第51話「静かな勝利、遠い雷鳴」
――タロン市。
瓦礫の街だった面影は、少しずつ過去のものになりつつあった。
補修された道路を、工事用の輸送車両と市民の足が行き交う。
建物の外壁には、まだ新しい補強材の色が残っているが、それもまた“生きている街”の証だった。
「……奪われてから、もう一年か。」
キースの呟きに、ミリィが小さく頷いた。
「長かった。でも……思ったより、ちゃんと戻ってる。」
ホワイトファング隊は、治安確認と市内巡回を兼ねて街を歩いていた。
子供たちが走り回り、露店では簡素ながらも笑顔が交わされている。
「兵隊さん!ありがとう!」
幼い声に、レイが思わず手を振る。
「おう、元気でな!」
一拍置き、感慨深げに呟いた。
「……前は、あんなに冷たい反応だったのにな。」
「復興が早いのは、向こうさんの司令官のおかげだよ。」
そう言ったのは、通り沿いの商店主だった。
「エウロパの士官が、ACEを全部復旧作業に回してくれてな。
戦争中なのに、変な話だろ?」
その言葉に、隊の面々は一瞬だけ足を止めた。
「あのファーレンハイト中佐だろうな。」
キースは遠くを見つめた。
(本国組の中にも、戦争を望んでいない者はいる……なら、国民だって。)
その時、通信が入る。
『キース・ウォレン中尉。准将がお呼びだ。至急、TV局へ。』
「……了解。」
キースは軽く息を整えた。
――タロン市・TV局。
照明が眩しい。
カメラの赤いランプが、無言でこちらを見つめている。
ネイサン・テイラー准将は、控室でキースに向き直った。
「貴方にコロンゴを初めとして全世界に向けて、この戦場での経験をインタビューで語ってもらいます。
肩の力を抜いて貴方の言葉で語ってください。これは戦意高揚が目的ではありません。」
「……では、このインタビューは?」
「今回の目的は国民に、間接的な反戦感情を訴える事です。」
テイラーは低い声で続ける。
「島の現状が、少しずつ元に戻っていること。
ここまでの苦難と、それでも人が生きていることを語って下さい。
越境や政治的な話題はノーコメントでお願いします。
しかし、貴方が直接反戦を訴えてはNGです。ただ“戦わずに済む日常”を語るんです。」
キースは深く頷いた。
「……分かりました。」
――本番。
「本日は、タロン市奪還の中心となったホワイトファング隊、その隊長であるキース・ウォレン中尉にお話を伺います。」
インタビュアーの問いに、キースはまっすぐカメラを見た。
「正直に言えば……ここまで来るのは、簡単じゃありませんでした。」
声は静かだが、確かだった。
「失ったものも、守れなかったものもあります。
でも今、街を歩いて、子供たちの声を聞いて……
“戻ってきた”って、ようやく実感できました。」
「戦争について、どう思われますか?」
一瞬の間。
「戦争は……“勝つため”じゃなく、“守るため”に戦うものだと思います。」
「今後については?」
キースはカメラに向け真直ぐな面持ちで言った。
「一日も早くこの島で、また普通の生活が取り戻される事を願っています。
それが……自分たちが戦う理由です。」
放送終了のランプが消える。
キースは、ゆっくりと息を吐いた。
「お疲れ様でした。」
テイラーが声をかける。
「本国では島の実情をよく理解していないまま、戦争に駆り立てられている節があります。」
キースは黙って聞いていた。
「そんな彼らからしたら、タロン市奪回の立役者がインタビューするとなれば、皆かじり付いて観るはず。
その彼が、戦意高揚ではなく、あくまで“平和を取り戻したい”と語ったら?」
キースは、テイラーの意図にハッと気づく。
「国民は冷静になってピースブリタニカ島の事、戦争の事を改めて考える…」
「そう。私は思うにこの戦争…何者かが仕組んでいると考えています。
コロンゴは少し感情的な国民性があります。そこを付け入れた者が戦争を望んでいる…」
一瞬、沈黙。
「と、まぁ。これはあくまで陰謀論を飛躍させた話ですが。」
軽く笑うテイラーに、キースは真剣な表情で口を開きかけた。
「准将、それはーー」
キースが話始める背後から、声がした。
振り返ると、リュウが立っていた。
「准将、すみません。キース中尉に話がありまして……よろしいでしょうか。」
「ええ、構いません。」
リュウは一礼すると、キースを自室へと導いた。
――リュウの自室。
