4、回顧
3年ぶりの元恋人の姿はすっかり勇ましくなっていた。私はこの3年間、忙しかった。森の番人の仕事で忙しかったんじゃない。子育てだ。
侵入者を叱責した後、もれなく育児に参戦させていたとはいえ、かなり大変だった。
身体の時が止まっていなかったらすっかり老けていたと思う。
戻れない過去に思いを馳せる。
―アスターとの出会いは意図的に作ったものだった。
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母に愛されていなかったとかは思ったことがない。むしろ、過干渉過保護で愛が重たいと感じていた。どちらでもどうでもいいことだが。
私は生まれついての能力が高かった。いくつか特殊な固有魔法をもっていた。固有魔法は一つ持つだけでも凄いと言われている。
きっと将来は最強の魔女だ、と周りから言われて育った。
だから、母に敷かれたレールをトボトボグダグダみすぼらしく歩いていても、勝手に周りは走っていると思ってくれた。
母がしょうもないことで父に文句をつけてヒステリックを起こすのに幼い私が怯えていても、母はそれに目もくれず叫び続けた。
お陰で私はすっかり傲慢で臆病な人間になってしまった。基本、自分のことしか考えないのだ。自分のことしか考えなくても許されると思っているのだ。その思考が身体にすっかり染み付いているのだ。クズである。
それに気づいたのは、母から逃げるためだけに母が敷いたレールの中から選んだ国立薬草研究所でのことだった。固有魔法の中に薬の効能が2倍になる、という魔法があったから母は私に薬学を勉強させた。薬学は数多くさせたられた勉強の中でも珍しく好きなものだった。そして、幸運なことに国立薬草研究所は全寮制だ。薬や薬草の管理を交代制でするからなんだとか。
いくら天才の私でも下っ端研究員から始まった。そもそも、14歳だ。アカデミーを飛び級で卒業したとはいえ、まだまだ幼い。
別に、一気に所長にしてくれよと思うほど傲慢ではなかったが、まさか薬草採取の荷物持ちを1年もやらされるとは思わなかった。他の人は長くても半年だ。何故だと焦り、11ヶ月と3日過ぎた頃に所長に聞いてみた。
「何故私は他の方よりも荷物持ちの期間が長いのでしょうか。」
「お前、自分が他より長いの知ってたのか。意外だな。そんなの下手くそだからに決まってんだろ。」
私は衝撃で丸一日寝込んだ。そして、自分が周りを見ていないことに気づいたのだ。薬草を入れる籠を相手に近づけたり、薬草を種類ごとに分けてみたり、籠を改造したり、色々試行錯誤した。特に、籠の改造は研究所の皆のお気に召したようで、私は一年経ってようやく研究員らしい仕事にありつけた。
荷物持ちから昇格した後の研究はもう格別だった。アドレナリンが出て、いつまでも没頭できた。3徹をして研究室でぶっ倒れた頃、寮の部屋に母親から手紙が届いているのを発見した。結婚についてだった。正直、結婚すらも親に縛られるのはごめんだと思っていた。偶然、私は騎士団が研究所の近くに遠征に来るという噂を耳にしていた。そして、その日を狙って久しぶりの休暇を取り、騎士団がよく行くと言われている酒場に出向いた。母親の目に敵いそうな、出世しそうでしなさそうな人を探した。本当に出世されると、ただでさえ私のことで持ち上げられて面倒だからとても困るのだ。そんな都合のいい人いるわけないかと諦めそうになると、騎士団の群れから少し離れて一人で酒をちびちび飲んでる男がいた。顔も結構いい。
《デイジーロックオン!》
まず、猫の幻覚魔法を使って外に誘き出した。周りをチラチラ見ながら追いかけてて面白かった。
見事、路地裏に誘い込んでパンをくわえた女と角でぶつかるという運命的な出会いを作り上げた。
「あ…すみません。猫を追いかけてて前をよく見ていませんでした。」
知らない女と対面して緊張しているようだった。きっとチャラくはないのだろう。
これからあなたをオトしてみせる!!恋愛経験ゼロだけども
「こちらこそすみません。猫ならさっき屋根の上に飛んでいきましたよ。」
うそぴょーん。もういないよー。
「そうですか…ぶつかってしまってすみません。もう遅いですし、家まで送ります。…あ、自分は騎士をしていますから、安心してください。」
慌てて付け足す姿が少し可愛かった。
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
それからの会話はまるで中身のない話だった。天気がいいですねー。騎士団って普段何してるんですか―?すごーい。かっこいいですねー。こんな感じだ。
研究所につく頃には所長に頼んでお見合いをセッティングしてもらおうと決意していた。
「じゃあ、私ここなので…ありがとうございました。」
