第61話「国境線を取り戻しても」
ーー暗転。
影たちは状況を俯瞰しながら、嘲笑の声を交わす。
?A「これで国境線が戻ったわけだが。」
?B「しかし、ノースブリッジがここまで荒れるとは。」
?C「所詮、愚か者の所業だ。我々には理解しかねる。」
その言葉に、二つの影反論する。
?A「……しかし、それを統率出来なければ計画遂行に支障を来たす。」
?B「その通りだ。コロンゴでも本件で国民感情が割れている。」
?C「何度も言うが、それを制御する為の貴様らだろう。その地位まで押し上げた成果を出せ。」
常に見下す影に、二つの影は怪訝になる。
?B「…了解した。少々強引でも継戦路線を断行しよう。」
?A「国際批判も強くなってきた。本土攻撃も検討の段階か?」
?B「いや、まだ時期尚早だろう。」
?C「それは総統が決定される。貴様らは両国の力を削ぐ事に専念しろ。」
その一言に、一つの影が問う。
?A「そもそも、我々は総統の真理を与り知らん。指示だけではーー」
?B「良いではないか。我々は自由に国を混乱させればいいだけだ。」
?A「貴様とこちらでは立場が異なる……まぁいい。
そちらがそのつもりなら、逆手に取って利用するまでよ。」
三つの影にも、亀裂が生じ始めていた…
ーーノースブリッジ。
一応の戦闘終結を迎えた市内に、避難民が戻り始めていた。
「……あぁ、俺たちのノースブリッジが……」
「こんなになっちまって……」
「もう、ここには住めないのかねぇ……」
瓦礫の山を前に、呆然と立ち尽くす人々。
泣きじゃくる子供が、母親の手を引く。
「ママ……ここが街なの? お家は?」
「……お家は……」
言葉に詰まり、母親は嗚咽を漏らす。
帰っても、戻る場所のない市民たち……
次第にこの元凶へ怒りが湧いてくる。
「エウロパだ。」
「そうだ、エウロパが俺たちの街を焼き尽くしたんだ。」
「もういや!なんで私たちがこんな目に合わなければならないの!」
市内に、重く濁った憎悪が満ちていく。
その時――
歌声が響いた。
優しく、温かい旋律。
命と再生を謳う歌。
ヘレンの歌声が、絶望に沈みかけた人々の心を包み込む。
「……終わりじゃない。」
「そうだ、またやり直せる。」
「取り戻そう……俺たちのノースブリッジを。」
「生きてるんだ。なら、立て直せるさね。」
街に、微かな光が戻り始める。
キースはジェイソン・モリス少将の前で敬礼した。
「ありがとうございました、少将。
無理を承知で、放送設備の優先復旧をお願いして……」
モリスは歌声に耳を傾けながら、静かに頷く。
「いや、君の判断は大正解だ。
今の彼らには”希望”が必要だ。
我々も、復興に全力を尽くそう。」
キースは笑顔で再度敬礼し、その場をそそくさ後にする。
一人残ったモリスは、俯いて呟いた。
(…多大な犠牲を払った。
だが、国境線は取り戻した。
さて……政府は、どう動く?)
ーーノースブリッジ・臨時通信部。
歌い終えたヘレンの元に、キースが走って駆けつける。
「はぁはぁ……ヘレン、お疲れ様。」
「キース、そんな慌てて来なくても…」
「いや、生で聴きたかったから。でも、間に合わなかったかぁ!」
「もぅ。」
真剣に悔しがるキースに、ヘレンは思わず頬を染める。
「でも、ホントありがとう。ヘレンのおかげで、みんな希望を持てたよ。」
ヘレンは少し恥ずかしがりながら、笑顔になる。
「良かった。私の歌で皆が立ち直ってくれたんだ…」
横で聴いていたケビン、マリアが呼応する。
「そうっスよ!ヘレンさんの歌声マジパなかったっス!」
「涙が自然に…こぼれました。うぅ。」
二人を見てキースが自慢気に言う。
「だろ!ヘレンの歌はすごいんだ!
