第70話「移り変わる水中戦」
ーーいよいよ、コロンゴ軍第七艦隊とエウロパ軍第八艦隊が再び相まみえる。
しかし、両軍とも潜水艦を先行してる為、戦いは静寂からスタートした。
互いがパッシブ・ソナーで敵を探す。
「サイレント・プリペア。絶対に音を立てるな……」
艦内の空気すら、張り詰めていた。
潜水艦戦は――“待つ戦争”。
音を出した側が死ぬ。
動いた側が負ける。
推進器の回転数は最低。
不要機器は停止。
乗員の足音すら制限される。
静寂の中、ただ海だけが動いていた。
ソナー員が囁く。
「……微弱なスクリュー音。方位二一〇。距離不明。」
艦長が目だけで頷く。
「追尾のみ。記録しろ。」
撃たない。--まだ撃たない。
魚雷戦とは、撃った瞬間に自分の位置を晒す戦いだからだ。
時間だけが過ぎていく。
――五分。
――十分。
――三十分。
一方、両旗艦へは地上の攻防状況が逐一伝えられる…
ーーコロンゴ軍旗艦サーエヴァンス艦橋。
『第一陣、四合目到着。』
苦戦を強いられながらも、着実に歩を進める地上部隊。
ジャスティン・ネルソン中将には、タイムリミットがある。
(このままでは…………艦隊を動かすか?)
焦燥を押し殺し、歯を食いしばる。
今は――まだ待つしかない。
ーーエウロパ軍旗艦ガロア艦橋。
「……まだ接触だけか。」
マルセル・ルニエ中将もまた”別な意味”で苛立ちが滲んでいた。
ファビアン・レド大佐が静かに答える。
「潜水戦は持久戦です。先に焦れた方が負けます。」
レドの正論に、ルニエは露骨に顔をしかめる。
「つまらん。」
パイプを灰皿にグリグリと押し潰す。
「レド。戦場というのはだなぁ……
音や光があってこそなんだよ!」
そう言い放つと、ルニエは突然立ち上がり大声を出す。
「ライプニッツに命令!アクティブ・ソナーを一発打たせろ!」
艦橋の空気が凍りついた。
慌ててレドが振り向く。
「正気ですか!位置が割れます!」
「構わん、割らせろ!」
モレルの声を叩き潰すように言い放つ。
そして、ルニエは笑いながら続ける。
「敵が潜んでいるなら、炙り出せばいい。」
「しかし――」
「これは命令だ!」
誰もが分かっていた。
それは愚行だと。
しかし、艦隊司令の命なのだ。ーー逆らえない。
通信士が震える指で送信する。
ーー海中。潜水艦ライプニッツ。
冗談の様な命令に艦長も動揺する。
「正気なのか?……それとも提督に何か策があるのか………
…ともかく命令は下りた。アクティブ・ソナー準備。」
ソナー員もしぶしぶ命令に従う。
「艦長命令確認――アクティブ・ソナー送信準備。」
艦内の顔色が変わる。
誰もが知っている。
それは、“ここにいるぞ”と叫ぶ愚行だ。
「……送信。」
次の瞬間。
キィィィィィィン――
高出力音波が海中へ放たれた。
音は球状に拡散し、海底、岩礁、水塊、そして――
敵影に反射する。
ソナー員が絶叫した。
「方位二一〇、距離四八〇〇!反応大型四!敵潜水艦と推定!」
報告を聞くやいなや、艦長の号令が走る。
「魚雷戦用意!
サハギン出撃準備!
魚雷が来るぞーー!」
ーー同時刻。コロンゴ軍潜水艦隊。
コロンゴ軍艦長が笑う。
「敵が自分から位置を晒したぞ。」
そして、意気揚々と次の司令を飛ばす。
「全艦、攻撃準備。
魚雷発射管、開け。
目立ちたがりのサメを沈めてやれ!」
四隻の潜水艦から、次々に魚雷が発射される。
もちろん、目標はライプニッツ。
「魚雷一番・二番、正常に加速。……誘導信号、安定。
ーー目標衝突まであと十五、十四、十三…!
魚雷一番・二番共に目標まえで爆発!!」
艦長が低く唸る。
「ACE……あれだけの魚雷も対応するのか。
こうなってはACE戦だ。
トライデント中隊発進!」
総数二十七機の水中型ACEが海へ解き放たれた。
エウロパ軍も呼応する。
サハギン達がジェットスクリューを回転しトライデントへ向け加速する。
水を裂き、直進。
水中を縦横無尽に泳ぐACEは、かつての魚雷戦を過去へ追いやった。
小型・軽量・超加速。
その速度は魚雷をも上回る。
距離は一瞬で詰まる。
これがーーACE海戦。
新時代の水中戦である。
ーーガロア艦橋。
報告を聞いたルニエは満足げに手を叩いた。
「ほら見ろ。出てきた。」
レドは額を押さえた。
「……最悪の形で、です。」
ルニエは気にもせず、次の指示を出す。
「海中はACE戦に突入した。
しかし、四艦も潜んでいたとはな。
ライプニッツ、チューリングだけでは手に余るだろう。
全艦にサハギンを放出させろ。」
更に、ルニエの目はサーエヴァンスに向く。
「さてーー海上決戦だ。
グリフォン編隊発艦。
数が少ない分こちらも密集で挑むぞ。
イージス艦を前に押し出して突撃だ!」
「提督!!」
またも暴走するルニエを、レドは強引に抑え込む。
「今艦隊を前に出せば潜水艦の良い的です!
…落ち着いて下さい。我々は防衛側なのです。
敵の動きを見てからでも遅くありません。」
モレルの懇願とも言える説得に、ルニエも仕方なく頷いた。
「分かった。分かった。
先ずはじっくり観察しよう。」
レドの判断は戦略上誤りではない。
しかし結果として、この判断が後に戦況を大きく動かす事になる。
――サーエヴァンス艦橋。
海中戦況を見据え、ネルソンが呟く。
「流れが変わった……動くなら今だ。」
目を閉じ、決断する。
「これより、予定艦隊行動に移る!
潜水艦〈コーディ〉〈フリント〉〈エイムズ〉〈ヴェイル〉に通達。
敵潜水艦の攻撃阻止を最優先!」
艦隊が展開する。
旗艦サーエヴァンスを中心に半包囲陣形。
両翼端には――ミサイル巡洋艦〈ハニンガム〉〈カニンガム〉。
海中では鋼の獣たちが放たれた。
海上では艦隊が静かに刃を構えだす。
――戦場は今、臨界点を迎える。




