第81話「限界突破の代償」
ーーケアン基地。
キースの帰還から五日が過ぎていた。
セオドア・H・ブリングストン大将の約束通り、ケアン基地には先の損害を埋めるに十分な増援が送られた。
ジェイソン・モリス少将は、増援を歓迎するには心からは喜べなかった。
「兵員は補充される。
しかし、彼らをまた戦場に送らねばならん…」
ブリングストンの期待とは裏腹に、主戦派の先頭を担う筈だったモリスはその考えが揺らいでいた。
侵攻によって、多くの兵の命を奪った――
兵の命を思うな。
疑問を持つな。
――それが軍人だ。
しかし、”侵攻”しなければーーとモリスは考えてしまう。
だが、モリスはその続きを口に出せなかった。
「それに今、不安要素は他にもある……」
モリスには別の悩みもあった。
ーー時は、キース帰還当時に遡る。
「ホワイトファング捜索隊の帰還だ!!」
基地の外でレイたちの帰還を待ち望んでいた兵が大声で基地内に広める。
もちろん、キースの帰還も報告済みだ。
ホワイトファングが完全復活すれば――彼らが沸くのは当然だった。
ホワイトファングのメンバーが迎える。
「隊長!大丈夫ですか!」「隊長!大丈夫ですか!」
ケビンとマリアが同時に駆け寄って来る。
「お帰りなさい、隊長。」
サイラスはいつも通り落ち着いた様子でキースに笑顔を送る。
「まっ、ホワイトファング隊長が簡単にやられる訳ないだろ。」
ビルは自慢げに腕を組んで、キースを信頼の目で見る。
「よくぞご無事で!」
対してユアンは心配疲れした顔をしている。
キースは皆の顔を見ながら言う。
「みんな、心配かけたな。」
一同は隊長の帰還に、心から喜びの笑顔で答える。
「ふん、帰還ご苦労。」
ボビー・ボンド大佐は素っ気ない表情でキースに言い放つ。
「は!キース・ウォレン大尉、無事帰還しました。」
キースはボンドに釣られないで、上官として敬礼をする。
「本当に、よくぞ無事に戻ってきた。
PLFからは脱走して来たのか?」
モリスは歓迎しながらも、指揮官らしく帰還プロセスに興味を持った。
キースは少し考え回答した。
「組織的な訓練は受けていない連中でした。
統率も取れていない。
……相手にするほどの敵じゃありません。」
(うん。彼らを危険から逃がすなら、これでいい。)
キースは話題を変える。
「それよりヴァレン峠が大変でした。」
「それだぜー。」
レイがヘレンを抱えながら走ってくる。
一同がヘレンの様子に驚く。
「ヘレン?!大丈夫か?」
ミリィが心配する皆に笑顔で答える。
「大丈夫。眠ってるだけだから。」
レイも付け加える。
「あぁ、今回のヘレンはすごかったぞ!
峠越しに見えないキースと話してたり…
捜索仕様のドローンでNジャマー使ったり…
もう訳分かんねーって感じの超パワーでなぁ。ーー」
「そうそう、ヘレンのキースを想う気持ちが爆発したって感じで。--」
ミリィも興奮気味に加わる。
レイとミリィの話で、キースはハッとし、モリスに伝える。
「レイの言う通り、ヘレンは今までにない力で助けてくれました。
早速、オセリス准将に報告したいと思います。」
「准将への報告は俺の役目だ!」
咄嗟にボンドが割って入るのを尻目に、キースは走りながら敬礼して詫びる。
「いえ。実際体験した人間が報告する方が早いんで。ーー」
加えてレイにも言う。
「レイ、ヘレンの事頼んだ。ーー」
「へっ、前のアイツなら報告よりヘレン、ヘレンだったのに。
しっかり指揮官やってんな。」
レイは笑いながらも、キースの後ろ姿を頼もしく感じた。
モリスも続ける。
「うむ。やはりホワイトファングはウォレン大尉無くしては成り立たないな。
よし、皆基地に戻るぞ。」
毎度スルーされて悔しがるボンド一人置いて、皆は喜びが収まらない内に基地に戻った。
ーー通信室。
キースが本国CoAのオセリス准将に報告する。
「ーー以上が今回のあらましです。」
オセリスは笑顔で応答する。
『ご苦労。無事で何よりだ。』
すると、ふいにオセリスは顔を険しくする。
『……だが、ヘレンが気がかりだな。』
キースは笑顔で答える。
「俺の為に必死になってくれて…
疲れ切って寝てますよ。」
オセリスはキースとは違う反応を示す。
『……それだけならいい。
ヘレンが目覚めたら、改めてヘレンも加えて報告してくれ。』
「了解しました。」
通信を切るまでもオセリスは表情が険しかった。
ーーそして時は、現在に戻る。
モリスの悩み。
それは、ヘレンが目覚めないことだった。
ーーメディカルセンター。
キースは眠るヘレンを見つめながら、焦りと不安にかられる。
「もう五日目だぞ……
バイタルは安定してるって言うけど…」
確かにヘレンの表情は変わらず安らかでで、ただ静かに眠っているだけの様だった。
ただ――眠りの長さだけが異常だった。
レイとミリィが入ってくる。
「どうだ、様子は?」
キースは虚しく首を振る。
「ヘレン……一体どうしちゃったの。」
ミリィは少し涙目でヘレンの手を握る。
ーー三人の重い空気の中、基地内に放送が響く。
《キース・ウォレン大尉、CoA局長オセリス准将から通信です。》
「…大佐も心配されてるんだな。
思えば最初から気にかけてたしな…」
そう言って、キースは通信室へ足を進めた。
レイとミリィは、付き添い続けて疲れているキースの後ろ姿を心配そうに見送った。
ーー通信室。
モニターにはオセリスが映っている。表情は変わらず険しい。
『…嫌な予感が当たったか。』
キースは項垂れ気味で、返事をする。
「報告、遅れて申し訳ありません。
だた、本当に眠っているだけの様だったので…」
すると、モニターでは割って入る聞き覚えのある声がした。
『やっぱりー?想定通りの症状ねぇ。』
「え!?フォスター博士!!?」
アイリーン・フォスターーーアウグスト研究所・主任研究員でかつてキースと共にACE開発に携わった女性博士だ。
『ハロー!元気でやってるー?
って、見るからに元気じゃないかー?
まー、仕方ないわねー。ヘレンがそんなんじゃ。』
かつて聞き慣れた、空気を読まないマイペースな捲し立て口調。
キースは懐かしさを感じつつも、彼女の第一声が気になる。
「博士、想定通りの症状って…」
オセリスが二人を落ち着かせる様に説明する。
『落ち着けキース。ヘレンは心配ない。』
キースはオセリスの一言で、五日間の疲労が一気に吹き飛んだ。
ヘレンは大丈夫。
その言葉だけを支えに、キースは通信を続けた。




