第80話「限界突破のヘレン」
ーーヴァレン峠エウロパ側。
キースはようやく峠頂上に差し掛かろうとしていた。
だが、搭乗するナイトメアは連戦で激しく消耗している。
「あと少し……頼む、持ってくれよ……」
自機に言い聞かせる。
追手が減ったのを確認し、わずかに息を吐いた。
「……しっかし、このナイトメア。大したもんだな。
プロトタイプと戦ったのが、ミハエル・ファフナーとの初戦だったか……」
あの操縦技量、初戦での完敗を思い出す。
「……初めからタダ者じゃなかったな。」
更にミハエルの一言を思い返す。
『…残念だ。
出会った場所が戦場でなければ……
君とは良き友人になれたろう。』
「あんな事言って……
それにアイツは俺を撃たなかった。
……ってか、撃てなかったみたいに見えた。」
考えを巡らすほど、ミハエルの人物像が見える様で見えない。
「アイツもこの戦争を望んでない…んだろうな。
アイツとはまともに戦いたくない……」
考えがまとまらない中ーー状況を思い出し、気持ちを切り替える。
「今は、あれこれ考えてる場合じゃないな。
信号は見えたんだ。もうひと踏ん張りだ。」
疲労限界の身体と機体を、意思だけで動かす。
ーーそこへ、風を切る音。
二機のヒポグリフが上空から接近した。
ミハエルは機体を視認した瞬間、拡大映像を展開した。
「待て……この損傷痕。」
装甲表面の裂傷、関節部の焼け跡、そして機銃口の摩耗。
「これは追撃戦の痕じゃない。近接制圧の傷だ。」
ミハエルは、断言する。
「間違いない。あれは鹵獲機だ。」
レティシアが目を細める。
「それじゃあ…?」
「中にいるのは、キース・ウォレンだ!」
その確信は、重かった。
「で、どうするの?撃墜するの?」
レティシアの問いこそ、ミハエルの葛藤そのものだった。
(二機なら撃墜は容易。
だが彼を失うのは、将来の対クリリア戦において大きな損失。
しかし、今はシュヴァイツァーの監視下……欺くのは難しい。)
短い熟考の末、ミハエルは決断する。
「鹵獲する。
ホワイトファング隊長を捉えれば、成果は絶大だ。」
レティシアは、ミハエルの重たい声に感付く。
「了解。……でも限界もあるよ?」
ミハエルも頷く。
「ああ。阻止限界を設定する。
やむを得ない場合は――撃墜だ。」
二機は散開し、包囲態勢を取る。
キースは息を呑んだ。
「ヒポグリフ!!
空戦機相手かよ…」
キースは試しに友軍ジェスチャーを送る。
ミハエルはそれを見て、わずかに笑った。
「ほぅ。逃走中に識別信号まで取得したか。
大したものだ。……だが!」
ミハエルは発砲を始める。
「やっぱダメか!」
キースは弾幕を回避しながら叫ぶ。
「なら、なんとか国境まで逃げるしかないな!」
意を決し、国境に向かって走り出す。
「させないよ!」
今度はレティシアが行く手を阻む。
前方から低空突撃をかける。
それをスレスレで回避するキース。
「なっ!?」
驚くレティシアに、ミハエルは警告する。
「手負いとは言え、相手はキース・ウォレンだ。
不用意な突撃は控えるんだ。」
レティシアも頷く。
「そうだね。相手が相手だ。本気出さないと。」
「あっぶねー……。
でもなんで突っ込んできた?
落とす気ならあんな無茶しないはず……」
違和感を抱えたまま、キースは走る。
ーー一方、ヴァレン峠コロンゴ側。
レイたちも中腹へ到達していた。
「急げ、急げよ…」
「信号は途絶えてない。大丈夫。」
レイとミリィは、無事を確認しながら急ぐ。
しかし、ヘレンの顔がみるみる青ざめる。
「あぁ…この軌道って…」
展開ドローンの映像が警告色で明滅した。
ヘレンの様子にレイが問いかける。
「どうした、ヘレン?」
ヘレンが叫ぶように答える。
「空戦機よ!キースの周りに二機纏わりついてる!」
レイが振り向く。
「識別まで出来るのか!?」
「違う…見えるの。」
ヘレンは捜索ドローンからNuGearを介してキースの様子を視覚化していた。
「ダメ!キース!後ろ!」
見えるキースの危機にヘレンが叫ぶ。
ーー
『ダメ!キース!後ろ!』
「え?ヘレン?!」
と同時に、キースは後方からのミハエルの銃撃を見ずに回避した。
「馬鹿な!
