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灰と灯火のグリモワール  作者: みむらす
1章 雪の降る日 前編【日常】
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7話 魔術に憧れていた少年

 ゼロスの魔術教室は予定通り1時間でお開きとなった。


 村に戻ったゼロスの背中に僕は話しかける。

「ねえ、おじさんはすごい魔術師の人なの?」

 ゼロスは振り返ると、目線を低くして答えてくれた。

「はっはっは!そう言われているよ。君は昨日の"オータスの英雄譚"の子だね?」


 やった!覚えてもらってた!

「僕も、魔術を使えますか?」

「なるほどなるほど。見たところまだ魔術を使ったことはなさそうだね?」

「うん!だから使えるようになりたくて!」

「はっは!それなら手を出してみなさい。とっておきを教えてあげよう」


 僕は一つ深呼吸をすると、ゼロスの"とっておき"のレクチャー通りに、丹田辺りにある魔力の存在を認識する。

 そして、それを両手から捻りだす――!


 しかし、何も起こらない……。

 その後もイメージがどうのこうのと30分ほどレクチャーを受けたが、結局何の手応えも得ることはできなかった。


 そうこうしている間に、次の用事が控えているということでお開きとなる。

 もしかして、僕は魔術が使えないのだろうか……。

 本当にそうだとしたら、僕はどうやってアリスとの約束を果たせばいいのだろう。

 その未来を想像すると、軽く目眩がした。


 そんな僕の頭に、ゼロスの大きな手が乗る。

 大きな手。それは僕に安心感を与えてくるかのようだった。

「私は魔術が誰にでも扱える世界を目指しておる。だから少年も諦めるでないぞ。そのうちきっと、魔術を扱えるようになるからの」


「"そのうち"……ですか……」

 だが、その一言がカインの心に突き刺さる。

 それは一体いつなのだろう……。


「少年はなぜ"オータスみたいな英雄"になりたんだい?」

「僕は……、大災厄の夜で友達と離れ離れになりました……。その友達は魔術学院に入学する事が決まっていて……。

 だから別れる前に約束したんです。"16歳になって卒業する頃に、僕はその友達を護れるくらい強くなって迎えに行く。そしたら大陸中を旅する"って……」

 あの日、展望台の上で3人で約束を交わした光景が思い出されて、胸がキュッと苦しくなる。


 もう、ロミオはいない……。

 僕も未だに魔術が使えない……。

 アリスだって生きているかどうかわからない……。


 だけど、これだけは信じたい――。

「きっと……、きっとその友達は生きて魔術学院に通っているから……。

 だから僕は、強い魔術師になりたいんです……」


 アリスは生きていると。

 そして、僕もいつか魔術が使えるようになると。


 ゼロスは僕の言葉を静かに聴き終えてから言葉を発する。

「……私はあの夜、救難信号を受け、夜明け頃にオルスタッドの街に着いた。悲惨な状況だったが多くの人を救助したよ。

 その中には魔術学院に入学が決まっていた者も居った。年若い者も、な」


 "入学が決まっていた若者をゼロスが助けた"。

 その言葉に、僕の視界が少し明るくなったような気がした。


「だから少年よ。心を強く持ちなさい。君の中で大災厄の夜は"まだ明けていない"のだろう。

 だが、君の友達との約束を果たす選択肢は魔術だけじゃないぞ。なぜなら――」

 ゼロスはニヤリと笑って言う。

「オータスは剣の才能で英雄と呼ばれるようになったのだからな」

 それは知らなかった。英雄譚にはすごい魔法がたくさん出てくるから、きっと優秀な魔術師なのだと思っていた。

 だから誰かを護る力は魔術しかないのだと思い込んでいた。

 魔術以外の道が、あったんだ――。


 ゼロスは僕の頭に置いた手に力を込める。その手から力強い何かが流れ込んでくるような気がした。

「少年ならきっと夢を果たせる」

 そう強く言い残して、ゼロスは村の奥へと消えていった。


 剣……か。

 僕の中で何かが大きく動き始めていた。

 ざわざわする感情の昂りを感じながら、首飾りを握りしめる。

 そして、村の外に広がっている地平線の向こうを見つめた。


 アリス、僕は魔術師じゃなくても良いみたいだ。


 門の脇に小さな花が咲いていた。

 長かった"北域圏"の冬が終わろうとしている――。

短期集中連載:2026年1月3日〜1月18日は毎日20時更新。

以降は、毎週水曜・日曜の20時に更新していきます。

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