3話 父の魔術
念話で外と連絡を取る。
父はそう言って深呼吸をすると、空気がピンと張り詰めたような気がした。
感覚が研ぎ澄まされ、周囲の冷気がより強くなったような感覚。
「沈黙の風が、名を呼ぶ声を運んでゆく。
思念よ、時空を越えて――つながれ、我が友へ。
《リュミナ・フィエル・アンスフィア》」
父は魔術を発動するための呪文――"魔術構文"を唱えた。
やっぱり詠唱ってかっこいいなぁ。
それから数秒の後、誰かと繋がった父が会話を始める――。
「あ、どうも村長さん。おはようございます。
……ええ、そうなんですよ。玄関開けたら家が雪に埋まっているみたいで。
……はい。……はい。……ええ?本当ですか!?とても助かります」
言いながら何度も頭を下げる父。
……なんだろうこの感情。
父は虚空に向かって世間話をしているようにしか見えなかった。
「――はい。それではまた!
《ノル・エイネス・ティアロス》」
父は念話を終了する呪文を唱える。
「良かったなカイン!今、ゼロスさんが雪を溶かして回っているらしい。この辺も昼前には溶けるそうだぞ!」
「あ……、うん……。そうなんだ……」
どうしよう。
魔術って思っていたより地味なのかもしれない。
――数時間後。
昼食を終え、暖炉の前でくつろいでいると、唐突に玄関の戸を叩く音がした。
「はいー。今開けます〜!」
暖炉の炎で暖をとっていた母が小走りで玄関の戸を開ける。
母は来訪者と二、三言会話をすると、
「あなた!カイン!ゼロス様が雪かきをしてくださったそうよ!」と、家中に響く声で僕たちを呼んだ。
ゼロス。昨晩両親が褒めちぎっていた魔術師だ。
その人物に会えるという事実に心を躍らせながら母の元へと駆けていく。
そこには白髭を蓄えた村長がにこやかな表情で立っていた。
そして、その隣に居る短髪頭のガタイの良い男性がゼロスという魔術師だろう。
見た目の年齢は50歳くらいで、少し白髪が混ざっていた。
「そんなそんな、"様"だなんて、やめてくださいマダム」
そう言いながら気さくに笑うゼロスは、なんというか、常人とは貫禄の次元が違うように見えた。
「こ、こんにちは!」
緊張してつい裏返った声が出てしまう。
母はそんな僕を笑顔で紹介する。
「息子のカインです。いつか自分も"オータスみたいな英雄"になるってずっと言ってるんですよ」
僕は、首を縦に振って母のそれを肯定する。
そんな僕に、ゼロスは屈んで目線を下ろして言った。
「ほほう。カイン君はいい夢を持っているね」
屈んでもなお目線は高い位置にあったが、なんというか、"優しい人間"だという安心感を持った人だと感じた。
僕は警戒心が溶け、安心したら自然と笑顔が溢れた。
「カイン君。明日の午前中、広場で魔術教室をやるからぜひ来なさい。きっと楽しいと思うよ」
「行きます!絶対行きます!」
「はっは。元気がいいなあ!」
そう言って豪快に僕の頭を撫でる。
ゴツゴツした大きな手だったけれど、包み込まれるような優しさを感じた。
「それでは、私たちはこの辺で。マダムもどうぞ、寒さにはお気をつけて」
「は、はい!ありがとうございます!ゼロス様もお気をつけて!」
ゼロスは深くお辞儀をすると、村長と共に次の家へと向かっていった。
母は僕と一緒に2人を見届けると「カイン、よかったわねぇ」と、話しかけてきた。
「ゼロス様はこの国でも有数の魔術師よ。そんな魔術師から魔術教室へのお誘いなんて、カインには素質があるのかもしれないね!」
「そ、そうかな……?」
何事にも素直な母に言われると、本当にそんな気がしてくる。
僕は嬉しいような恥ずかしいような気持ちでいっぱいだった。
「それにしても――」
母は僕から目を離し、次の家へと向かうゼロスの背中を見つめながらため息を漏らすように言う。
「ゼロス様、渋い声だったわぁ……」
――母さんはちょっと素直すぎないかな?
僕は今後の夫婦関係が少し心配になった。
……それから。
厠から飛び出してきて、ゼロスに会えなかったと落胆する父と、ご機嫌な様子で少し高価なお茶を嗜む母の姿があった。
案外この2人はミーハーなのかもしれない。
僕は、この2人はいつまでも幸せだろうなという妙な確信を得たのであった。
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