今のは直撃コースだぞ!」
ミハエルが目を見開く。
「ヘレンの声が……聞こえる!」
キースは動揺しながらも、確かにヘレンの声を確信する。
「なめんなー!」
続け様にレティシアが横合いを攻める。
『伏せて!』
キースはヘレンの声の通りに伏せる。
「嘘でしょ!!」
レティシアもまた、キースの超人的な動きに凍りつく。
「近くに来てるんだな、ヘレン!」
ーー
「うん、もうすぐ届くから!」
ヘレンはキースとNuGearを通して会話している。
ミリィが息を呑む。
「レイ……ヘレン、キースと話してる……」
レイも不思議な現象に戸惑うが、信じるしかなかった。
「これがNuGearの力なのかよ…」
ミリィはヘレンを気に掛ける。
「ヘレン、大丈夫?」
ヘレンはミリィに目を向け、いつも通りの優しい声で答える。
「うん、大丈夫。
…もうすぐ行くからね、キース。」
キースと会話しながら、自分にも受け答えするヘレンに、ミリィも理解が追い付かない。
が、キースと話せた事で、ヘレンがいつものヘレンに戻った事に安堵する。
ーーヴァレン峠国境線。
キースはヘレンの助けで、ミハエルとレティシアの猛追を抜ける。
レティシアが慌てて叫ぶ。
「ミハエル!もう限界だよ!!」
ミハエルは重く口を開く。
「やむを得んーー撃墜する!」
二機のヒポグリフが、殺気を持ってキースに迫る。
「くそ!ここまで来て!!」
キースが覚悟を決める。
『ダメェェェェ――――――――!!!』
次の瞬間ーー。
ドローンが二機のヒポグリフに急速に接近する。
そして、歌声が二機を包んだ。
「何だ?歌が聞こえる?」
「これ…あの時の…」
二人が不思議な空間に包まれると同時に、二機のヒポグリフは力無く墜ちた。
幸い、低空戦闘中だった為、損傷は軽微は避けられた。
そこへレイたちが駆けつける。
「キース!」
「やった!無事だ!」
レイとミリィはキースのナイトメアを確認して安堵する。
「キース…やっと会えた。」
ヘレンはキースを見てそう言うと、すぅっと気を失った。
「ヘレン!」
キースは崩れるヘレンのアスカロンの元へ駆けつける。
一方、ミハエルは混乱していた。
「くっ!再起動不能…レティシア、そちらはどうか?」
レティシアも必死に操作するが、反応は無かった。
「ダメ、こっちも…」
ミハエルはレイたちの姿を見て覚悟する。
「狩る側のはずが……狩られる側になるとはな。
君を付き合わせる事になってしまった……すまない、レティシア。」
レティシアは首を振る。
「最期がアンタとなら…悔いは無いかな…」
ーーその時。
エウロパ後続から一個中隊のナイトメアが駆けつけた。
「ファフナー中佐、レティシア、無事ですか?」
ファーレンハイトの部隊だった。
「助かった……機体はダメだが、我々は無事だ!」
ミハエルとレティシアは、ファーレンハイトの部隊に回収され撤退する。
レイとミリィは撤退する敵部隊に安堵する。
「…ふぅ。タイミングばっちりだな。あの部隊。」
「このままやり合ってたら危なかったかも…」
そして、レイはヘレン機に目をやる。
「でー、どうだ?迷子の隊長。
ヘレンは大丈夫か?」
ヘレンのアスカロンはキースが操縦している。
膝にはヘレンが安らかな寝息を立てていた。
「あぁ、すっかり安心しきった顔で眠ってる…
ごめんな、心配かけて……」
ミリィは二人の様子に軽く涙を拭う。
「ほんっとに……
ヘレン、凄い心配してたんだから……」
レイはいつもの調子を戻しておどける。
「あのヘレンが、魂抜けたみたいになって…
お前の信号見たら、すんげー前のめりなったり…
大変だったんだぜ。」
「そっか。そんなに心配させちゃったんだな。」
そう言ってキースはヘレンを抱き寄せる。
眠る顔が少し笑った。
ホワイトファングのアルファが帰ってきた。
ヘレンの限界を突破した力によって。




