第69話「それぞれの海戦」
――時は作戦前まで遡る。ルーティア基地・格納庫内。
「「「「カルドーネ閣下万歳!!」」」」
基地中を満たす歓声を聞きながら、ギデオン・シュナイドは感心したように呟いた。
「カルドーネ……なかなかどうして、有能な指揮官じゃないか。」
だがマルティンは眉をひそめる。
「しかし、リベイロ大佐の兵がこうも簡単に踊らされるなんてな。」
ロメロが冷静に言った。
「いや、少将が仕込んだ“盛り上げ役”がいるな。
この士気上昇は、むしろ不自然だ。」
ワーグナーツインズが揃って頷く。
「「まったくですわ。やり方が下劣ですわ。」」
エミールも怒気を滲ませる。
「大佐が築いた精鋭を、あの男の手駒にされるなど……屈辱だ。」
沈みかけた空気を、ミハエルが静かに支えた。
「逆に考えよう。彼らが戦う限り、エウロパは守られる。
リベイロ大佐も、それを誇りに思うはずだ。」
レティシアも続く。
「“守る”って意味だけなら、カルドーネの方法は合理的だよ。」
――ただ一人。
ベルント・ガーレルだけは別だった。
歓声にも会話にも関心を示さず、何かを感じ取るように黙考している。
それに気づいたギデオンが声を掛ける。
「ベルントどうした?また何か感じるのか?」
「……っスね。嫌な予感がします。」
マルティンがすぐに補足する。
「ベルントの勘は戦場だけでなく、戦況そのものを読む。
どうやら――波乱が来るようです。」
ミハエルは短く頷いた。
「波乱、か。
一手遅れれば致命傷になる戦場だ。
我々も一歩先を読み行動するとしよう。」
視線の先には、整然と並ぶ漆黒のガルム。
(……ホワイトファングが敵の要なのは間違いない。
ならば――その先に動かねば。)
ーー一方、コロンゴ軍第七艦隊旗艦サーエヴァンス・艦橋。
ジャスティン・ネルソン中将は、遠くカリビア山脈を見据えたまま尋ねる。
「地上部隊の状況は?」
通信士はモニターに流れる、リアルタイムの地上部隊進軍状況を見ながら報告する。
「現在、山脈麓にて展開中です。」
ネルソンは小さく息を吐いた。
「では時間だな。
さて、初めてのACE同士の水中戦だ。
パイロット各員には、気を引き締め直すよう伝えておけ。」
――エウロパ軍第八艦隊臨時旗艦・空母ガロア艦橋。
マルセル・ルニエ中将はパイプをくゆらせながら呟く。
「カルドーネなぁ……どうもいけ好かん。」
参謀のファビアン・レド大佐が苦笑気味に諭す。
「ですが陸軍と連携せねば防衛は成り立ちません。」
レドの諭す姿勢に、ルニエは顔を引きつる。
「分かっとるわい。だが、相性ってもんがあるだろ。
あのネチネチした物言いが気に入らん。」
煙を吐きながら続ける。
「早いとこヨルムンガンド受領したいもんだ。
どさくさに紛れて、陽電子砲で奴ごとコロンゴを薙ぎ払ったりな。」
「提督…」
冗談とは分かっていても、ルニエの笑う表情は気色悪く、レドは不安を覚えた。
ーーコロンゴ軍巡洋艦ハニンガム・ブリーフィングルーム。
ホワイトファング隊は、艦長のスコット・ミラー大佐と共に最終確認を行っていた。
「――部隊は小隊規模で分散する。
俺は先行展開してる敵部隊に突っ込んで混乱を起こす。
レイは山を下りる味方の援護。
ユアンはルーティア基地の増援を抑えるんだ。」
全員が無言で頷く。
ビルがぽつりと呟く。
「俺たちの“存在そのもの”が脅威、か……」
ケビンが調子よく言う。
「ならデッカイ旗でも背負って出ます?
