第59話「要塞都市攻略へ」
ーー ノースブリッジ・司令部。
静まり返った司令室で、エンリケ・ナバロ中佐は一通の報告書に目を落としていた。
それは、最後まで彼に付き従っていた私兵部隊の名簿だった。
「……よく、ここまで付き合ってくれたものだ。」
ナバロは各員の名前を胸に刻むと、直ぐさま命令を下した。
「全員、解散だ。カルドーネに合流させろ。」
近習が驚いて顔を上げる。
「……よろしいのですか? 彼らは最後まで——」
「忠義は受け取った。だが所詮傭兵。金で集まり、金で散る。それでいい。」
しかし、近習たちは別の所に納得がいかない。
「ですが……今さらカルドーネにACEを送る意味など…」
ナバロは椅子にもたれ、皮肉めいた笑みを浮かべる。
「ノブレスオブリージュ。
持つ者は、持たざる者へ“施す”ものだ。そうだろ?
それに意味はある。エウロパ軍としては、な。」
更に、ナバロは近習達に視線をやる。
「お前たちも去れ。」
近習は驚く。
「旦那様?」
ナバロは僅かに笑って言う。
「あれだけメディアで叩かれたんだ。ナバロ家の没落は免れん。
没落貴族として惨めに生きるより、ここで華々しく散る。……私はそれを選ぶ。」
近習たちは顔を見合わせ、やがて深く頭を下げる。
「……旦那様。ご家族のことは、必ず我らが守ります。」
ナバロは近習たちを見渡し、頷いて感謝の意を表した。
「頼む。」
そう言って後ろを向いたナバロに、近習たちはそれ以上何も言わず、司令部を後にした。
一人きりになったナバロは、低く笑った。
「これで、憂いは無くなった。
あとは、地獄への道連れを作るだけだ。」
ーー ケアン基地・作戦司令室。
「偵察報告です。」
オペレーターの声に、ジェイソン・モリス少将は顔を上げる。
「ACE部隊の東方撤退を確認。
市内に残存する大型戦力は、大クモ一機のみと推定されます。」
「……大グモ、か。
あの巨体――暴れ馬…スレイプニルと言ったか。アレの2倍はあるな。」
モリスは低く呟いた。
未知数の存在。しかし、これ以上ノースブリッジを放置する選択肢はない。
戦況が長引けば敵の増援の恐れもある。制限時間はモリスを焦らせる。
「……ノースブリッジ解放戦を開始する。」
室内が引き締まる。
「まずはアルテミスによる空撃をかける。」
ーー ノースブリッジ上空。
編隊を組んだアルテミス部隊が、市街地へ進入する。
「市内へ侵入を開始する。目標大グモ。」
だが次の瞬間、
アルケニーの背部から無数の対空ミサイルが発射された。
「ミサイルアラート!回避!回避!」
数機のアルテミスが市内に墜ちた。
「くそー。なら低空攻撃に移るぞ!」
しかし、高層ビルの屋上から対空機銃がせり出し、驚くアルテミスを尽く墜としていった。
「ビルに機銃が…!?回避ーーー!」
悲鳴が交錯し、空は火に包まれた。
数分後、空撃は壊滅的損害を出し、撤退を余儀なくされる。
ーー ケアン基地・ブリーフィングルーム。
モリスの重い面持ちから、作戦会議は始まった。
「ノースブリッジ解放戦……
知っての通り、初手の空撃作戦は失敗に終わった。」
チャーリー・トンプソン中佐から、情報が加えられる。
「捕虜からの情報では、市内ビルには多数の対空、対地兵器が増設されているそうです。
詳細な情報はさすがに傭兵の彼らには教えられなかったようですが…」
「解放市民の人たちも、強制労働を強いられていたそうです…」
ヘレンも暗い表情で付け加える。
「正に、貴族様だな。金と権力で都市をあっという間に要塞化なんてな。」
レイは怒りを感じながら、皮肉る。
「えぇ。”人の盾”と言い、ナバロのヤローは許せません!」
ケビンもつられて怒りを露にする。
「落ち着け。今は感情を抑え現状を見るんだ。」
会議の意図が逸れるのを、オセリスが修正する。
モリスはそんなオセリスに頷き、続ける。
「その通り。ノースブリッジは予想以上に要塞化している。
やはり地上作戦での攻略しかない。
しかし偵察情報からも、都市全面に武装が施されており隙が無い。
遺憾ながら、包囲作戦による総力戦となる。」
室内にざわめきが起こる。
モリスは続ける。
「ノースブリッジに対し北、西、南…アプローチ出来る全てのルートから侵入を試みる。
部隊を三つに分け、各隊にホワイトファング隊の小隊をそれぞれ付けたい。」
オセリスは静かに応答する。
「了解しました。
その際、我々の立ち位置は前線参謀と言う事ですかな?」
モリスは頷く。
「うむ。敵…特にあの大クモは未知数で現場での即応が求められるだろう。
