5、邂逅
〝妖精の森〟に行くと、私は光りに包まれ、気がつくと見知らぬ小屋にいた。
『別れは済んだようだな。こちらも妖精たちの説得は済んだ。それから、3年間身体の時は止めておく。死なれたら困るからな。…あ、うーん?』
推定妖精王が困ったような雰囲気を醸し出す。言いにくそうなら、自分で聞こう。
「なんですか」
『…んん、腹の子は、どうする?』
腹の子、というまたしても唐突な言葉が耳に入る。さすがに聞き間違いだろう。
「何ですか?」
『…だから、腹の子だ。お前の腹にいる子だ。』
「は???」
『なんだ知らなかったのか。それはまずいのではないか?父親に知らせなくては。』
もし本当に子どもができているのなら、確実にアスターのだ。知らぬ間に襲われていない限り。もう終わったのだ。言う必要はない。
「いやいやいやいや、いいです。もう別れたので。」
『む、別れた?なら、尚更知らせる必要がある。3年後どうするのだ?』
アスターに、子どもができていたからやっぱり復縁してと頼む資格は私にはない。
「いや、私が一人で育てます。」
『うーむ。じゃあ、出産までは時を止めないでおこう。それから、子どもの時も止めない。ここには妖精も呼べるから病気も診てもらえる。小屋の外には森が広がっているから、なってる実を食べていい。3年後に人間界で産むより良いだろう。』
それから推定妖精王は去り、私は小屋の外を探検した。成っている実は普通の木の実ではなかった。肉みたいな実もあれば、シチューみたいなものが入っている実もある。これは飽きなさそうだとひと安心したが、出産のことを考えるとたちまち不安に襲われた。しかし、出産はかなり先だ。今不安がっても意味がない。取り敢えず、眠ろう。
翌朝、目が覚めるととてもお腹が減っていた。昨日取った実を食べる。腹が膨れると、不思議と未来への不安も晴れた。そもそも、人間界にいたままだったら研究や戦争の後始末に追われ、出産どころではなかったじゃないか、ここに来てよかったと前向きにさえなれた。それから小屋の外に出て散歩をしてみた。しばらくすると、妖精があいさつをしに来た。
『森の番人だ!この前は暴れちゃってごめんね。でも君と会えてうれしいよ!』
『僕も!』『わたしも!』
次々と妖精が寄ってくる。怒っていたのではないのか?と思ったが、妖精たち曰く、大体寝ると怒りは収まるらしい。昨日までは寝るのも忘れて怒っていたんだとか。
リリーンリンリン
どこからか鈴の音が鳴る。
『侵入者だ!』
『まだ森は荒れたままなのに!』
「あ、私の出番か!」
私は慌てて音のする方へ走った。すると、気が付いたら元の森へ戻っていた。振り向くとすぐ後ろに小屋があった。この状況に驚いて辺りを見回していると、4人の若者が賑やかに歩いていた。
「やべえ!ボロボロだぜ!」
「おい!お前ら国王陛下が入るなと仰っていたではないか!」
「うるさいなぁ―。ついてくんなよ」
「そうだぜ、お前も厳罰が下るぞ?!」
わははははと3人の若者が笑った。捕らえろと言われているが、どうしたものかと頭を抱える。
…いいことを閃いた。
魔法で森を霧で覆った。わなんだなんだと若者たちが騒ぐ。小屋に導くように霧を晴らし、私は小屋に帰った。3分ぐらいだっただろうか。しばらくして若者たちが小屋になだれ込んできた。
「「「わ、誰だお前ぇ!」」」
「誰だは失礼だろ!こっちが入ってきたんだから!」
正論である。
「私は森の番人だよ。最近までただの魔女だったんだけどね」
「もしかして、デイジー様ですか?!」
まさか自分を知っているとは思わず、へ?!と情けない返事をしてしまった。様とつけるくらい敬ってもらえているならちょっとかっこつけたかった。
今からでも間に合うだろうか。
「自分は薬草研究所を目指している者で!若くして副所長まで上り詰めたデイジー様を尊敬しています!」
「誰だよ、デイジーって。」
若者のいかにもチャラいヤンキーという感じの男が口を挟む。