苦手だけども、精一杯の笑顔を作る。
「あの…!手紙、書いてもいいですか?」
「え…!いいですよ。」
そのときは聞き間違いかと思ったが、その後、実際に手紙が来た。ふーん、名前はアスターというのか。
名前を告げていなかったので私のことは金色の姫君と書かれていて、かなり恥ずかしかった。手紙を受け取った人は金髪金眼の私宛だとすぐに分かったらしい。
数少ない女子の研究員たちには枯渇した恋バナを摂取させろと夜通し彼の話をさせられた。
「拝啓 金色の姫君
私は先日あなたを研究所まで送らせていただいた騎士アスターであります。3月の中頃にそちらに異動になるので、またお会いしたいと思っています。よろしければ、以下の住所に返事を頂きたい。…」
聞いてみればその住所は騎士団の建物らしいので、仕返ししてやろうと「紫の騎士」と書いてやった。彼が紫の髪と金の瞳を持つからだ。
それから文通と逢瀬を重ねて私たちは付き合った。アスターから告白されたのだ。その間に私は定年退職で空いた副所長の座を特に争うことなく勝ち取り、研究や式典等で益々忙しくなった。
正直、私は彼のことを愛そうとはしているが、愛せているかは分からない。
でも、彼だって私と同じように愛が動機じゃないってこともありえるし、研究成果や社会的地位で騙している罪を償えると思っていた。
自分が傲慢だということをすっかり忘れていたのだ。
ある日、薬を届けるついでにアスターに会おうと騎士団に立ち寄った。
すると、アスターが他の騎士と話しているではないか。思わず好奇心から盗み聞きをしてしまった。
「…デイジーは昨日もまたデートをすっぽかしたんだ。俺のことなんかどうでもいいんだよ。もう一緒にいるのしんどいよ。」
「別れたら?」
「うーん。」
うーん、なの?うん、なの?!どっちなの?!私は焦って続きを聞くために耳を澄ましたが、アスターたちは他の騎士に呼ばれてどこかに行ってしまった。
これはやばい。早急に手を打たなければ、私は母親の用意した婚約者と結婚することになる!
私は彼の心を取り戻すべく、研究の昼休みにカップルに人気な東の薬草園を下見した。夜に行けばライトアップもされていて、きっとアスターも喜ぶぞ、と意気込んだ。
しかし、その3日後、私が作った薬の効能がすっかり変わってしまったと報告が入った。心当たりが一つあり、今やらなくては絶対忘れると思い、つい没頭してしまった。デートの約束も忘れて。
アスターが研究所に来た。やってしまった…と心の底から反省した。どうにか言い訳したが明日から遠征らしい。抜けようかと思ったが、今から研究を放り投げると2時間後にはこのビーカーが爆発してしまう。魔力操作の難易度的に私以外はできない操作だ。遠征と言っても一ヶ月だし、東の薬草園とアスターの機嫌取りはその後でもいいか!と思ってしまったのが、大きな間違いだった。
その数週間後、アスターの遠征した地方で戦争が始まった。心配ではあったが、小さな戦争だったしすぐ帰って来ると思っていた。
しかし、〝惨劇〟は起きてしまった。
私は急いで〝妖精の森〟に駆けつけた。森の中でアスターを見つけられたが、右足が潰れてしまっていた。
「デイジーは魔法でトップだろ?だから、俺は剣でトップになりたいんだ。」
アスターの言葉を思い出す。どうにか回復しようと魔力を込める。しかし、どれだけ込めても右足がもとに戻ることはなかった。
不意に思い出した。私にとって、アスターが目立たないほうがプラスだったじゃないか。何を焦っているんだ。
しかし、そう思っても魔力は止まらなかった。
助けたい。アスターに好きなことをしてほしい。アスターが、好き…。
「今更気付くとか馬鹿じゃん…」
涙を堪えて全部の魔力を放った。
すると、周りの崩れた地面や木々が、突然一斉に光りだした。
「わ…眩し……!」
眩しすぎて何も見えなかった。開けていると失明してしまいそうでギュッと目を瞑った。
『おい、そこの魔女。その男を助けたいのか?』
「え?え?誰?」
身体の奥底に響き渡る厳かな声だった。ここは野外なはずなのに、広い屋敷で喋るみたいに響いていた。
『その男の右足を戻す代わりにお前は3年間、森の番人になれ。人間をこの森に立ち入らせてはいけない。侵入者は捕らえて3年間外に出すな。妖精たちがブチギレている。私でも手に負えないのは初めてだ。今はどうにか抑えている状態だ。ここにいる全員を退去させ、ここに戻ってこい。』
次第に光が消え失せ、目が慣れた頃にアスターを見ると、右足はもとに戻っていた。
「さっきのは妖精王…?研究所の本には出現時に発光するって書いてあったよね。」
そういえば、私は妖精と会話ができる固有魔法をもっていた気がする。妖精王でも誰であっても、アスターの足を治してもらったのだから、代償は支払う。しかし、魔力が底をついていて騎士たちを一度に運ぶのは無理だった。
