第47話「影の正体」
――エウロパ軍・ガンドラ基地。
ミハエルはシェザール少将の計らいでガンドラへ赴任した。
到着早々、新任基地司令マティアス・ヴァルター少将の出迎えを受けた。
「よく来てくれた、ファフナー少佐。」
「こちらこそ、無理を通していただき恐縮です。」
いつものように丁寧に礼するミハエルに、ヴァルターは満足げに頷いた。
「君が来てくれたことをリヒャルトにも礼を言わねばな。――ついてきたまえ。」
案内されたのは整備室だった。
――ガンドラ基地・整備室。
ハンガーには、ゴブリンを凌ぐ数のナイトメアが整然と並んでいた。
「これほどの数のナイトメアが……」
「驚くのも無理はない。君がテストして数ヶ月だが、量産は加速する一方だ。」
ヴァルターは複雑な表情で言う。
「ACEは効率的だが、開発も維持も膨大なコストがかかる。防衛費は跳ね上がり……いずれ国民への負担は限界を迎える。」
ミハエルも沈みながら話す。
「……やはり、この戦争は誰かの意図で動いている。両国の消耗こそ目的だとしたら。」
二人の視線がACE群を見つめる。
「増援を得たコロンゴは早くもバーミッカムを奪還し、次はタロン……タロン渓谷の突破すら現実味を帯びてきた。
事態は我々の想像以上の速度で悪化している。」
ミハエルは大きく頷く。
「…今はまだ本国同士が戦火に巻き込まれていませんが、最悪ICBMを打ち合う最終戦争まで至ったら…」
「まさに世の末だな………ファフナー君、我々に何が出来るのだろうか?」
ヴァルターの問いにミハエルは一考し答える。
「最低限の被害での膠着状態…でしょうか。
我が軍のNuGearの遅れを取り戻せれば、ACEの性能は拮抗します。
その上で戦場をこの島で抑え、民衆が正気を取り戻すのを待つ。
そうなれば、双方和平の流れとなるはずです。」
そのとき——
「甘いね。」
軍服を着崩し、髪も無造作な若い女性士官が割って入ってきた。
「相手も同じ理屈で動くなんて保証はない。
って言うか、“和平論者”なんてエウロパ軍じゃ少数派よ。
その考えをオヤジがいくら支持したって部下は全員付いてく訳ない。」
続け様に捲し立てる彼女の勢いに、ミハエルが唖然としていると。
「こら、レティシア。」
ヴァルターは女性を叱った。
「…少将、この淑女は?」
「淑女とは…君も存外皮肉屋だな。この子は私の娘のレティシアだ。
見ての通りはねっかえりで、士学出で二十五にもなってまだ小隊長止まりだ。
上からも下からもクレームで、ほとほと困っている。」
レティシアはぷいと横を向き不貞腐れる。
「それは、連中が玉無し能無しだからよ。」
強気な言葉にミハエルは一瞬たじろぐが、すぐに微笑んだ。
「しかし、彼女の視点は現実的で的を得てます。
夢想家な私には欠けていて勉強になります。」
その言葉にヴァルターの表情は明るくなる。
「では、君にこの子を付けると言うのはどうかな?」
突然の提案にレティシアが反論するが、ヴァルターは聞かない。
「はあ!? なんでよ!アタシには第八小隊があるでしょ?」
「その八小隊からも“手に負えん”と投書が来ているんだ。」
ミハエルは苦笑しつつ受け入れた。
「分かりました。彼女と共に行動させていただきます。
彼女のような視点が側にあれば、私も成長できるでしょう。」
レティシアは頬をわずかに赤くし、そっぽを向く。
「……ま、アンタの下なら自由にできそうだし。いいわ、付き合ってあげる。」
ちょうどそのとき、通信士が駆け込んだ。
「ミハエル少佐へ、シェザール少将から通信です!」
――通信室。
