3、逃避
俺は馬車に乗り込んだ。慌てて追いかけてきたロータスにはデイジーのことは何も言わず、ただ「あとは頼んだ」とだけ吐き捨て、今日泊まる予定の宿に駆け込んだ。宿に入るやいなや、すぐさまベッドに飛び込み、久方ぶりの無為な時間を過ごした。
おそらくアイビーは俺の子だ。髪の色や瞳の色がどうとかは分からないが、何か特別を感じるのだ。遺伝子の検査を頼もう。
しかし、そうだと仮定したらなぜそんな嘘をついたのか。もしや本当に浮気してて俺よりもそいつと一生を共にしたいと、アイビーの父親にしたいと、思っているのか。
こんな事をうじうじ考えていては苔も生えない。
俺は騎士団副団長。下っ端騎士たちがいるとはいえ、今はデイジーたちを護衛するべきだったのでは?魔女狩り犯もいた訳だから、魔女狩りの黒幕もきっとデイジーに目をつける。いや、もともとデイジーに目をつけていたからそこに魔女狩りがいたのではないか?
戻ろうと決意して宿の扉を開けると、誰かが今にも扉を叩かんとしているところだったようで、バンッと音を立ててぶつかった。
「いてっ!いたた…おい、お前いくら元カノが森の番人だったからって逃げなくてもいいだろ!ほんっと情けないわ。」
ロータスが赤くなった鼻を涙目でこする。
「え、知ってたのか。」
「知ってるも何も、有名な話だろ。お前とあの天才魔女デイジーが恋仲だったなんて」
そうだったのか、と俺は驚いた。あのときはデイジーにどうにか振り向いてもらえないかと必死で周りのことなど気にしていなかったのだ。
「皆いつ結婚するか、賭けてたんだぜ?俺なんか5000フラワ未だに賭けてる。」
ロータスはニヤニヤといやらしい笑みをわざとらしく浮かべて、5本の指を立てる。
「もう終わっただろ…」
自分で掘り返すことさえ苦しかったのに、他人に掘り返されるともう言葉にならない苦しさだ。
子供がいるのに拒絶されているのだから。
「いーや、俺たちは復縁する方に賭けてるからな。その分も含めて5000フラワだ。」
外野に勝手に盛り上がられても、実態はそうじゃないんだから虚しいったらありゃしない。
「…子供!いたじゃないか。」
ロータスは急に真顔になったかと思うと、ニカッと歯を見せて笑った。
「お前のだろ?お前の顔に書いてある」
こいつは本当に嫌な奴だ。
有能ではあるが、人の気持ちに敏感でコミュニケーション能力に長けているということの方が目につき、団長によって広報兼参謀に抜擢された。
「でも、デイジーが関係ないって言うんだ。」
言ったあとに気づいた。俺はたった今部下に恋愛相談する恥ずかしい女々しい上司になってしまったのではないか?
「目元とか似てるけどなぁ」
もうここまで来たら相談させてもらおう。このままじゃ副団長の仕事に支障が出る。
「そうだろ?つまり、俺自身が拒絶されてるんだ。価値観が合わないとか生理的に無理とかそういう次元の話なんだ。」
言ってて自分が傷ついているのがわかる。でも、止まらない。このまま自分の言葉に刺されて消えてしまいたい。
「うーん。そうは…見えなかったけどな。」
お前はデイジーの何を知っていると言うんだ、と少し苛ついてしまう。
「いや、きっとそうなんだ。…付き合ってる時でさえ、仕事しててデート忘れてたってこと、何回もあったんだ。」
「えっ…それは脈ナシだろ。」
さっき自分で致命傷を避けて紡いだ言葉よりも、容赦のない言葉で俺はとどめを刺された。
「そうなんだ!だからお前がデイジーの件受け持ってくれ。」
「いいですけど…」
ロータスに感謝するのは少しムカつくが、今はそうするしかなかった。




