第7話「第三の影」
――キースに充てられた研究所内の部屋。
彼はヘッドフォンから聞こえてくる美声にうっとりしながら端末に文章を打ち込んでいた。
その背後から、ふらりとレイが現れる。
「んー、なになに?親愛なるヘレンへ?今日もお元気ですか?俺は元気です?今は〜……」
「お、お前いつから!?」
キースは飛び上がるように振り返り、画面を隠そうとする。
「っと、お前が集中しすぎなんだよ。」レイは肩をすくめ、にやりと笑った。「ってか、ヘレンちゃんとメール交換してんの?え?いつから?」
照れながらも自慢げに胸を張るキース。
「いやー、あれからファンレター送ったら、返事くれてさ。ずっとやり取りしてるんだ。」
レイは改めて画面を覗き込み、苦笑する。
「ってかコレ、中学生の文通かよ(笑)」
「彼女これがいいんだそうだ。純情なんだよ、彼女は。」
キースはそう言うと、遠くを見つめるように目を細め、彼女への想いに浸った。
「なるほどなー。相変わらず要領いいなー。そのテクを教えて欲しいわ。」
「いや、狙ってやってねーから。お前はがっつき過ぎなんだよ。」
レイは幸せそうなキースを見て、自分も幸せそうに部屋を出ようとする。
その背中に、真剣な声が飛んだ。
「それにしても……NuGearってのはやっぱり危険だと思わないか? ミリィの時と言い、今度のライアンの時と言い……感情がACEに影響を与えてるんだろ。」
レイは一瞬だけ言葉に詰まり、だがすぐにキースの肩を軽く叩いた。
「そこをクリアするために、俺らはここに居るんだろ。まぁ焦るなって。あのマッドサイエンティスト――科学者としては信頼できると、俺は思うぜ。」
「お前、マッドサイエンティストって言っておいてよく言うなぁ。」
呆れながらも、キースの表情には少し安堵が戻っていた。
――場面は変わり、研究所カンファレンスルーム。
フォスター博士が高揚した声で話し出した。
「素晴らしい戦いだったわ。見ててこっちも熱くなっちゃった。しかも三つのテーマを一気に解決できたじゃない。さすが二大エースね! ACEへ感情移入することで人機が一体化する……キーは“感情”だったことには驚いたわ。」
明るかった博士の声色が、次第に真剣味を帯びる。
「でも、不思議なのよね。今のNuGearって、基本的には動作系の運動前野としかリンクしてない。感情系分野とは切り離されてるはずなんだけど……」
会場にどよめきが走る。その中でミリィが口を開いた。
「つまり、NuGearに未知領域が存在する、ということですか?」
「そ。さすがね」博士はサムズアップし、にやりと笑う。
「クリリアから手に入れた情報だけで開発したものだから、ブラックボックスがあるのよ。一般向けは簡略化して動作補助だけの仕様にしてるけど……ACEみたいに究極操縦系を不要にするとなると、NuGearをフルスペックで使う必要があるの。あー、ハーリング大統領がもっと予算回してくれてたらなー。」
その言葉にキースが声を荒げた。
「ハーリング大統領が融和政策を進めてくれたからこそ、今の平和があるんじゃないですか!」
「ごめんごめん、そんなつもりじゃなかったのよ。」博士は苦笑しつつ頭を下げる。
「ただね、研究者って生き物は探求心が優先されるものだから。……まあリミッターを付ける案も考えたけど、それだとリンクを強制カットして脳にダメージを与える危険性もあってねぇ。」
重苦しい空気を、更に重くしたのはライアンだった。
「実際、暴走を経験した自分は……恐怖しました。本当にACEは必要なんでしょうか。」
身震いするライアンに、ダグラスが豪快に肩を叩いた。
「だが、お前も散々使って分かってるだろ。ACEが、次世代の兵器そのものだってことを。これは絶対に解決すべき課題なんだ。」
