。
師範は余計なことは何も言わず、正すべきところだけを指摘してくる。
初めは「細かいところをネチネチと――」と思うこともあったが、他の子どもたちへ指導をする姿を見ていると、熱心に、強い意志をもって教えているんだと感じた。
この人もゼロスと同じだ。"他の人とは違うもの"を持っている。
指摘を取り入れながら素振りを続けていくうちに、初めは多かった指摘の回数も徐々に減っていった。
初心者にしては筋は良いらしい。
ただ、「腰が入っていない」という指摘だけはどうしても理解ができなかった。
――"腰をいれる"ってなんだろう?
腰ってそんなに大事な仕事をしているのかな……?
その後、打ち込み稽古が始まったが「もう少し素振りが上達するまで」と、隅の方で素振りを続けていた。
最年少は自分だと思っていたが、どうやら1週間ほど前に入門した同い年の少年がいるようだ。
彼は素振りの際にも集団から少し離れたところで1人黙々と稽古に励んでいた。
集団には馴染めないタイプなのだろうか。
彼の名はローゼン。
今僕と一緒に並んで"腰の入っていない素振り"をしている。
彼は素振りをしながらぶつぶつと何かを呟いていた。
第一印象は"変なヤツ"。
まさか、この少年が、
僕の剣の在り方を、人生そのものを変える存在になるとは――。
彼がぶつぶつと呟いていた言葉の意味を、この時の僕はまだ知らなかった。
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