第71話「戦場は極限へ至る」
――ルーティア基地・滑走路。
ベルントは、遥か彼方の海を見つめていた。
マルティンが駆け寄る。
「探したぞ。何でこんな所にいるんだ。」
ベルントの視線は潜望鏡のように鋭く、水平線の一点を射抜いている。
「海から……凶が…来る…」
マルティンは息を呑み、即座にミハエルを呼びに走った。
ーー
やってきたミハエルは改めてベルントに問う。
「”凶”…と言うのは?」
ベルントは首を振る。
「”凶”…つまり災いですよ。」
付き合いの長いギデオンが補足する。
「海からの災いって……敵が揚陸強襲して来るって事では?」
ロメロが具体化する。
「「それってホワイトファング!」」
ワーグナーツインズが揃って答えを出す。
理解を越えた論理に、慌ててエミールが遮る。
「そんな…非論理的な。」
だがレティシアは冷静だった。
「いいや。理屈は通る。
艦隊戦中に大軍は送れない。送り込むなら――少数精鋭だよ。」
ミハエルは決断する。
「ベルントの勘を信じる。揚陸予想地点でホワイトファングを迎え撃つぞ。」
ミハエルの言葉に、全員が無言で頷いた。
ーー
ミハエルは踵を返し、カルドーネに告げる。
「これより、シュヴァルツアドラー隊は北へ向かいます。」
唐突な発言にダミアーノ・カルドーネ少将は驚き怒鳴る。
「北?! 北に何があるんだ!」
「ホワイトファングが揚陸強襲をかけてきます!」
ミハエルは言い切った。
カルドーネは言葉を失い、やがて吐き捨てる。
「敵第七艦隊はルニエ提督が抑えている。
揚陸などありえん。」
ミハエルは引かない。
「我が隊には”戦術勘”を持った者がいます。
古来、勘を元に勝利した例は多数あります。
私は彼の勘を信じます。」
芳しくない戦況も相まって、カルドーネの怒りが爆ぜる。
「勘だと!?馬鹿馬鹿しい!
もういい!勝手にしろ!どうせ特務少佐権限で動くのだろ!?」
ミハエルは黙って敬礼した。
去り際、背後でカルドーネは頭を掻きむしっていた。
「ルニエと言い、ファフナーと言い……何なんだあの連中は!」
ーールーティア基地・格納庫。
ガルムに乗り込む隊員たち。
マルティンがミハエルに問う。
「で、カルドーネ閣下は何て言ってましたか?」
ミハエルは呆れながら軽く首を振る。
「勘だと!?馬鹿馬鹿しい!……だそうだ。」
ギデオンが大声で笑う。
「そりゃ閣下には永遠に分からんでしょうからねー。」
釣られて皆も一斉に笑った。
ミハエルは一呼吸して、静かに言う。
「何度も言っているが、今作戦…一歩の遅れが致命傷になる。
我々はホワイトファングを上陸直後に迎え撃つ。
戦況はややこちらが不利だが、ホワイトファングさえ退けばこちらに勝機が訪れる。
初めての実戦だが、私は君たちの力を十分理解しているし、信じている。」
全員が強く頷いた。
「オオカミ狩りだ!
