第52話「北の大海戦」
――ミドガルズオルム艦橋。
巨大戦艦の中枢にあっても、艦橋は不思議なほど静かだった。
エティエンヌ・デュラン中将は、正面スクリーンに映る灰色の海を見つめていた。
「敵第七艦隊は……輸送艦が多いな。」
その言葉に、ダミアーノ・カルドーネ少将が一歩前に出る。
「ええ。あの艦隊はACE輸送が主目的だったのでしょう。
ですが、睨まれている以上、悠長な行動は取れません。
陽電子砲で早々に殲滅し、制海権を確保すべきです。
北部戦線の主導権は、今ここで決まります。」
デュランは答えなかった。
視線は海の向こう――霧の奥に展開する敵艦隊配置へ向けられている。
「……陽電子砲の存在を知っている相手が、無策でこの海に出てくるとは思えん。」
カルドーネは小さく舌打ちする。
「提督は慎重すぎますよ。
敵の増援に対して、ノースブリッジの補給は不安定なのです。
南部は均衡策などと言って時間を浪費している。
北部が動かなければ、主導権を失うのですよ。」
デュランはようやく振り返った。
「戦争とは、急いだ者から間違える。
そもそも陽電子砲は――抑止のための兵器だ。」
その言葉に、カルドーネは僅かに唇を噛んだ。
彼は主戦派の先兵だった。本国の空気を、誰よりも背負っている。
「……本国は、動くことを望んでいるんですよ!」
デュランはその意味を理解していた。
この艦、この艦隊は――すでに盤上に置かれた駒だということを。
――エウロパ軍第七艦隊旗艦・セントランジェ。
ブリーフィングルームに、静かな緊張が漂っていた。
「――ミドガルズオルムが出現した。」
ジャスティン・ネルソン中将の声は落ち着いている。
誰も騒がない。それ自体が異様だった。
「再建された敵第八艦隊は、旗艦ミドガルズオルムに六隻のイージス艦が随伴している。
明らかに陽電子砲を主力とする艦隊構成だ。
ミドガルズオルム自身も頑強な艦で、外部攻撃で致命傷は与えられない。」
スクリーンにはミドガルズオルムの予測行動図が映される。
陽電子砲発射、イージス艦による防壁、再チャージ。
モニターを叩いて、ネルソンが言う。
「だから―― 一度撃たせる。」
一瞬、室内の空気が凍りついた。
「一度、陽電子砲を撃たせ、再チャージまでに撃沈する。
そして、その囮にセントランジェを使う。」
「旗艦を?!…囮に使うのですか?!」
ネルソンの突拍子もない発言に、一同がどよめく。
ネルソンは静かに続けた。
「敵が陽電子砲を撃たざる負えん状況を、作らねばならん。
そのエサは”上物”が必要だ。
よって旗艦であり高速艦の、セントランジェを使う。」
ネルソンの覚悟に、一同も静まり返る。
「セントランジェを無人艦とし、前進陽動させ、陽電子砲を撃たせる。
その後、長距離対艦ミサイルを一斉射しミドガルズオルムを狙う。」
「ミサイルでは撃沈は不可能では?」
不思議に思う士官の質問に、ネルソンは言う。
「ただのミサイルではない。ACE搭載ミサイルだ。」
またのネルソンの爆弾発言に、再度一同が慌てる。が、ネルソンは続ける。
「ミサイル群にACE搭載ミサイルを混ぜる。それでACEをミドガルズオルムまで送る。」
そして、ネルソンの視線が、ホワイトファング隊へ向けられた。
「そのACEミサイルを、君たちホワイトファング隊に任せたい。」
レイが眉をひそめた。
「要するに……特攻じゃないですか。」
ネルソンは即答した。
「もちろん、ミドガルズオルム撃沈後は回収する。
だが、危険なのは事実だ。」
ネルソンの言葉の重さが、室内を沈黙させる。
キースは一瞬、言葉を探した。
「それは第一小隊だけでよろしいでしょうか。」
ネルソンは首を振る。
「ダメだ。」
ヘレンはキースの考えに気付いて、声を上げる。
「キース、私のことなら大丈夫だから!」
オセリスもヘレンの覚悟を見て続ける。
「いい加減ヘレンを信じろ。お前のその優しさは時に足枷になる。
隣に立とうとするヘレンの覚悟を、隊長が否定するな。」
キースは目を伏せ、やがて顔を上げた。
「……分かりました。
ホワイトファング隊、全機でミドガルズオルムを落とします!」
その言葉に、室内の表情が引き締まった。
――ミドガルズオルム艦橋。
通信士が叫ぶ。
「本国より命令! 敵第七艦隊を撃沈せよとのことです!」
デュランは目を閉じ、短く息を吐いた。
「……了解した。」
本国命令。
それは、たとえ艦隊司令とて抗う事は出来ない。
不本意な命令に、兵の命を注がねばならない苦痛を感じながら、デュランは指示を出す。
「全艦、微速前進。これより敵第七艦隊を叩く。」
ーー決戦海域。
両艦隊が、霧の海で向かい合う。
「敵艦隊、中央は旗艦セントランジェ。
両翼を巡洋艦〈カニンガム〉、〈ハニンガム〉を主軸に駆逐艦、イージス艦が展開。
最後方に空母〈ファルキース〉。
……セントランジェには輸送艦が三隻随伴しています。」
デュランの眉が僅かに動く。
「中央はセントランジェだけで、輸送艦が随伴だと?」
明らかに――陽電子砲を誘っている。
一方、コロンゴ軍第七艦隊は行動が早かった。
「中央艦隊は全速でミドガルズオルムへ突っ込ませろ!」
アルテミス全機発進。敵をいぶり出すぞ!」
ネルソンの号令で、空母ファルキースから次々と空戦ACE<アルテミス>が発艦される。
ネルソンの迅速な艦隊運動に、デュランも即時対応をせざるを得なかった。
「イージス艦〈ネーター〉〈ゲーデル〉、前へ!
セントランジェを止めろ!」
セントランジェが目視まで迫ると、通信士が慌てて報告する。
「セントランジェに随伴する輸送艦に、特殊装備を確認!
これは…リフレクター?」
デュランは慌てて確認させる。
「リフレクターだと?対陽電子砲装備だと言うのか?解析は?」
「いえ、現状では詳細は…」
「…っく、ブラフか?…敵ながらやる。」
デュランは唇を噛みしめながら呟いた。
(…真偽不明だが、撃たなければ押し切られる…〉
さらに報告が重なる。
「イージス艦、被弾!」
「敵ACEが突破を試みています!」
デュランは歯を食いしばった。
アルテミス編隊が、第八艦隊の上を縦横無尽に飛び回る。
「ミドガルズオルムを沈めるんだ!」
「散っていった第五艦隊の仇打ちだ!」
待ちに待っていた第五艦隊の雪辱戦に、パイロット達の士気は最高潮だった。
「こちらもグリフォン展開。
なんとしても、敵の進行を阻止するんだ。」
後退するミドガルズオルムの頭上を、グリフォン編隊がカバーに回る。
流石のアルテミス隊も空戦に突入し、ミドガルズオルムへの接近が困難になった。
デュランは立て直しを図る。
「両翼はどうなっている?」
「カニンガム、ハニンガム相手に身動きが取れない模様!」
帰ってくる返答は芳しくなかった。
デュランの視線は、陽電子砲制御表示へと向けられた。
迫るセントランジェを前に、選択の時が訪れる。
――撃てば、罠ーー
――だが、撃たねば、やられるーー




