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灰と灯火のグリモワール  作者: みむらす
1章 雪の降る日 前編【日常】
13/27

5話 違和感

 その日、北域圏の村"グラティア"は早朝からお祭り騒ぎだった。

 特に娯楽の無い辺境の地な上に、数日間続いた雪のせいでろくに外出できない日が続いていた。

 そんな皆の鬱憤を晴らすかのように、大陸で最も有名な魔術師に数えられるゼロスが魔術教室を開催する。

 村の大人たちは前日から張り切り、夜明け前の薄暗い時間から広場の設営を始めているらしい。その設営に僕の父も参加している。


 夜が明ける前から、何度も「カイン、支度はできた?」と訊いてくる母。

 その都度僕は「僕たちは設営をしないんだからもう少ししてからで大丈夫だよ」と、浮かれている母を宥めていた。

 僕たちは、村が明るくなってから一緒に家を出た。

 外に出た瞬間、氷に置き換えられたと感じるほどの冷たい空気が全身を包んだ。

 防寒着を着込んでいるとはいえ、隙間から覗く顔と首元を突き刺さるような冷気が襲う。

「う……っ!」

 僕は突然の寒さに驚き、思わず呻き声を上げた。

 母は僕の前にかがむと、首のマフラーの位置を丁寧に調整して、空気に触れているのは顔だけにしてくれた。

「ほら、これで大丈夫!」

 にこやかに歯を見せる母につられて僕も笑顔になる。

 そしてすぐに僕たち2人は真顔に戻った。


 ……空気に触れた歯が冷たい。


 母と共に歩きながら見た、数日ぶりの外の景色。

 まだ少し雪は残っていて、土は湿ってべちゃべちゃな所もあるが、木の幹を積み重ねて作られたログハウス風の家々は屋根も含めて綺麗に雪がなくなっている。屋根は積雪の多い土地らしい急勾配になっているため、人が登って雪を下ろすには危険が伴う。きっとゼロスが溶かして回ったのだろう。

 その木製の屋根からは石のブロックを積み上げた煙突が生えている。各家に設置されている暖炉の煙を逃すためのものだが、今はほとんどの煙突が煙を吐いていない。


 心なしか、母の歩く速度がいつもより早い。

 それに置いていかれないよう、僕も歩速を早める。

 2人は何度もべちゃべちゃを踏みそうになりながらも、村のメインストリートへと辿り着いた。

 メインストリートは石畳でできているため非常に歩きやすい。この石畳は広場にも続いているから、広場の足場も心配は無さそうだ。

 他の村人たちもその道を歩き、一様にワクワクした表情で同じ方向に向かっていた。


 会場となっている女神像のある広場は、オルスタッドの広場と比べると半分程度の広さもない。

 初めて見た時は随分とこじんまりした印象を受けたが、今日は村人のほぼ全員、300人ほどが集まっていて、広場の人口密度で言えばオルスタッドを超えたのかもしれない。


 広場の脇には、シチューやホットミルク等、温かいものを提供する即席の出店が数件ずつ開かれていて、それを求めた村人たちの行列ができている。


 村の大人たちは本当に気合を入れたらしい。

 その証拠に、女神像は紙でできた花飾りを頭と首にかけ、手には花束まで握っていた。

 半年ほど前に体験したお祭りでも女神様はここまでの"おめかし"をしていなかったと思う。

 ……バチなんて当たらないよね?