思案した結果、拠点に戻り人手を撤退に回すよう頼んだ。手当の速さはおそらく私と所長がトップなので、手当の方は少数精鋭で済ました。運び終わった後は敵も味方も関係なく総出で治療した。
治療が一段落して空も暗くなった頃、妖精王に会いに〝妖精の森〟へ歩いた。先と同じ場所を目指したが、辿り着く前に響くような声がした。
『ああ、来たか。遅いぞ。』
目が潰れそうな眩しさを恐れて思わず目を瞑ったが、閉ざされた視界が白くなることはなかった。
「眩しく、ない…」
『さっきは眩しくして悪かったな。スイッチを切り忘れていた。』
「スイッチ?」
妖精王についての記述は少ないので、どんな言葉も受け止める心積もりではいたが、まさか光のオンオフをスイッチで切り替えるという情報が得られるとは思っておらず、反射で聞き返してしまった。
『さて、本題だが、お前には3年間この森の番人をしてもらう。魔力が高い人間は妖精にも好かれやすいからお前を選んだ。それにあたって、3年の間は人間界と接触が不可能となる。妖精が怒るからだ。森に侵入してきたやつらを捕縛するのが主な業務だ。』
「了解です。」
『ドライだな。今から、と言いたいところだが、妖精たちに事情を説明するのに時間がかかるから明後日から森の番人になってもらう。明日は別れを告げる時間にでもしろ。』
「はっ」
私は急いで森を出た。国王への手紙をしたため、研究所の早馬を飛ばす。一応、私は国王に認識はされているはずだ。アカデミ―の頃、何かの賞を取って国王から表彰されたし、王女とはマブダチだった。最近は連絡を取っていなかったが。
空が赤らんで来ると同じくらいに王都に着いた。国王陛下への謁見は叶わなかったが、報告のために王宮にいた騎士団長へ手紙を渡すようお願いできた。
「あなた、ボロボロよ?大丈夫?」
騎士団団長、ローズはオカマである。とてもムキムキである。ムキムキマッチョオカマなのである。最強同士ということもあって、式典などで一緒する機会が結構ある。正直、大好きである。
「ローズゥ〜。3年間いなくなるから、この世界よろしくね。」
私はローズの巨体に抱きつく。ムキムキで抱きつくと大きさがちょうどいいのだ。
「あら、世界任されちゃったわぁ。うふふ。ところで、アスターにはこのこと言ったの?」
「いや、言わないでおくよ。別れる。私クズだし、アスターにはもっといい相手いるもん。」
「えー?もったいない。でも、外野がとやかく言うのも違うわね。3年後、嫁のもらい手がなくなってたらアタシが貰ってあげるわ!」
ローズはいつもは抱き返すことはないのに、ギュッと優しく抱きしめてくれた。
「ええ!助かるぅ!」
いつものハンドシェイクをして、私はローズと別れた。
それから、あられもなく王宮を走ってきた王女アマリリスと熱い抱擁をして、それからどちらともなく始まった腕相撲に勝利を収めた。
「国王が人間界のことは任せろ、だって。3年間頑張って。帰ってきたら、王女権限で好きなものあげるわ。国のために行くんだもの。許されるわ。」
「ありがとう。3年間も考える時間があるなんて最高だよ。じゃあ、またね!」
そして、ローズと同様にハンドシェイクをして別れる。
早馬で同じ道を辿り、戦地の拠点に戻った頃にはもう昼になっていた。アスターはどうしているか、と病室を覗くとどうやら落ち込んでいるみたいだった。
「やっほー。アスター元気?」
アスターは目を見開いて震えている。
「俺のせいだ…俺があいつらが泉で血を洗うのを止めなかったから。」
「違うよ。他の人たちも泉で血を洗ってた。それに、泉だけじゃない。木や地面も傷つけられたせいで妖精は怒ったの。」
根気強く声をかけていると少しずつ顔色が良くなってきた気がする。
空も暗くなってきたので、別れを切り出した。涙が溢れるといけないからなるべく笑顔を保った。
「ああ、わかった。俺もそろそろ本気で結婚相手を探そうと思っていたんだ。お互いちょうどいい。」
私のこと、遊びだったんだ。本気じゃなかったんだ。
傷つかない。傷ついちゃいけない。傷つく資格すらないから。なるべく自然に速やかに病室を出た。涙は溢れなかった。後悔の汗しかでなかった。
クズだから、これを涙と呼ぶには、不誠実すぎたから。
空はすっかり暗くなり、月も出ていなかった。
私はアスターの病室に息を殺して忍び込んだ。布団からアスターの左腕を取り出し、一方的にハンドシェイクをする。これはおまじないだ。古くから魔女に伝わる気分が上を向くおまじない。気持ちが下向きになると、そっと顔を上げて上を向かせてくれる。
私は幼少期によく鏡を使って自分自身にこのおまじないをかけていた。
どうかアスターに幸運が訪れますように――。




