第55話「影の意志」
ーールーティア基地・司令官室。
北部方面司令ダミアーノ・カルドーネ少将は、部屋の明かりを最低限に落とし、極秘回線を開いていた。
モニターに映るのは、エウロパ本国・主戦派の中枢たち。
「……ミドガルズオルムが沈むとはな。」
主戦派Aが低く呟く。
「折角、”あの方”に無理を言って偽造命令書まで用意して頂いたというのに。」
主戦派Bの声には、苛立ちが滲んでいた。
「結果だけを見ればどうだ?」
主戦派Cが割って入る。
「敵二艦隊を事実上、行動不能にした。それだけでも十分な戦果だろう。」
それに主戦派A、Bが連なる。
「ならば二番艦――ヨルムンガンドの建造も続行で構わんな。」
「ヨルムンガンドで南海から再侵攻する計画は、継続。問題は北部だ。」
視線がカルドーネに集まる。
「ノースブリッジを橋頭保とした北部攻略はどうなっている?」
「は。」
カルドーネは一礼する。
「ミドガルズオルムによるケアン再攻略が頓挫したため、現在計画を再構築しております。」
「コロンゴは勢いづいている。ノースブリッジすら危ういのでは?」
主戦派Bが疑念を口にする。
「ご安心を。」
カルドーネは淡々と答えた。
「あの連中を救い上げたのは、このためです。
奴ら相手であれば、コロンゴ軍も手間取るでしょう。」
「……よくも、あんな連中を使うものだな。」
主戦派Cが吐き捨てる。
「しかし。」
カルドーネは表情一つ変えない。
「彼らが暴発したとしても、責任は全て彼らにあります。
我々は“被害者”です。」
沈黙。
「それとだ。」
主戦派Bが続ける。
「ホワイトファング隊――どうする?」
「”あの方”も、危険因子と見ておられる。」
主戦派Cが言う。
「シェザールが騒いでいたな。対ホワイトファング部隊の編成を。」
「ならば――上手く使ってはいかがでしょう。」
カルドーネが即答する。
「奴は開発局の分際で、何かと戦線拡大に反対し、我々の邪魔をしています。
対ホワイトファングに集中させ、行動力を削げばよろしいかと。
部隊の運用は、私の方でコキ使ってやりますよ。」
主戦派Aが頷く。
「構わん。”あの方”の力でどうとでもなる。」
しかし、主戦派Bが釘を刺す。
「だが、我々とあの方の繋がりは、決して表に出てはならん事、くれぐれも忘れるなよ。」
通信が切れる。
室内では、カルドーネの不吉な笑いだけが静かにこだましていた。
――エウロパ本国・ノルデン地方軍技術開発総局。
本国へ帰還していたミハエルは、シェザールに招集を受けていた。
「緊急事態だ、ミハエル。ミドガルズオルムが沈んだ。」
シェザールの一言に、ミハエルは言葉を失った。
「あの……ミドガルズオルムが?」
咄嗟に質問を入れる。
「デュラン提督は?」
シェザールは淡々と告げる。
「艦と運命を共にした。……愚かなことだ。」
その言葉に、珍しくミハエルが強く反応した。
「提督は、陽電子砲を“抑止力”と仰っていました。
見せしめであったとしても、コロンゴ第五艦隊を虐殺したことを、酷く悔やみ、苦悩されていた……」
一拍置き、続ける。
「第二射の事故も、提督の意図だったのではないかと思います。」
シェザールは静かに頷いた。
「……そうか。
彼ほどの男でも、あの一撃はそれほど重かったか。」
二人は短く黙祷を捧げる。
「さて。」
シェザールは話題を切り替えた。
「総司令部がようやく動いた。対ホワイトファング部隊の編成許可が下りた。」
「ようやくですか……もっと早く連中にくさびを打てていれば…」
ミハエルは唇を噛みしめる。
「しかも、君を隊長とする前提で、人事権を私に全権委任するそうだ。」
「技術将校の閣下に、ですか?」
シェザールは続ける。
「私の行動を縛る気だろう。どうも、最近私に対する司令部の目が気になる。」
ミハエルは身構えるが、シェザールは冷静だった。
「案ずるな、問題ない。既に用意はできている。」
映し出された新型ACE――
アスカロンの上位互換とも言える機影。
「機体コード〈ガルム〉。君の中隊専用、九機のみだ。」
ミハエルの目が輝く。
「素晴らしい…これならホワイトファングも!」
「マルティンとロメロ達が完璧に仕上げたからな。」
シェザールも自慢気に言う。
続いてシェザールが言う。
「人事は、隊長の君に任せよう。」
ミハエルは即断した。
「第二小隊をマルティン、第三をロメロに任せましょう。」
シェザールも頷く。
「そうだな。二人には小隊を作らせ、ガルムの模擬戦を何度もやらしている。
残る君の小隊はどうする?」
ミハエルは笑顔で即答する。
「私は、ピースブリタニカで出会ったあの二人を加えさせてください。」
シェザールは満足げに頷いた。
「なるほど。了解した。早速手配しよう。」
ミハエルはガルムの画像を見ながら、再度思う。
(ホワイトファング…今度こそ正面対決だ!)