中世じゃ旗見ただけで戦わずに勝った戦いもあったらしいっスよ。」
「時代が違うでしょ。」
マリアが軽く頭を叩く。
だがミリィが真顔で言った。
「……でも、ありかも。」
真面目なミリィからそんな一言が出たので、皆一斉に笑いが出た。
「…はは。でも、戦わずして勝つってのは良いな。」
キースは笑いながら言う。
「そうだね。誰だって傷つきたくも傷つけたくもないはずだもの…」
ヘレンが柔らかく続けた。
ユアンも深く頷いた。
その空気を見回し、サイラスが首を傾げる。
「ところで、ボンド大佐はいらっしゃらないんですか?」
「船酔いだってさ。」
キースが肩をすくめる。
「船酔いって……まっ、うるさくなくて良いけどなー。」
レイが即座に笑う。
「それ、レイが言う?」
そしてミリィの鋭いツッコミで再び笑いが起きた。
一連の様子を見ていた艦長のスコット・ミラー大佐が言う。
「本当に仲のいい部隊だな。」
キースは照れつつ敬礼した。
「はい。隊長として誇り高いです。」
ミラーも気持ちよく頷いた後、表情を引き締める。
「間もなく作戦開始だ。
君たちが我が軍の希望だ。頼んだぞ。」
全員が一斉に敬礼した。
――サーエヴァンス艦橋。
「地上部隊、越境開始。」
報告を受け、ネルソンは静かに命じた。
「よし、作戦開始。全艦、微速前進。
今回の任務はホワイトファングを山脈の向こうへ送り届けることだ。」
一拍置き、薄く笑う。
「……もっとも、隙があれば敵艦を沈めても構わんがな。」
艦橋に小さな笑いが広がる。
だが次の瞬間、声は鋼に変わった。
「地上部隊は命を賭けて山を越える。
彼らが越えた先の景色が“混乱した敵陣”であるよう――
必ず送り届けるぞ。」
ネルソンの言葉に、士気が跳ね上がった。
高まった士気の元、第七艦隊はゆるやかに前進を始める。
――ガロア艦橋。
ルニエは逐一戦況を報告してくるカルドーネに辟易している。
「カルドーネめ。一々細かい奴だな。」
ルニエとは対称的に、艦隊員は常に緊張を保っている。
そんな鋭い通信士は、コロンゴ軍第七艦隊の僅かな動きを察知した。
「敵艦隊に動きアリ。」
ルニエはまたも面倒そうに椅子を傾ける。
「動き?」
レドが即座に補足する。
「地上部隊との連携行動の可能性があります。」
ルニエはパイプを咥えながら言う。
「配置は?」
「旗艦サーエヴァンスを中心に密集隊形。」
ルニエの目が細くなる。
「密集か。艦数で優位に立っているのを良い事に強引に攻めるつもりか?
まぁいい。潜水艦〈ライプニッツ〉〈チューリング〉を先行させろ。
サハギンで水中から沈めてやれ。」
ルニエの判断は、確かに間違いでは無い。
しかし、レドは危惧する。
「先の戦いで、敵の水中型ACEを確認しています。
今までの様に不用意にACEを先行させては…」
「だからこそACEで先制攻撃を掛けるんじゃないか。
サハギンの性能も改良されている。
例のアレが無いのは心許ないが、ACE対ACEの水中戦…試してみようじゃないか。」
楽観と言うより好奇心が先行するルニエに、レドは不安を隠せない。
(初のACE海戦だぞ…)
「両潜水艦に通達。索敵を最優先せよ。
魚雷で牽制しつつ敵を引き寄せ、水雷で敵ACEの機動を制限する。
サハギン投入は早まるな。」
ルニエが怒鳴る。
「誰が指示を出せと言った!」
だがレドは退かない。
「未知の戦闘です。慎重に越したことはありません。」
数秒の沈黙ーー
ルニエは鼻を鳴らした。
「……好きにしろ。どうせ最後はACE戦で決まる。」
そして――
史上初。
ACE対ACEによる海戦が、始まろうとしていた。