シェザールの姿がホログラムに浮かぶ。
『ミハエル、ヴァルターとはうまくやれているか?』
「ええ。素晴らしい補佐官までつけていただきました。」
シェザールの問いにミハエルは笑顔で応える。
「すまんなリヒャルト。レティシアをファフナー少佐に預ける事にした。
結局君に頼ってしまう事になった。」
ヴァルターは申し訳に言うと、シェザールは笑って返すが、レティシアは怪訝そうに言う。
「オッサン同士でキモイんだよ。このヤサ男の度量を測るつもりで付き合うだけ。」
「相変わらず手厳しいな。父上をあまり困らせるな。」
シェザールも苦笑いで言う。
「私も喜んで彼女の審査を受けましょう。」
ミハエル早速度量の大きさを伺える解答に二人は大笑いし。レティシアだけ不機嫌だった。
笑いが落ち着いた頃、シェザールは付け加える。
『折角だ。マルティン達に任せるつもりだった、〈ヒポグリフ〉を君らに託そう。』
名を聞いてミハエルは感付く。
「ヒポグリフ?グリフォンの派生機ですか?」
『うむ。グリフォンを更に戦闘特化型にしたモノだ。君たちなら良い評価をしてくれよう。』
「へぇ、新型を回してくれるなんてテストパイロットも面白そうじゃない。」
レティシアも機嫌が戻って、ヒポグリフのスペックに興味を持った。
次に、シェザールの声色が変わる。
『さて本題だ。ようやくNuGearの解析が完了した。』
ミハエルの瞳が揺れる。
「では……我々のACEもコロンゴに追いつけるのですね?」
『結果は良い。しかし、過程が異様でな。ーー”アッサムティー”が飲みたくなるな。』
シェザールのそれを聞いたミハエルは真顔になり”ASSAM”と書かれた暗号ソフトをセットし傍受対策をした。
「それで、異様な過程とは?」
『解析班の報告では、ある日突然“バグ”が起き、プロテクトが抜けたらしい。』
ミハエルは顎に手を添え、深く考える。
「意図的…しかし我々にとって有益すぎる…一体誰が?」
「第三者ってやつじゃない?」
レティシアが鋭く突く。
「コロンゴのプロテクトを突破して嬉しいのはエウロパだけ。
でも自分達でも不可解な経過で突破出来たって言うなら…それは第三者の介入しかないでしょ。
何が目的かさっぱりだけど…」
ミハエルは静かに結論を出した。
「戦争の泥沼化だ。」
室内の空気が凍り付く中、ミハエルは続ける。
「我々がNuGearの解析に手間取れば、ACEの性能差でエウロパは早期降伏し、戦争は終わる。
だがそれを避け、双方のACEを互角にした。」
シェザールも頷く。
『第三者はこの戦争を終わらせたくない。そう考えれば合点がいく。』
ヴァルターが重く呟く。
「戦火の長期化……両国の国力を削ぎ、あるいは本国同士の全面戦争へと誘導するつもりか。」
レティシアは狼狽え気味に言う。
「ちょ、ちょっとそんな話を飛躍しすぎじゃない?」
だがシェザールは続けた。
『いや、飛躍ではない。実は島の戦闘中、正体不明の暗号がいくつも傍受されている。
解析の結果、その暗号には“クリリアのキラル文字”が関わっていた。』
「クリリア……!」
消えた大国の名が室内に重く沈む。
『確証はない。しかしクリリアがこの戦争の裏にいると仮定すれば——全て筋が通る。』
ヴァルターが答えを出す。
「つまり…”クリリアの亡霊”とも言うべき存在が、怨念返しでエウロパ・コロンゴを滅ぼすつもりだと…」
ミハエルは拳を握る。
「亡国クリリア……影の正体が彼らだったとは…」
静寂の中、四人の胸に冷たい戦慄が走った。
亡国クリリア…消えた大国の影が少しずつ表に現れ始めた。




