第58話「貴族の誇り」
ーーノーズブリッジ・通信室。
エンリケ・ナバロ中佐がダミアーノ・カルドーネ少将と通信している。
「援軍…?はて、貴官、先日は私には与り知らん事で良いと、言っていたではないか。」
カルドーネは冷ややかに言う。
「しかし、ノースブリッジを維持するには、やはり正規兵が…」
ナバロは必死に訴えるが、カルドーネは変わらず冷徹に返す。
「貴官が私兵で賄えると約束したから、承認したのだ。今更都合のいい…
ともかく、ノースブリッジを守り切れ。
ヒメネス大尉は、貴族の意地を見せて見事に散ったではないか。
彼に見習って、意地でも守り抜いてはどうだ?ノブレスオブリージュ…だろ?」
カルドーネの一々突き刺さる言い方に苛立ちを覚えるも、ナバロは言い返せない。
「まぁ、ホワイトファングが脅威なのは理解している。
その対抗部隊が到着次第、そちらに回す。
それまでノースブリッジを死守せよ。」
通信が切れる。
「カルドーネめ!結局、我々を使い捨ての道具としていたのか!
…いいだろう。”どんな事”をしてでも、死守してやろうじゃないか。」
室内にナバロの不気味な笑いが響いていた。
ーーコロンゴ軍駐屯地・ブリーフィングエリア。
ジェイソン・モリス少将は、地図盤の前で腕を組んだまま動かなかった。
ノースブリッジ市街の航空写真が、幾重にも重ねて表示されている。
「快勝は良かった。
しかし敵の司令官は、味方も攻撃する狂人だ。
……ノースブリッジを、どう解放すればいいのか……」
苦悩するモリスの元に、オセリス、リュウ、ケビンが入って来る。
「少将、偵察ドローンより映像が入りました。」
画面に映ったのは…
市街地を巡回するエウロパ兵と、その傍らを歩かされる市民たちだった。
武器をちらつかせ、市民の顔は怯えていた。
「”人の盾”じゃないか!」
モリスは最悪の事態を目の当たりにし、怒りを噴き出した。
怒るモリスに対し、オセリスは冷静に続ける。
「しかし、敵司令の情報を掴みました。リュウ。」
リュウがタブレットをモリスに見せる。
「敵司令、エンリケ・ナバロ中佐。
戦術研究所と言う特殊組織の幹部です。
しかし、その実態は旧貴族が財力・権力で作り上げた形骸的組織です。」
モリスは表情を曇らせる。
「そんな連中だからこそ、使い捨てにされたのだろうな。」
そこへ、ケビンはすかさず割って入ってくる。
「でも、そこに付け入る”隙”があると思うんです!」
少々生意気だが、若い意見に興味があるモリスはケビンの目を見て聞く。
「ほぅ。”隙”とはなんだ。詳しく聞こう。」
モリスに許可を得て、ケビンは遠慮なく続ける。
「相手は元貴族。奴が貴族の誇りを持っているなら…
こんな卑劣な作戦立てるはずない。
貴族は人の上に立つ者。誇りと弱者への救済心を重んじます。
ウチは祖父の代からコロンゴに移民しましたが
祖父も旧貴族出で、貴族の矜持を守る事を誇りとしてました。」
オセリスが付け加える。
「ノブレスオブリージュ。貴族の”持つ者たる義務と誇り”だな。」
ケビンは頷く。
「はい。今、奴は見捨てられてヤケクソになってるだけだと思います。
そこへ貴族の誇りを取り戻させるんです!」
モリスは合点がいった。
「なるほど!