張り詰める空気の中、不意に博士が声を上げた。
「あ、忘れてた! 今日、ターナー大統領がお忍びで視察に来るんだった。ちょうどいいから、あなた達も同席してACEをアピールしてねー。研究費がっぽり貰わないと!」
「おいおい、それが一番重要事項じゃないか……ほんっと研究オタクだな。」
レイが呆れ、ようやく場の緊張が和らぐ。
――視察中の大統領。くまなく情報を聞き取る秘書官。
ターナー大統領が、真剣な面持ちで博士に問いかけた。
「博士。率直に聞くが、現状でACEは実戦投入可能なのかね?」
「正直、難しいでしょう。」博士は即答する。
「NuGearのブラックボックスが解明されていないのが現状です。この課題を解決しない限り、事故の危険性を拭うことはできません。」
熟慮する大統領の視線が、博士の背後に並ぶキースたちに移る。
「彼らは?」
「テストパイロットチームのエース部隊です。ACE実用化に向けた課題解決に協力してもらっています。」
「Ace of ACEsか。我が国軍の要だな。君らの声も聞かせてくれ。」
代表してダグラスが一歩前へ出る。
「僭越ながら……率直に申し上げれば、ACEは次世代戦争において必要不可欠です。仮想敵をエウロパとするなら、相手も間違いなくACEを投入してくるでしょう。数の論理は通じません。ACE抜きでは、圧倒的不利です。」
「やはりACEは必須か……」
大統領は深く頷いた。
そこへ、たまらずキースが切り出した。
「失礼を承知で質問です。ハーリング大統領は、ご健在だとお考えですか? 報道では行方不明としか伝えられていませんが……」
大統領は一瞬、鋭い視線をキースに向け、やがて口を開いた。
「いいだろう。君たちは万が一の時には我々の希望だ。実情を答えよう……大統領機の緊急ポッドが現場になかった。あれにはNuGearが搭載されていて、電波障害の影響は受けない。つまり……脱出したと考えられる。だが、どこにも見当たらないのだ。」
重い沈黙の後、大統領は言葉を続けた。
「政治とは民衆のコントロールだ。この事実を公にすれば希望を与えられる。だが逆に、ハーリング大統領はエウロパで失踪している。『拉致された』と過剰に反応する者も出るだろう。過激派が扇動すれば、世論は一気に“エウロパ憎し”、戦争へと傾きかねない。だから我々はエウロパと共同でこの事実を伏せている……だが民衆のストレスも限界に近い。」
秘書官が「これ以上は。」と制止する。
「我々も全力で和解案を模索中だ……本当に、一日でも早く終わらせたいものだ。」
そのまま帰ろうとする大統領を、博士が慌てて引き留める。
「それで、研究費の追加は……?」
「現状での防衛費拡大は世論の混乱を招く。だがACEの重要性は理解した。国防長官と協議し、なんとか賄えるよう努力しよう。」
大統領を見送り、重い空気が残る。
「ハーリング大統領は生存。でもどこにも見つからない……どういうことなのかしら。」ミリィが呟く。
「エウロパが拉致するのは愚策だ。……となると“第三の影”が存在することは明白だ」ダグラスが冷静に言う。
「第三の影……本当の敵……くそ! 裏で嘲笑ってやがるのか!」
キースは壁に拳を叩きつけた。
「だったら、コロンゴもエウロパも揃って『生きてるけど見つかりませんでした。』って言えばいいんじゃないか?」
「さっき大統領も仰ったでしょう。そう簡単に世論は納得しません。それこそ陰謀論に利用されます。」
レイの楽観論にオリバーが真面目に返す。
ライアンも口を挟んだ。
「結局、政治は政治屋、餅は餅屋だ。俺たちはACEを使えるようにするしかない。」
思わぬ真実と、見えざる影。
政局の葛藤を痛感しつつ、彼らはACE導入化の責務を改めて実感するのだった。




