第67話「カリビア山脈越境作戦」
ーーケアン基地・ブリーフィングルーム。
室内はジェイソン・モリス少将の侵攻宣言でざわめいていた。
モリスは一度咳払いし、スクリーンを操作した。
「作戦目標は、カリビア山脈を越え、カリビア市への橋頭保を作る事にある。
先ず、我が軍にスレイプニルの様な強硬突破能力は無い。」
誰かが小さく舌打ちする。
「そこでだ。」
モリスは山脈の立体図を映し出す。
「アスカロンを登山仕様――〈アスカロン・クライマー〉に換装する。」
室内がざわめいた。
「あれで登る気か……」
小声の呟きが漏れる。
「この仕様なら、氷雪斜面への食い付き、落石・雪崩への耐性も確保出来る。
攻略部隊は二個大隊。第一、第二陣として段階的に越境する。
また、EWACアルテミスを先行派遣し、越境に追随し偵察を行う。」
モリスは淡々と続ける。
「当然、越境中はエウロパ側の遠距離砲撃が予測される。
これに対しては、砲撃仕様〈アスカロン・ヘビィガンナー〉で牽制しつつ援護。
一個大隊を砲撃支援部隊として編成する。」
ここまでの説明にホワイトファングの名前が出ない事に、ボンドがたまらず声を出す。
「閣下、我々ホワイトファングはどの隊に編成されるので?」
逸るボンドに、レイがまたちょっかいを出す。
「大佐ぁ。オセリス大佐だったらカッコよく黙って聞いてましたよぉ。」
思わず皆が苦笑してしまう中、ボンドが一人イラつき怒鳴る。
「しかし、実際ホワイトファングの名前が出て来てないじゃないか!」
「まーまー大佐、まだ少将の説明途中ですよ。」
一人暴れ出しそうなボンドを、キースが宥めてモリスに視線を送る。
モリスは頷き、作戦説明を続ける。
「ホワイトファングの名前が出たが、彼らこそこの作戦の要だ。
提督、お願いします。」
モリスの呼びかけに、ジャスティン・ネルソン中将が入室する。
一同がまた動揺する。
ネルソンが笑いながら話し出す。
「はっはっは。演出として楽しんでくれたかな。」
そして、ネルソンは軽く肩をすくめて言う。
「海上は第七艦隊と敵第八艦隊が拮抗状態。
正面にはカリビア山脈。敵の視線も、火力も、偵察も……全てそこに集中する。」
モリスがネルソンに続ける。
「つまり、敵は“山を越えて来る”としか考えていない。」
一瞬の沈黙……からモリスが一言。
「だから、その裏を突く。」
スクリーンが切り替わり、沿岸地形が映し出される。
「ホワイトファングには、第七艦隊へ編入してもらう。」
勘の鋭いサイラスが思わず声を上げた。
「なるほど!揚陸部隊ですか。」
モリスは満足そうに頷く。
「その通り。カリビア山脈裏側からの奇襲だ。
君たちならば、奇襲部隊として効果は絶大だろう。」
だが、作戦内容にユアンは不安になる。
「しかし、制海権も確保出来ていない状況で…」
そこは、ネルソンが笑顔で答える。
「その点は心配に及ばんよ。あくまで君らホワイトファングのみの揚陸だ。
増援で艦隊の体制も整った。一個中隊の揚陸くらいは可能だ。」
ネルソンに向かって頷き、モリスは続ける。
「以上のように本作戦は、陸海空全ての戦力を集結させた大規模作戦になる。
そして、山脈攻略と揚陸奇襲はタイミングが重要だ。
奇襲が遅れれば、越境部隊はそのまま陣形が整った防衛部隊と対峙しなくてはならない。
逆に越境部隊が遅れれば、ホワイトファングは集中攻撃の的になる。
どちらもベストなタイミングで同時攻撃を行う事が重要だ。」
ネルソンは、一息つき最後に言う。
「作戦開始は明朝10:00。以上、解散。」
ーールーティア基地・通信室。
ダミアーノ・カルドーネ少将は、第八艦隊新司令マルセル・ルニエと通信している。
「敵第七艦隊の様子はどうです?」
ルニエは、モニター越しから見えるくらい椅子にもたれ掛かり返答する。
「増援もあって、なかなか切り崩せん。
やはり、ヨルムンガンドが求められるな。」
ルニエと言う男は、前任のエティエンヌ・デュランと違い、積極的かつ楽天的思考の提督だった。
一方カルドーネは主戦派ではあるが、狡猾で用心深い。
相反する二人の連携は、表向きは保たれていたが、互いの腹の内を探り合う、冷え切ったものだった。
カルドーネが確認する。
「確かにヨルムンガンドさえあれば、敵艦隊は容易に殲滅可能でしょう。
しかし、それまでを凌ぐ事は提督に依る所であります。
くれぐれも敵に遅れを取る事無きよう…」
ルニエは面倒くさそうに返答する。
「用向きはそれだけか。当たり前の事を聞くな。
ヨルムンガンド就航までは、ネルソンの好き勝手にはさせん。」
やはり心配なカルドーネは再度確認する。
「敵の増援により、間もなく我が領土への侵攻の恐れが出ています。
ネルソンはデュラン提督を葬った名将です。