 そんな罰当たりスレスレな女神様の背後には、達筆に"ようこそゼロス様 雪かきありがとう!"と書かれた木の板が立てられており、それも紙の花で縁取られている。

 さらには、ゼロスが通るであろう紙の花で縁取られた道まで作られていた。

 村人たちは行儀良くその道を空けながら女神像の周りに集まり、ゼロスの登場を心待ちにしている。


 広場の変わり様を眺めていると、器用に3人分のホットミルクを持った父が合流してきた。

 父の担当作業は終わったらしい。そして僕たちと合流した父は、女神像に"おめかし"をした犯人は自分だと嬉しそうに自白した。

 ……村の皆さんごめんなさい。もしも女神様から天罰が降ったとしたら、それはうちの父のせいです。


 家族3人揃って温かいミルクを口に運ぶ。

 喉を通る液体の暖かさが、冷めた身体に染み渡る。

 吐く息が一層白くなった。


 それを眺めながら、以前アリスが霧を出す魔術を見せてくれたことを思い出す。

 使い慣れていなかったからか、霧が出たのは一瞬だったが、彼女の使う魔術はどれもキラキラしていて、見ていてとても楽しかった。

 そして"オータスの英雄譚"には多くの魔法が出てくる。

 炎の魔法や氷の魔法等どれも格好いいものばかりだ。今日はどんなものが見られるのだろうか、僕の心は期待で満たされていた。


「まだかしらね?」


 ――そんな僕よりもソワソワしている母は何度目か分からないそれを呟く。

 この場を誰よりも楽しんでいるのはうちの母かもしれない。


「あら、レオグリフさん!おはよう!」

 ふくよかな女性が声をかけてきた。

「あ、肉屋のミーティスさん。おはようございます」

 ペコリと頭を下げた父に続いて僕と母も頭を下げる。


 "肉屋のミーティスさん"。

 村人みんなに優しく、僕たち一家には特に良くしてくれる女性だ。

 夕方遅くに外を歩いていると「あらもう、早く帰らないとダメよ。北の夜は寒いんだから。ほら、これでも食べて体温めて帰りなさい」と、売れ残りのシチューを分けてくれたりする。


「雪、大丈夫だった?まだこっちにきて慣れないのに大変だったでしょう?」

 彼女は西辺圏からやってきた僕たち一家をいつも心配してくれている。

 この村に初めてきた日、すでに西辺圏での事件は大陸中の人たちが知っている状況だった。

 皆、自分たちの今後がどうなるのか不安な中、真っ先に食事と寝床を分けてくれたのがこのミーティスおばさんだ。

 この人がいなければ、僕たちは凍える夜を過ごしていたかもしれない。


「えぇ、まぁ。でもミーティスさんから念話で伝えていただけたおかげで助かりました」

 どうやら、昨日の夜会話をしていた相手はおばさんだったようだ。

「もう、そんなのいいのよ。困った時はお互い様じゃない。元気そうで良かったわ!」

 

 そんな世間話をしていると「あ!来たわよ!」と、母が声を上げた。

 ゼロスの登場に村人たちは皆、感謝の声を投げかけている。手袋で拍手は鳴らないが、皆思い思いに手を振って歓迎の意を表現していた。

 そんな村人たちにゼロスはペコペコと頭を下げながら女神像の前へと歩を進める。


「えー、みなさん。おはようございます。北域圏の雪は相変わらずすごいですねえ。みなさんは風邪などひいていないですか?」

 魔術による拡声だろうか。大きな声ではないのに広場全体に伝わる音量で声が響く。


「ないよー」「大丈夫だよー」

 そんな村人たちの声が投げかけられる。

 村長と共に各家を回ったからだろうか、まるで知人とやりとりをしているようなとても暖かな雰囲気だった。


「えー、初めましての方も多いと思うので、自己紹介をさせていただきます。私の名前はゼロスと言います」

「知ってるよー」


「どうも。ありがとうございます。私は魔術構文について30年以上研究をしておりまして――」

「だから知ってるってー」「いつも村長が自慢話のように聴かせてくるからー」

 なぜか村長が照れている。


 そんな感じで終始和やかに会が進んでいく――はずだった。


 それはゼロスが今日の実施内容を説明し始めた時だった。

「えー、そんなわけで、今日のテーマは"感応かんのう術式"――」

 そこまで言った瞬間、和やかだった村人たちの雰囲気が一気に張り詰めた。


 身内の中に犯人を見つけた。

 そんな、目の前の味方が突然敵になってしまったかのような空気の変化。

 なぜそんな空気になったのか僕には理解ができず、周りを見渡しているとミーティスおばさんの睨みつけるような表情が目についた。


 おばさんのこんな顔、初めて見た……。


 村人たちの雰囲気を察したゼロスは慌てて軌道修正をする。

「――について、最近論文を書いた私による"東塔圏"風の魔術構文について。"東塔圏"の魔術構文はですねぇ、とても格好よくて私は好きですねぇ」

「少年の心を忘れない文化圏ですからな」

「そうですね。私も少年の心は忘れていませんが歳だけは重ねました。はっは」

 村長の一言とゼロスの掛け合いもあって、再び和やかな雰囲気が戻ってくる。


 まるで先ほどの沈黙が嘘のように、村人たちもミーティスおばさんも「あっはっは!」と声を上げながらゼロスの話を楽しんでいる。

 それとは裏腹に、母を見るととても悲しそうな顔をしていた。父も同じような表情をしている。


 この差は一体なんなのだろうか……。

 僕は今までそんな経験をしたことがなかった。

 ゼロスが魅せる魔術の数々は魅力的だったはずなのに、この村に対して、僕の中に答えの出ない違和感だけが残り続けていた。

短期集中連載:2026年1月3日〜1月18日は毎日20時更新。

以降は、毎週水曜・日曜の20時に更新していきます。

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