経験・知識に長けた君たちの支援に期待したい。」
キースは力強く応える。
「了解しました。第一を北、第二を西、第三小隊を南ルートに付かせます。」
オセリスはキースの姿を見て、何も言わず頷いた。
ーーケアン基地・コミュニケーションルーム。
作戦前にホワイトファング隊が集まっていた。
キースが口を開く。
「中隊として分散する事になるが、大丈夫か、ユアン?」
ユアンは笑って答える。
「大丈夫です。頼れる二人の兄が居ますから。」
「こいつー。」「言ってくれじゃないか。」
ビルとサイラスは気分を良くして、ユアンの頭をゴシゴシする。
「でも、本当にユアンは優秀ですよ。」
「頼りない所見せながら、ビシっと決めるからな。
人たらしの才能…じゃない、隊長の資質はバッチリだと思いますよ。」
サイラスとビルに褒められて、ユアンも恥ずかしがりながら笑う。
キースは三人を見て安心する。
「やっぱり二人に任せて正解だったな。
第三小隊はもう立派なチームだ。」
ユアンもキースを見て返す。
「隊長もやっぱりすごいです。
この二人をもう使いこなして、スレイプニルを三機で倒すんですから。」
それを聞いてケビンが誇らしく言う。
「そりゃもちろん、隊長と俺の槍があれば!」
マリアは呆れて言う。
「なーに言ってんの。いきなり一人で突っ込んで散々隊長に迷惑かけてたクセに。」
「それはお前だってだろ!」
「アンタが勝手に走り出したからでしょーが!」
キースは落ち着いて抑え込む。
「分かった分かった。…お前たち二人が居てくれたからスレイプニルに勝てたんだ。
どっちがとかじゃない。チームで勝ったんだ。」
「隊長!」「隊長!」
息の合い方は相変わらずであった。
「なーなー。第二小隊は気にならないんですかー?」
レイが少し拗ね気味に言う。
しかし、キースはレイを見て軽い笑顔で答える。
「レイ、お前には大切なヘレンを預けてるんだ。
一番頼りにしてるに決まってるだろ。」
ヘレンは急激に赤くなる。
レイも気恥ずかしくなって、言葉に詰まる。
「ちょ…おま…そー言う事、平然と言うなよー。」
ミリィは笑いながら添える。
「でも、それがキースらしいね。やっぱりホワイトファングの隊長はキースだよ。」
一斉に笑いが起こる中、気を取り直してキースがマリアに問う。
「…それで、マリアはどう思う?あの大グモ。」
マリアも真剣な面持ちに戻って答える。
「正直危険極まりないですね。あれだけの武装…近づく事も難しいと思います。
でも、近づけさえすれば…」
「Nジャマーで止められる。」
キースがヘレンを見て続ける。
ヘレンも頷く。
「ヘレン、また君に頼ってしまうけれど…」
キースの申し訳なさげな姿に、ヘレンは笑顔で返す。
「大丈夫。その為に私ココへ来たんだよ。
何度も言わせないで。」
二人の姿に耐えれずレイが漏らす。
「はいはい。イチャつくのは人が見えない所でお願いしまーす。」
また一斉に笑いが起こった。
そんな中、サイラスが気づく。
「そう言えば、こんな時いつも居るオセリス大佐が居ませんね。」
キースは首を傾げて答える。
「大佐も呼んだんだが、用事があるってさ。
”後は俺に全て任せる”なんて言うし。」
ビルは少し気になるが、キースを持ち上げる。
「隊長に任せるって事は、ホワイトファングを隊長に託すって事ですかね。」
キースは照れながら思う。
(大佐、俺を認めてくれたのかな。でも、もっと成長しないとな!)
ーー 翌日。ノースブリッジ市周辺。
コロンゴ軍は北、西、南に各一個大隊が展開。
それぞれにホワイトファングの各小隊が配置についていた。
「全軍進撃!」
モリスの強い号令の元、各部隊が一斉にノースブリッジへ迫る。
ノースブリッジ司令部に一人居座るナバロは薄笑いする。
「いよいよ来たな。まずは――歓迎の花火といこう。」
高層ビルから砲台が姿を現し、ロケット弾を四方八方射出する。
アルケニーからも榴弾が放たれる。
市街地へ進むコロンゴ軍地上部隊を、容赦ない砲撃が迎え撃つ。
「散開! 歩を休めるな!」
大隊長は指示を飛ばすが、砲火の雨で辺りは炎の海となって兵士たちを怯ませる。
ーーそこへ
「恐れるな!恐怖はACEを鈍らせる! 」
キースの声が響く。
「ホワイトファング隊が先行する。我らに続け―!」
彼らの背中が、かろうじて戦線を保たせていた。
何体かの犠牲を負いながら、各部隊はノースブリッジへ辿り着く。
この先に何が待っているのか。
ナバロの笑い声だけが、地獄の幕開けを告げるように、市内にこだましていた。




