6話 魔術を見た少年
2時間ほど続いた勉強会は、面白くてあっという間だった。
初めはこの村に対する違和感も、勉強会が終わった頃には気のせいだったのではないかというほど、平和な村の雰囲気に戻っていた。
僕たちは見て楽しむだけだったが、当のゼロスは魔術の実演による疲労があるのか、椅子に腰掛け額の汗を拭っている。
魔術を扱うための秘訣をどうやって聞こう?
僕がそのことを考えていると、ゼロスに変わり村長が話し始めた。
「1時間ほど休憩を挟んだら門兵の方と行商の方達向けに、魔獣の対処法を実演を交えて実施します。危険には十分配慮をしますのでお子さんも参加可能ですが、その場合は親御さんも一緒の参加をお願いします」
ゼロスが実演を見せてくれる?
これはきっと僕の将来にも役立つはずだ。
「父さん!」
「はいはい。分かったよ。一緒に行こうな」
平常心を装いながらもソワソワする父。
「あなた!」
こっちは鼻息荒く、平常心を隠そうとすらしない母。
「えぇ……。お前はただ見たいだけだろ」
「カインが参加するのよ!私たちが2人で見ておかないと危ないじゃない!」
僕たちは3人で参加することになりました。
村から出てすぐの平野――だったところ。
「雪だね……」
そう、村から出た先は一面雪の世界。
というより雪の壁。
少なく見積もっても5メートルは雪が積もっていて、到底講義だの実演だのできる状況ではなかった。
「この雪を溶かさないといけませんな」
ゼロスは雪の壁に手を触れた。
雪の積もる冷気に満ちた空間を、ゼロスを中心に暖かな空気が浸食していくような感覚――。
「凍てついた眠りに終焉を――。
灯されし火は、汝を赦し、大地へ還す。
汚れなき輪を描け――紅蓮の環よ
《ソル=アルヴァ・グレミア》」
暖炉の熱気に似た熱風が辺りを包むと、一瞬のうちに雪が溶け、その水が即座に蒸発していく。
空気中の水分が飽和限界を超え、一瞬のうちに辺りが濃い霧に包まれた。
「おっと。はっはっは!こりゃいかん。
《アリア・ヴェント・クリア》」
続けてゼロスが術名だけを唱えると突風が吹き、濃い霧を一瞬で晴らす。
すると、半径20メートルほどの空間に、雪が降る前と同じ大地が広がっていた。
驚きの表情を浮かべている村人たちにゼロスが言う。
「魔術とは魔術構文の詠唱によって発動されるというのは皆さんも理解していると思います。
我々が日常的に使っている魔術は、大気中のマナを使って小さい威力のものを長時間持続させています。
ですが、発動時には体内にある魔力を消費します。そして“どれだけの魔力を術式に流すか”で、魔術の規模は大きく変わる。
術そのものは同じでも、術に込める魔力量と流し方が違えば、結果はまるで別物になります。
その魔力量を調整することで、このような広範囲、高威力な魔術も発動できるわけですな」
その解説には、村人たちからも感心の声が上がった。
魔術が使える大人たちもそこまでの知識はなかったらしい。
父も、
「なるほど……念話の距離が人によって違うのは、術式に込める魔力量の問題だったのか」と、独り言を呟き感心している。
その言葉を聞きながら、アリスの言っていた「丹田あたりにある魔力を捻り出す」という言葉の意味を、僕は少しだけ理解できた気がした。
「それでは実演用に魔獣を召喚しましょう」
ゼロスは村人たちに背を向けると、手のひらを掲げる。
平穏だった空気が一瞬揺らいだような気がした。
「灰に眠る牙よ、影に潜む眼よ。
目覚めの刻は今――。
契りし主の声に応えよ。
《ヴァル=ウルフス・レミア》」
ゼロスの5メートルほど先に、黒いオーラを纏った十数匹の狼が召喚された。
村人たちの空気がピンと張り詰める。
ゼロスはそれを感じ取ったのか、「はっは」と笑いながら言う。
「安心してください。これはただの傀儡です。
命令をしない限り人を襲うことはありませんよ」
ゼロスは腰の長剣をすっと引き抜く。
「では、私を襲わせてみましょうか……」
今度は空気が重たくなり、得体の知れない重圧感を伝えてくる。
「契約の輪を裂き、主を喰らう牙を放て。
命ず――汝が敵は、我なり。
《イル=サルヴァ・ヴォルグ・エンクレア》」
黒い狼たちの目に赤い光が宿る。
そして、全速力でゼロスに襲いかかった。
ゼロスはそれらをヒョイヒョイと交わしながら言う。
「獣たちの動きは基本的に直線的です。
でも、避けるのが早ければ相手も軌道を修正します。
ギリギリまで待って最小限の動きで避け、避けられないものは武器で防ぎましょう」
正直、ゼロスが何をしているのか、僕には全く理解ができなかった。
ただ、曲芸を見るように、僕はその動きに見惚れていた。
「基本的に、群れを成す魔獣は数匹倒せば逃げていきますので――」
3匹の魔獣が同時に飛びかかる。
その瞬間ゼロスの体が低く沈む。
そして、バネのように飛び出すと、目にも止まらぬ速さで斬撃を打ち込み、3匹の狼を一瞬で捌いた。
その技の鮮やかさに村人たちは歓声を上げることすら忘れ、ただ見入っていた。
「魔術が使える方は、魔術を使ってもいいですな――。
刻め、風は刃であり、刃は律であり、律は断絶をもたらす。
残響のごとく、我が敵を裂け
《グラディス・アエル・レヴィア》」
詠唱と同時、左手を挙げると残りの狼が全て細切れに切り刻まれ霧散する。
もう誰も、何も言わなかった。
僕には何が起きたのかまるで分からなかったが、それは大人たちも同じ状況だったのだろう。
ゼロスはこちらを振り返ると、呆然とする大人たちに頭を掻きながら、
「ま、鍛錬を積むことですな」
すごいものを見た時、他者に感動する者と、自分に落胆する者に分かれるのかもしれない――。
カインは1人、無意識に魔獣の首飾りを握りしめていた。
魔術を扱う感触。
少しだけわかったかもしれない。
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