第50話「空の決闘」
ーーバーミッカム基地・医務棟屋上。
朝霧の白いヴェールが基地を包み、屋上はまだ静けさの中にあった。
ミリィが手すりにもたれて黄昏れていると、呼ばれたヘレンが小走りにやって来た。
「おはよう、ミリィ。」
「おはよう、ヘレン。朝早くからゴメンね。
…人に聞かれたくない話だったから。」
少しだけ照れたような笑顔。だがミリィの表情はどこか真剣だった。
「…ねぇヘレン。どうやってキースと付き合うことになったの?」
あまりに直球の質問に、ヘレンは一瞬だけ目をぱちくりとさせ、それからふふっと笑った。
「やっぱり、レイの事だよね?」
真相を突かれてミリィはドギマギする。
「え、な、何で分かるの!?」
ミリィは途端に耳まで赤くなる。
ヘレンは珍しくニヤニヤ顔だ。
「だって、見てれば分かるよ。レイの方は全然気付いてないみたいだけど。」
「そうなのよ、そうなの!……でも、私からアプローチするなんて……」
俯くミリィに、ヘレンは自分の胸に手を当てながら言う。
「うーん、私の場合は告白とか無かったなぁ。
キースって最初からずっとあんな調子で……話してるうちに、分かったんだよね。
“あぁ、この人すごく真っ直ぐで優しくて、危なっかしいけどかわいくて―”」
「ストップ、ストップ。キースの良いところは分かったから。」
慌てたミリィに、ヘレンは「あっ、ごめん」と頬を染める。
「でも……ずっと話してたら、自然と“この人の隣がいい”って思うようになってたかな。」
ミリィは静かに頷いた。
「そっか……二人は自然にそうなれたんだ。」
「うん。でも、あんまり参考にならなかった、よね?」
「そんなことないよ。
……でも、私の場合は……私から行くしかないかぁ。」
まだ煮え切らないミリィの背中を押すように、ヘレンが尋ねる。
「でもレイのこと、いつから気になってたの?」
「実はね――」
ミリィはバーミッカム救援での出来事を話す。
ヘレンは最後まで黙って聞いた。
「……そっか。
でもレイは“いつでも見ててくれる”って言ってくれたんだよね?
だったら、後はミリィの勇気だけだよ。」
ヘレンは励ますが、ミリィはまだまだ煮え切らず。
「うーん……もう少し、時間が欲しいかな。
話聞いてくれてありがと。」
「うん。またいつでも相談してね。」
ミリィを見送りながら、ヘレンは静かに胸に手を当てた。
(……私も、キースの想いにちゃんと応えられてるのかな……)
ーータロン市・エウロパ軍臨時司令部
ミハエルとレティシアが司令のハインツ・ファーレンハイト中佐の前で敬礼する。
「レティシア、良い伴侶を迎えたそうだな。閣下も安泰だ。」
「だから、ちげーし!」
頬を赤くして怒るレティシアに、ファーレンハイトは満足気に笑う。
ミハエルが咳払いしつつ戦況を問う。
「それで、敵の動きは?」
モニターにグレイムーア平原の地図が映る。
「閣下の予想とは少し異なる。
敵は攻勢に出たようだ。とは言え、行軍は遅い。
……どうやらタロン市での市街戦を避け、平原で決着を望んでいるな。」
「奇遇ですね。こちらも同じ。
しかし、むざむざタロンを明け渡す訳にもいかない。」
ファーレンハイトは椅子に深く腰掛け言う。
「勝敗は君たち次第……丸投げの様で申し訳ない。
だが、決着までの間は、壮大な戦争の”ふり”を演出させてもうらうよ。」
「ヴァルター少将の懐刀の采配、参考にさせていただきます。」
「キーワードは”練度”だ。まぁお楽しみに。」
ファーレンハイトの得意げな表情に期待しながら、ミハエルは司令部を後にした。
――グレイムーア平原。
戦闘開始を告げる砲声が大地を震わせた。
エウロパ軍が展開の最中、コロンゴ軍は数で優勢に立っていた。
「さて、どう出る?」
コロンゴ軍司令ネイサン・テイラー准将は、落ち着いた面持ちで敵の動きを観察していた。
ファーレンハイトは即座に指示を飛ばした。
「全オーガ砲兵はロケット弾で敵の足を止めろ。
続いて第一陣、鶴翼に展開。」
ファーレンハイトに練兵された精鋭は、指示通り正確に動く。
速度を落としたコロンゴ軍はエウロパ軍第一陣と会敵を迎えるーー
「両翼は広く展開し、対応してください。」
テイラーは左右に大きく展開し、数的有利で相手を包む事を試みる。
しかしナイトメアが陽動、インプが攪乱、ゴブリンが止めと役割が整った各部隊が、次々敵の脚部を破壊し行動停止させる。
「性能が同じなら、パイロットの練度が決め手になる。