ナバロにノブレスオブリージュを思い出させ、市民を解放させる訳か。」
オセリスたちは強く頷く。
モリス一考して、作戦を考えた。
「ならば、テイラーの策を使わせてもらおう。
メディア作戦だ!」
ーー数日後。ノースブリッジ。
ノースブリッジ市を望める位置にメディア陣が囲っていた。
レポーターが報道を始める。
「現在、ここピースブリタニカ島ノースブリッジは、エウロパ軍による武力占拠を受けている状況です。
しかしご覧ください、その実情を。」
画面にはコロンゴから提供された、人質の市民が映される。
「これは明らかに”人の盾”です。
国際ジェネーデ条約に違反する行為です。
エウロパ側は、当司令官エンリケ・ナバロ中佐の独断暴走によるものであると回答しています。
コロンゴ側が既に人道回廊を整備し、市民の受け入れを再三要求しています。
しかし、当のナバロ中佐からは一向に解答が得られない状態だそうです。
なお、当ナバロ中佐はエウロパ旧貴族でも名が通った人物です。
各方面からも、このような非人道的な行為はノブレスオブリージュに反すると、多くの声が聞かれています。
今後のナバロ中佐の動向に注目されます。」
ーーノースブリッジ・司令部。
通信室は、異様な空気に包まれていた。
「……中佐。
各国メディアから、問い合わせが殺到しています。」
「SNSをはじめ各メディアからも、市民の解放を求める声明がひしめいます。」
「中にはナバロ中佐を名指ししたものまで…」
ナバロは、蒼白の表情だった。
そこには、自分の名と共に流れる、街の惨状。
そして、“貴族”、”ノブレスオブリージュ”という言葉。
もはや、反論どころか、一言すら出せない状態だった。
見かねた近習の一人が、恐る恐る口を開く。
「旦那様……このままではナバロ家の名が…」
「分かっている。」
ナバロは低く言った。
「分かっているとも。」
拳を握りしめる。
ゆっくり腰を上げるナバロ。
「貴族とは、守る者だ。
弱き者の上に立つ資格を、行いで示す存在だ。
ノブレスオブリージュ…
そう、私のあるべき指針だったではないか。
それを忘れてしまっていた…」
静まり返る通信室に、一条の光が差したようだった。
残った者はナバロの近習ばかりだ。
主が真の姿を取り戻した事に、言葉を出さず喜んでいた。
ナバロは、深く息を吸い、命じた。
「市民を解放しろ。」
「旦那様!!」
「繰り返す。
ノースブリッジ市民を、全員だ!
彼の声は、揺れていなかった。
「貴族の名において――民を盾にする戦などせん!」
しかし一転ーーナバロの表情は闇を帯びる。
「確かに民は解放しよう。
だがな。ノースブリッジは渡さん。
来るがいい。正義を語るコロンゴ。
戦争の恐怖を教えてやる。後悔させてやる。」
ーーノースブリッジ。
人道回廊に沿って、拘束されていた市民たちが、次々と解放されていく。
泣きながら家族を探す者。
空を見上げ、震える者。
その光景は、再び世界へと配信された。
「ご覧ください。
残留ノースブリッジ市の全市民が解放され模様です。
ナバロ中佐の英断により、最悪の事態は避けらたました。
しかし、エウロパ軍の市から撤退の様子はなく、依然籠城の構えを取っている模様です。」
ーーコロンゴ軍駐屯地。
映像を見届け、モリスは静かに言った。
「……やったな。」
「しゃ!」
ケビンは、胸でガッツポーズを決めた。
「やったな、ケビン!」
キースも隊長として誇らしかった。
「貴方の槍さばき、貴族の賜物だったんだね。」
ミリィもケビンの素性を聞いて、納得していた。
「ふん、今日は家バフのおかげの手柄だかんね。まっ、でかした。」
マリアだけは、相変らずの負けず嫌いで少し上から目線で皮肉った。
オセリスはリュウに小声で問う。
「しかし、ナバロの素性…随分詳しかったな?」
リュウは落ち着いて答える。
「今の時代、あらゆる方面から集めれば簡単ですよ。」
「…諜報員の能力なら、か。
あまり深入りするな。お前は貴重な人材だ。」
そう言いながら、リュウの手をやりオセリスは去って行った。
リュウは少し戦慄した。
(…貴重…どういう意味だ?)
そして、皆が市民の解放に喜ぶ中、モリスだけは暗かった。
モニターから目を離さず、低く呟く。
「だが…戦いは続く。
まがいなりにも、戦術研究所と謳う連中だ。
この解放戦、一筋縄では行かんだろう……」
その言葉の意味を、
まだ誰も完全には理解していなかった。
だが確かに、ノースブリッジの空には、
一瞬だけ、救われた静けさが訪れていた。
――嵐の前の、静寂が。