俺なんか初めて聴いた時から…………」
キースはすっかりヘレン賛美モードで、二人に講釈を始める。
ケビンもマリアも「はい!」「はい!」と真面目に相槌を打つ。
「おーおー、あの二人スゲーな。キースの講義に真剣についてってるよ。」
レイが、呆れ気味に言う。
「二人はキースの事が大大大好きだからね。」
ミリィも微笑む。
「ま、あの三人はほっといて。ヘレンも疲れたろ。
こっちで休もーぜ。」
レイの呼びかけに、ミリィを見ながらヘレンは優しく断る。
「うーん、私はもう少しココで見てるよ。こういうキース面白いし。」
断られたレイは少し残念にミリィに言う。
「そうか。じゃ、ミリィ行く?」
ミリィは頬を赤くして俯いて言う。
「う、うん。」
赤くなるミリィを見て、レイは心配する。
「ミリィどうした?熱があるのか?」
ミリィは慌てて否定する。
「ち、違うよ!」
レイは不思議がる。
「そうか?それならいいけど…」
そうして二人で去るミリィにヘレンは”頑張って!”とジェスチャーを送る。
が、ミリィは”無理無理ー”と大きく首を振る。
そんなミリィを見てヘレンは思う。
(んーじれったいなぁ…
でも戦争中だから、ミリィもいっぱいいいっぱいかなー。
早く、平和になればいいのに……)
ノースブリッジは、闇に沈まず、少しずつ光を取り戻していく。
ーーエウロパ領・ルーティア基地・司令官室。
ダミアーノ・カルドーネ少将は、本国と通信を繋いでいた。
「結果としてノースブリッジは陥落しました。
が、市そのものが無くなり、敵戦力も相当数を削れました。
戦術研究所にしては、十分な結果だったでしょう。
今、再侵攻を行えば、巻き返しは容易です。」
しかし、通信相手の国防司令部アレクサンドル・シュヴァイツァー大将は、快い返事をしない。
「今は政治のターンだ。
ノースブリッジの結果は、国際世論で厳しく追及されている。
嘘偽りなくナバロの暴走だが、世論は簡単には納得しない。
それに、これで国境線は回復した。
首相は、国際同盟が持ち掛ける停戦合意に対して検討している。」
カルドーネは少し焦り気味に問いただす。
「では、本国はこれで終わらせる気なので?」
「その心配には及ばん。」
シュヴァイツァーは即答した。
「我が国が乗り気でも、コロンゴが応じん。
あの惨状を目の当たりにした、コロンゴ本国市民を考えてみろ。
連中なら大半がエウロパ憎しの方向に流れるはずだ。
加えて、大統領のターナーは主戦派。向こうから和平案は突っぱねられる。
我が国は堂々と、自分はやめたいのに、相手が喧嘩を売り続けると訴えれば良いだけだ。」
カルドーネは薄ら笑う。
「その上で、正義を掲げて侵攻…と言う訳ですか。」
しかし、シュヴァイツァーはやや難しい顔で返す。
「だが、勢いでコロンゴが攻めて来る事もありえる。
その為にも、対ホワイトファング部隊を急かした。」
カルドーネは不気味な笑いをする。
「ッフフ。では、あの小生意気なファフナーをこき使える日を、楽しみに待っていますよ。」
通信が切れる。
ーーエウロパ某所。兵器試験場。
ガルムを駆る三個小隊が、三つ巴の混戦でテストを行っていた。
「甘いぜロメロ。」
マルティンのガルムは非常に俊足で、重火器仕様のロメロに肉薄する。
「「させません!」」
声が重なる二機の近中距離マルチ型ガルムのコンビネーションが、マルティンの行く手を塞ぐ。
「っまたか、ワーグナーツインズ!おいベルント!引き付けとけって言ったろ!」
ワーグナーツインズとは、ロメロの守護姫の双子ーー
セレナ・ワーグナーとエレナ・ワーグナーである。
「そりゃ重ACEのベルントには無理な相談ですって、言ってるでしょ。」
そう言いながら、ワーグナーツインズのコンビネーションを崩す中距離ACEを扱う者ーー
マルティンの後輩であるギデオン・シュナイド。冷静さを武器に熱血漢のマルティンを支える。
「ははは、何度やっても私の守護姫の壁は突破出来んさ。
それに真の敵は…あそこだろ!」
そう言ってロメロは、俄に接近していたミハエルとレティシアに対して鋭いミサイルを刺す。
「さすがだなロメロ。的確な射撃…更に進化したな。」
「的確ってか、ミサイルのオートロック軌道じゃないじゃん!」
ミハエルは鋭さの増したロメロを絶賛し、レティシアもロメロの射撃能力に感嘆した。
「しかし、ロングレンジなら僕が有利だ…」
息を潜めタイミングを伺っていた、エミールの狙撃は正確にロメロに向かう。
しかしーー
どこからか飛んできたシールドがライフルを弾いた。
「なっ!!どうして見えた?!」
驚くエミールの視線の先には、先ほどマルティンに怒られたベルント・ガーレル。
自然を読むサーム族の血を引く彼の勘は、超人の域にあった。
「おいコラ!それはロメロを狙ってたライフルだろ。敵に塩送ってどーすんだよ!」
「さーせん。つい反射的に…」
大らかな巨漢のベルントに、マルティンも苦笑いしか出来なかった。
「タイムアップ!」
試験監督がテスト終了を告げる。
モニター室ではざわめきが絶えない。
「同調率がまた上がってる!」
「全機とも機体性能を限界まで使いこなしてる!」
「…正直恐ろしい…敵でなくて良かった…」
機体から降りる九人。
「結局、また誰も決定打無しか。」
マルティンが悔しそうに言う。
「それは、君たちが完熟して能力が拮抗している証拠だ。」
シェザールが拍手をしながら九人の元へ歩んでいた。
「完成したな、シュヴァルツアドラー中隊!」
ミハエルは笑顔で答える。
「はい、閣下!」
国境線は戻った。
しかし、平和への道はまだ遥か先にある……