部屋は質素だった。
窓も閉め切られ、外の音はほとんど聞こえない。
「……これから話す事は、私個人にとって極めて重要な内容です。」
リュウの真剣な声音に、キースは息をのむ。
「単刀直入に言います。私はディパンの諜報員です。」
唐突な告白に、キースは言葉を失った。
「今回の戦争の裏には、クリリアがいる事が分かってきました。
作戦中に使われたキラル文字暗号、NuGearの感情制御技術の横流し。
恐らくクリリアに属する何者かが意図的に戦争を引き起こした。
さらに彼らはこの戦争を長期化させ、ピースブリタニカ島だけでなく、両国本土まで戦火に巻き込む気でしょう。」
次々出る衝撃的な話に、キースも思わず問う。
「証拠はあるのか?」
「残念ながら、決定打はありません。」
リュウは苦く笑った。
「だから、まだ表には出せない状態なんです。」
一拍置き、続ける。
「そして、オセリス大佐ですが…
…恐らく彼は私の正体を知っている。
それでも泳がせているのは、彼も何か掴んでるからでしょう。」
かと言って、彼は真意が掴めない。なので…」
リュウは机の引き出しから、小さなチップを取り出す。
「万が一の時のために。……これを預かってください。」
「これは?」
「私のこれまでの調査データとディパン本国への通信手段です。
しかし、誤って使えばディパンが今回の戦争に利用されかねない代物です。」
キースはチップを見つめる。
「そんな重要な話、テイラー准将にすべきじゃないのか?」
リュウは首を振った。
「彼は間違いなく我々の同志でしょう。
しかし、立場が違う。ハリソン大佐やプライス中佐を思い出してください。
目立つ人物の行動は即座に潰されてしまう。
幸い、今南部はテイラー准将とヴァルター少将の間で、暗黙の停戦状態になりました。
彼には、その維持に全力を尽くしてもらうべきです。」
キースは納得した。
「……分かった。それで俺はどうすれば?」
リュウは真剣な目で言った。
「貴方たちは、戦況の悪化を止めることに集中してください。
裏の戦争は、こちらで続けます。」
キースはチップを握りしめ、静かに頷いた。
「クリリアの影……それが、本当の敵か。」
「ええ。」
リュウは強く頷いた。
「気を付けてください。ホワイトファング隊の活躍は、当然奴らも見ています。
貴方たちの活躍が自分達の意図に反すれば、容赦なく奴らはあなた達を狙ってきます。」
二人は互いに見つめ合い、固く握手を交わした。
――エウロパ本国・ノルデン地方軍司令部。
マティアス・ヴァルター少将は本国へ招集を受け、タロン市陥落についての責任尋問を受けていた。
叱責は一通り終わっていた。
「……で、弁明はあるか?」
「ACE同士の次世代戦について、説明させてください。」
ヴァルター少将は、落ち着いた口調で語る。
「ACE戦では、従来のような大兵力は不要です。
サイズ的に小規模のACE同士の戦いとなります。
さらにNuGearはパイロットの感情に反応して理論を越えた性能を発揮する事もある。
コロンゴの狼付きや赤サイ……あれは一機当十の存在でしょう。
つまり、パイロットの能力が重要になっていきます。」
主戦派が声を荒げる。
「それと撤退に何の関係があるのだ?!」
「大いにある!!」
ヴァルターは断言した。
「あのまま継続すれば、壊滅の恐れがあった。
しかし、その前にファーレンハイト中佐は、無傷で敵ACE二十機を撃破している。
これは十分な戦果と言えましょう。」
沈黙の後、ヴァルターが訴える。
「国民感情も限界に近い。
NEU同盟国でも、協力に後ろ向きな兆候が現れているのが現状でしょう。」
やがて、誰かが呟く。
「……確かに、NEUが瓦解すれば、戦争どころではない。」
膠着した議論に、主戦派は譲歩する形で結論を出した。
「分かった。南部は膠着維持すればいい。
貴公は敵のACEを削りコロンゴの兵力を削ぐ努力をしておけ。
だが、北部は――別だ。
貴官と違いカルドーネの性格なら、侵攻を着実に進めるだろう。
それに、ミドガルズオルムの復旧は完了している。直に再編した第八艦隊が北海を焼き尽くす。」
――ピースブリタニカ島北海。
霧の向こうから、巨影が現れる。
ミドガルズオルムを旗艦とした、エウロパ軍第八艦隊。
静かな海に、戦争の気配だけが広がっていった。
――嵐は、まだ終わっていなかった。