その上、我が精鋭の連携は完璧だ。」
ファーレンハイトの精鋭部隊にコロンゴのACEは手も足も出なかった。
「ACEの性能ではなく、パイロットの性能差と連携度か…」
テイラーは悔しくも敵の指揮とパイロット能力に感服せざるを得なかった。
《行動不能機は脱出せよ。我々は殺傷を望まない。》
エウロパ軍の警告で、行動不能になったパイロットは逃げ回りさらに現場は混乱。
パイロット不在のグラディウスは、次々無残なスクラップにされた。
「これが、ファーレンハイト中佐の戦術か。
性能が同等なら、あとはパイロット技量。数で補う事は出来ない。」
空中を俯瞰する黒い影が二つ。
「そして中央の風穴は我々で塞げと言う事か。行くぞ!」
ミハエルとレティシアのヒポグリフが飛び込むと、戦場は一瞬で沈黙した。
ミハエルの出現に、オセリスは即座に指示を飛ばす。
『ホワイトファング隊、出撃!』
キースらの白い光が空へ跳ね上がる。
ミハエルは新形態のACEに目を見張った。
「敵の新型……インプのような形態にも変わるのか。
しかし、ヒポグリフの敵ではない。行くぞ、レティシア!」
「了解!」
「先ずは、先行する一機を狙うぞ。サイラス!」
キースの声と同時に、作戦開始。
サイラスの対空ロケット弾幕が空を覆い、
ミリィのウィップソードとビルのロングバンカーパンチが先行したミハエル機を翻弄する。
「くっ…空戦でもこの動きの鋭さか、やるな狼付き!」
苦戦するミハエルをレティシアが救援に向かう。
「ミハエル!今行くよ!」
「逃すか!」
その隙をキースの粘着弾が炸裂、レティシア機を絡め取る。
白い粘着剤がレティシアの機体を絡め取った。
「なっ……!
出力低下、こんな粘土くらいで!」
レイはその瞬間を見逃さない。
「よっしゃ!次は俺の出番だな!」
レイのワイヤーショットがレティシア機に絡みつく。
「ヘレン……しっかり掴まってろ!」
「う、うん!」
すぐにヘレンを抱きかかえ、加速。
空戦の最中の牽引で強いGが二人にかかる。
「くぅ…」
「舐めんじゃないよ!振り落としてやる!」
だがレティシアがキリモミ回転で抵抗し、
遠心力で二人を振り落とそうとする。
「うわっ――!」
「きゃー――!……」
更なる負荷でヘレンの視界が白く染まり、意識が飛ぶ。
キースが二人に呼びかける。
「ヘレン!レイ!」
「俺は大丈夫…だ。舌噛みそうだが。」
ヘレンは返事が無い。
「ヘレン、応答しろ!ヘレン!ヘレン!」
―ーー―ヘレン!----
遠くでキースの声が聞こえた。
(……キース……)
その名を胸に、ヘレンはぎゅっと目を開いた。
「はっ……今は?」
敵機が目の前!ドローン展開!」
Nジャマードローンがレティシア機に取りついた。
レティシア機のNuGearが停止し、失速しはじめる。
「え?何?動かない?何で?!」
墜落すると思ったその瞬間――
黒い光が弾けた。
「レティシアァァァァ!!」
ミハエルがミリィたちの攻撃を強引に振り切り、
限界を超えた加速で彼女を抱えるように救い上げた。
空が震えるほどの速度だった。
レティシアは目を見開いた。
「……ミハエル……ありがと…」
ミハエルは荒い呼吸のまま、絞り出すように返す。
「無事で……よかった……!」
彼自身、ここまでの感情を出すとは思っていなかった。
(これほど心を揺り動かされるとは…この感情の爆発が彼らの強さでもあるのか…)
通信が入る。
『ミハエル、残念だが勝敗は決した。撤退する。』
ファーレンハイトーの声だった。
『このままタロン渓谷まで下がるぞ。』
ミハエルは悔しさを飲み込む。
「了解……撤退します。」
ヒポグリフ二機は、黒い流星となって空に消えていく。
テイラーの元へ、ファーレンハイトからの通信が届く。
『エース対決により勝敗は決した。
我々はタロン市をこれ以上戦火に巻き込む事を望まない。
決戦はタロン渓谷で。』
テイラーは相手も同じ想いであると確信し、返答した。
『貴官の賢明な判断に感謝する。次は国境線で遭おう。』
ーー戦闘後。
「ヘレン!」
真っ先に駆け寄ったのはキースだった。
ヘレンは弱々しく笑う。
「ごめんね……もっと、力があれば……」
「違う。ヘレンがいなかったら勝てなかった。」
「でも……私、もっと側にいたいの。
ずっと、キースの力になりたい。」
キースはヘレンの手をそっと握る。
「俺も……もう二度と、君を失いたくない。」
夕陽の差す戦場で、二人の影が静かに重なった。