シュヴァルツアドラー隊、出撃!!」
「「「了解!」」」
九機の漆黒の機体は、北へ走り出した。
ーー一方、北海。
海中ではトライデント対サハギンの、史上初の水中ACE戦がくり広がれていた。
無数のジェットスクリューの白濁奔流が、海中を覆う。
その光景は”海中の空戦”だった。
ソナー、レーザー、熱感知。
解析された戦場はCG映像として操縦席に投影される。
水中ACE戦は、もはや盲目の戦場ではない。
潜水艦とは違い、視認出来る水中戦なのだ。
奔流はACEから放たれるものだけではない。
むしろACEから発射される小型魚雷の奔流の方が、数は遥かに上回っている。
魚雷の撃ち合いーーしかし、三次元機動するACEを捉えるのは困難だった。
ここでサハギンに一日の長があった。
近接武器である。
サハギンには格闘用クローが装備されている。
これによってトライデントへ急接近し、すれ違いざまにクローで掻っ切るのだ。
コロンゴ軍パイロットはこれに苦しめられる。
「くっ!接近してくる………何?!そのまま去るのか?」
次の瞬間。
「機体損傷!?浸水!!---ぐぁーーー!!」
エウロパ軍パイロットは嘲笑う。
「急ごしらえの水中型ACEなど相手になるか。
こっちはファフナー少佐の緻密な戦術設計で作られてるんだ。」
数で勝っていたトライデントは、みるみるサハギンに圧倒される。
ーーコロンゴ軍旗艦サーエヴァンス・艦橋。
ジャスティン・ネルソン中将に、苦渋の判断が強いられる。
「トライデントは後退せよ。
水雷を戦闘海域にありったけばら撒け。
潜水艦には距離型散弾魚雷で敵ACEの足を止めさせるんだ。」
すぐさまネルソンは通信士へ問いかける。
「地上部隊は?」
「第一位陣八合目まで踏破した模様!」
通信士も焦りが出始めている。
ネルソンは一度落ち着き、艦隊を見渡す。
「艦隊運動は崩すな。
予定通り確実に動くんだ!」
包囲陣形の艦隊は徐々に南へ滑り出しした。
いよいよ作戦は、核心に突入しようとしていた。
ーーエウロパ軍旗艦ガロア。
マルセル・ルニエ中将は、海中の優勢に笑みがこぼれる。
「圧倒的じゃないか!我がサハギンは!」
一方、ファビアン・レド大佐は敵艦隊の動きを気にする。
「提督、敵艦隊が半包囲しています。」
機嫌が良かったルニエは、怪訝に答える。
「はん。海中戦が決したんだ。
纏まっていてはサハギンに一網打尽にされるから、散ったんだろ。
サハギン隊は敵艦撃沈行動に移れ。
ヨルムンガンド無しで第七艦隊を殲滅してやる。」
想像でにやけるルニエを他所に、レドは海図を見る。
「敵艦隊運動を見逃がすな。
これは単なる艦隊戦ではい。」
レドはカリビア山脈を見据える。
(地上作戦と並行した艦隊行動…何かあるはずだ。)
ーーカリビア山脈。
戦況は、僅かではあるが進んでいた。
コロンゴ軍は、第一陣が九合目に到達。いよいよ山頂に迫っていた。
ジェイソン・モリス少将は静かにモニターを伺う。
「雪崩が止んだ……
確かに山頂の雪は相当削れらた。
砲兵に対しても、こちらの攻撃がヒットしているとも考えられる。
……このまま攻め込めるか?」
壮絶な越境から、急に静寂が落ちた戦場に、モリスは不安を隠せなかった。
ーーそう。モリスの不安は的中する。
通信士が叫ぶ。
「ヒポグリフ編隊確認!
山脈を迂回するルートです!」
補給の為、帰還したと思っていた、ヒポグリフ編隊の一部。
しかし目的は補給ではなく、換装。
爆撃機として、再び戦場に現れたのだ。
「…山脈を迂回?
越境部隊を爆撃する気だ!
アスカロン・ヘヴィ隊は越境中止!速やかに対空兵装へ換装せよ!
アルテミス編隊、最優先目標を迫ってくる爆撃機に切り替えよ!」
モリスは慌てて指示を飛ばす。
そして視線の先は、北海。
(ネルソン提督…地上はかなり危険な状況です。
”彼ら”の到着を……頼みます!)
ーー
一方、エウロパ軍はプランBの命令下で、越境部隊の迎撃態勢へ円滑に再編されていた。
カルドーネは腰を据えて戦況を見渡す。
「プランBで誘い込めば、迎撃は容易だろう。
…越境を許すのは腹立たしいが、拘っていては無為に損害を広げる。」
目下、彼の心中を支配するのは、海上とシュヴァルツアドラー隊だった。
「あとは、奴らが私の計画を邪魔しなければ…」
地上の戦いは次のステージに移る。
地上、海上――戦場はいよいよ極限へ達す。