ーーケアン基地・ブリーフィングルーム。
スクリーンに映し出されたのは、ノースブリッジ市。
市街中央広場には、蜘蛛のような巨大兵器が鎮座していた。
「……なんだ、あれ。」
レイが息を呑む。
「市街地に、あんなものを……」
ミリィが眉をひそめる。
さらに市外周には、三方を囲むように配置されたスレイプニル。
「あれは…隊長達が苦戦した…」
「あぁ、暴れ馬だ。それも三機も…」
サイラスの呟きに、キースも戦慄を覚えながら答えた。
しかし、驚くべきはそのスレイプニルに従うACEの数である。
「ACEが……何機だ?」
「百以上はいるな。」
驚くビルに対し、オセリスは冷静に分析する。
「ノースブリッジは、もはや要塞と化している。」
ジェイソン・モリス少将が口を開く。
「第八艦隊を退け北海の憂いは晴れたが、この状況…
正攻法では無理だ。」
「それでは、どう攻略するのですか?」
質問するユアンにモリスは視線を返し答える。
「君らホイワトファングの出番だ。
君たちを前面に出して敵を誘う。」
一同は騒然とする。
「俺たちだけでどうしろって訳ですか?」
レイが咄嗟に反応するが、モリスは笑って答える。
「君たちは、自身を過小評価している。
データによると、君たちの戦力は二個大隊規模に相当するそうだ。」
モリスの発言に驚くホイワトファング一同。
オセリスだけが静かに頷く。
しかし、モリスの表情は曇る。
「厄介なのは暴れ馬だ。
これ単機で大隊規模の戦力を有する。」
一同も静まるが、モリスはヘレンを見つめ話す。
「だが、我々にはNジャマーがある。」
視線を感じヘレンは身構える。
「Nジャマーで、あの暴れ馬を止める…と?」
モリスは強く頷く。
「そう。所詮ACE。NuGearを止めてしまえば、何の脅威でもないだろう。」
ヘレンは小さく頷いた。
「よし」
モリスは締めくくる。
「第九機動連隊の一個大隊とホワイトファングで進軍。
北東ショーハンプ平原に展開する。」
――ノースブリッジ前線・通信室。
「状況を報告せよ。」
通信に応じたのは、かつて戦術研究所で権勢を誇った男――エンリケ・ナバロ中佐だった。
傍らにはマルセロ・ヒメネス大尉も居る。
「増員は順調に進んでいます。
閣下のご恩には報いてみせますよ。」
カルドーネは無表情に応答する。
「それで、兵員の大半が私兵である事についてだが…」
ナバロは即座に応答する。
「もちろん、これは閣下の覚えの無い所で結構です。
見事にケアンを落として北部を盤石としますよ。」
「……任せる。」
通信が切れる。
「カルドーネめ。」
ナバロはカルドーネの態度に苛立ちを覚えてた。
「しかし、ここで戦果を上げれば――我々が主役です。
司令官殿には、ルーティアで踏ん反り返って頂いていれば良いでしょう。」
傍らのヒメネス大尉が、薄く笑う。
それぞれの思惑は、まだ交わらない。
だが――次の戦場は、確実に形を成しつつあった。




