7話 魔術に憧れていた少年
ゼロスの魔術教室は予定通り1時間でお開きとなった。
村に戻ったゼロスの背中に僕は話しかける。
「ねえ、おじさんはすごい魔術師の人なの?」
ゼロスは振り返ると、目線を低くして答えてくれた。
「はっはっは!そう言われているよ。君は昨日の"オータスの英雄譚"の子だね?」
やった!覚えてもらってた!
「僕も、魔術を使えますか?」
「なるほどなるほど。見たところまだ魔術を使ったことはなさそうだね?」
「うん!だから使えるようになりたくて!」
「はっは!それなら手を出してみなさい。とっておきを教えてあげよう」
僕は一つ深呼吸をすると、ゼロスの"とっておき"のレクチャー通りに、丹田辺りにある魔力の存在を認識する。
そして、それを両手から捻りだす――!
しかし、何も起こらない……。
その後もイメージがどうのこうのと30分ほどレクチャーを受けたが、結局何の手応えも得ることはできなかった。
そうこうしている間に、次の用事が控えているということでお開きとなる。
もしかして、僕は魔術が使えないのだろうか……。
本当にそうだとしたら、僕はどうやってアリスとの約束を果たせばいいのだろう。
その未来を想像すると、軽く目眩がした。
そんな僕の頭に、ゼロスの大きな手が乗る。
大きな手。それは僕に安心感を与えてくるかのようだった。
「私は魔術が誰にでも扱える世界を目指しておる。だから少年も諦めるでないぞ。そのうちきっと、魔術を扱えるようになるからの」
「"そのうち"……ですか……」
だが、その一言がカインの心に突き刺さる。
それは一体いつなのだろう……。
「少年はなぜ"オータスみたいな英雄"になりたんだい?」
「僕は……、大災厄の夜で友達と離れ離れになりました……。その友達は魔術学院に入学する事が決まっていて……。
だから別れる前に約束したんです。"16歳になって卒業する頃に、僕はその友達を護れるくらい強くなって迎えに行く。そしたら大陸中を旅する"って……」
あの日、展望台の上で3人で約束を交わした光景が思い出されて、胸がキュッと苦しくなる。
もう、ロミオはいない……。
僕も未だに魔術が使えない……。
アリスだって生きているかどうかわからない……。
だけど、これだけは信じたい――。
「きっと……、きっとその友達は生きて魔術学院に通っているから……。
だから僕は、強い魔術師になりたいんです……」
アリスは生きていると。
そして、僕もいつか魔術が使えるようになると。
ゼロスは僕の言葉を静かに聴き終えてから言葉を発する。
「……私はあの夜、救難信号を受け、夜明け頃にオルスタッドの街に着いた。悲惨な状況だったが多くの人を救助したよ。
その中には魔術学院に入学が決まっていた者も居った。年若い者も、な」
"入学が決まっていた若者をゼロスが助けた"。
その言葉に、僕の視界が少し明るくなったような気がした。
「だから少年よ。心を強く持ちなさい。君の中で大災厄の夜は"まだ明けていない"のだろう。
だが、君の友達との約束を果たす選択肢は魔術だけじゃないぞ。なぜなら――」
ゼロスはニヤリと笑って言う。
「オータスは剣の才能で英雄と呼ばれるようになったのだからな」
それは知らなかった。英雄譚にはすごい魔法がたくさん出てくるから、きっと優秀な魔術師なのだと思っていた。
だから誰かを護る力は魔術しかないのだと思い込んでいた。
魔術以外の道が、あったんだ――。
ゼロスは僕の頭に置いた手に力を込める。その手から力強い何かが流れ込んでくるような気がした。
「少年ならきっと夢を果たせる」
そう強く言い残して、ゼロスは村の奥へと消えていった。
剣……か。
僕の中で何かが大きく動き始めていた。
ざわざわする感情の昂りを感じながら、首飾りを握りしめる。
そして、村の外に広がっている地平線の向こうを見つめた。
アリス、僕は魔術師じゃなくても良いみたいだ。
門の脇に小さな花が咲いていた。
長かった"北域圏"の冬が終わろうとしている――。
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