地上はこちらで受け持ちますが、海上から揚陸奇襲が私としては一番危惧する所であり…」
「分かった分かった。ともかく第七艦隊を抑え込めばいいのだろう。」
カルドーネの回りくどい言い方に、ルニエは辟易して即座に返した。
「では、提督。その様にくれぐれも第七艦隊を抑えていただく様よろしくお願いいたします。」
しつこいカルドーネに、ルニエは返答も無く通信を切る。
カルドーネの鬱憤が漏れる。
「全く…何であの様な者が提督になれるんだ。海軍人事はどうなってる。
しかも、肝心の第八艦隊司令に据えるなど…本国は正気なのか。」
カルドーネは一考する。
(侵攻して来たら、真っ先にファフナーをぶつけるつもりだったが…
奴を傍に置いておいた方が、不測の事態へのリスクヘッジになるか…)
ーー
両軍の思惑が交錯する中、作戦は決行される。
ーー翌日・10:00。作戦開始。
「全軍前進!」
モリスの号令で、地上部隊全軍がカリビア山脈に向け進軍を開始する。
ネルソンも作戦開始と同時に行動を起こす。
「では、こちらも動くか……全艦微速前進。」
艦隊の動きはまだ本番ではない。舞台の下準備の動きであった。
ーー第七艦隊・巡洋艦〈ハニンガム〉。
ホワイトファングはハニンガムにいた。
キースは浮かない表情で、艦から山脈を伺う。
山脈に向かうACE部隊の大軍が、砂塵を巻きながら大移動している様が見える。
「いよいよエウロパ領へ侵攻か…」
遠い目のキースに、レイが寄って声をかける。
「こればっかりは、俺たちじゃどうしようもなかった。
なら、俺たちに出来る事は?」
「奇襲を成功させ、さっさとエウロパ軍を退かせる、だな。」
レイの言葉にキースも気持ちを切り替える。
「大丈夫。きっと上手くいく。」
ヘレンが寄り添う。
「…と、俺はお邪魔だな。」
ヘレンに気付き、レイは笑いながら去って行った。
揚陸艇格納庫内ではミリィ、ビル、サイラス、ユアンが機体の最終チェックを行っている。
「真面目四人組さん方は熱心だねー。」
レイが軽口で声を掛けると、ミリィが気づいて声を返す。
「そう言うレイは、大丈夫なの?」
「そりゃ、お前に任せてるから。」
「なんでよ!」
毎度の軽いケンカだが、薄々ミリィの想いに気付いていたビルが気を利かせる。
「ミリィ、第三小隊分はもう終わる。残り第一小隊分も見とくぞ。
レイと一息つくといい。」
ビルの計らいに、ミリィは少し困った表情で答える。
「そ、そう?じゃ、お願いしちゃおうかな。」
レイは普通にビルに礼を言う。
「真面目組の第三小隊が見てくれるってんなら安心だな。頼むわー。」
去って行くレイとミリィ。
ビルがミリィにアイコンタクトすると、ミリィ顔を赤くして俯く。
ほっこり笑顔で二人を見送るビルに、サイラスとユアンは不思議に思い目を合わせる。
廊下では、ケビンとマリアが何やら揉めている。
「だから、俺が隊長の援護するより、お前が隊長の援護してくれよ。」
「でも、アンタが孤立するから隊長に迷惑掛かるでしょ。」
「いーや、俺が先行するから隊長が動きやすくなるんだよ。」
「結局自分勝手したいだけじゃない。成長してないのねー。」
「違うっての!俺は隊長の事考えてーー」
「隊長のフォローは私がやるの!」
「やれやれ、あの二人は相変わらずだなー。
最後は話まとまってるってのに、勢いで続けてるじゃねーかよ…」
レイが呆れ顔で二人を見るが、ミリィは少し羨ましそうに二人を見ている。
「でも、あの二人っていつも一緒でホントは好き同士だったりしてね。」
「んー、ケンカする程仲が良いってかー。」
レイは二人を追いながら歩いて呟く。
ミリィは気持ちを一歩踏み出して、聞く。
「レイは…好きな人っているの?」
「おう、そりゃハレン様に決まってるだろ。俺の女神ぃ。」
即答で推しを答えられて、ミリィも(そうじゃなくて。)と言いたい気持ちを抑えてしまった。
「お、女の子がそう言う質問するって事は、ミリィは恋の悩みでもあるのか?
俺のテクで解決してやるぞ。」
「…えっと、そうじゃないんだけど…」
「そうかー。まっ困ったら何でも聞くからな。」
「うん、ありがと。」
相変わらずの鈍感なレイを見て、ミリィは結局決心する。
(やっぱり、私とレイは今のままで良いかな。)
一方キースは、ハニンガム艦長スコット・ミラー大佐の元にいた。
「艦長、そろそろですかね。」
「そうだな。前回と違って本格的な海戦だ。
だが、今回はACEも揃っている。
恐らく艦隊戦ではなく、ACE同士の戦いが中心になるだろう。
時代は変わる。君たち”Ace of ACEs”が戦況を覆すのだからな。」
(ACEが戦況を……俺たちが戦場を変えてみせる。
この作戦も、必ず一番良い形で終わらせてみせる!)
キースは静かに息を整え、作戦開始の時を待った。