「今言っただろう!?薬草だけじゃなく、魔術もすごいんだ!」
「ありがとう。みんな自己紹介して。」
「はっ。私はバジルと申します。僕たちはアカデミ―の3年です。」
3年というと、17歳だろう。アカデミーは4年制で、18歳で卒業なのだ。となると、一つ年下だ。
「俺はオリバーだ。」
「俺はシダー」
「俺はマーシュ」
なるほど、親分がオリバーで、弟分がシダー、マーシュ。そして彼らを止めに来たのがバジルというとこか。
「落ち着いて聞いてほしい。」
「はっ」
「君たちは3年間ここから出られない。」
「「「「は?」」」」
「森の番人としての決まりなんだ。別に私が君たちを閉じ込めたいわけじゃない。多分妖精たちが森を癒やすのに邪魔だから侵入者を返さないことで侵入自体を減らしたいんだと思うよ。知らんけど。」
必死に言い訳して、恐る恐る若者たちを見る。バジルは顔が青く、他3人のは真っ赤だ。
「意味わかんねぇよ!ちょっと出来心で来ただけなのに!」
オリバーがそう叫ぶと、シダー、マーシュも同意を示すようにそうだ!と叫ぶ。
「わざわざ国王陛下がお告げになられたんだ。そういうことだ。」
バジルは真っ青になりつつも、状況をきちんと飲み込めたようだ。オリバーたちはまだ愚痴っている。なんだかかわいそうになってきた。
「あー、アカデミーの方は、私が出たらなんとかしよう。」
「いや、俺はいいよ。辞めるつもりだったし。」
そう吐き捨てると、オリバーは近くにあったソファに転がった。
お前のじゃねえよ。
「そうか。さて、君たちにはやってもらいたいことがある。」
「なんだ。」
「…私は妊娠しているらしい。だから、私と生まれてくる子供の世話をしてほしい。」
妊娠していると実際に口に出すのは少し気恥ずかしく感じた。
「は?相手は?」
オリバーがこちらを睨んで言う。
「そうだよ。そいつにさせろよ」
シダーがオリバーに便乗する。
「別れた。もう会わないつもりだ。」
「はあ?だっる。なんでお前が勝手に作った子どもの世話をしなきゃいけないんだよ。」
「貴様ァァァァァァ!!」
如何にもヤンキーみたいな喋り方だ。私も出来るようになったら威厳が出るだろうか。
そして、バジルがオリバーを説教し始めた。
「黙れ。こっちは勝手に始まった戦争のせいで3年間世界のために引きこもるんだ。お前みたいな奴がいるせいでね。」
威厳を意識していたら、本当に怒っているみたいに返してしまった。本当はこんなこと思ってないけど。
それからもオリバーたちが悪態をつき、バジルがその説教をするのを繰り返していたら、気づけば皆この生活を受け入れていた。出産の時は妖精王が女の姿に変身して手伝ってくれた。生まれてきた子にはアイビーと名付けた。緑の髪とアイボリーの瞳がそれを思い起こさせたから。どことなく「アスター」という響きを思い起こさせたから。
アイビーが熱を出せば妖精たちが氷を作ったり、湯浴みをさせたりしてくれた。アイビーは健康に順調に成長していった。
森の番人になってから2年経った頃、魔女狩りが来た。どこから魔女が森の番人をしているという情報が漏れたのか、2年間外に出ていない私には分からなかった。拷問は気が引けるのでただ捕らえるだけにしようと思ったが、アイビーを見て魔女狩りは泣き出した。
「俺の子供もそれくらいだったんだ…。魔女に殺されたって村のやつに言われて、魔女狩りを始めたんだ。…でも、普通の人間に殺人鬼がいるように、全ての魔女がそうだってわけじゃないよな。すまなかった。」
と、静かに泣き始めた。それを見たアイビーが、「おじさん痛いの?あいびーがいいことあるおまじないしてあげる。」とハンドシェイクをすれば、号泣してしまった。
それからは魔女狩りも子育てに加わり、皆家族みたいになった。オリバーたちもすっかりアイビーに絆されて丸くなった。
――3年が経ってすぐ貴方と会うことになるとは思わなかった。




