第38話「開戦前夜」
――ルーティア基地・作戦司令室。
重厚な扉が閉じられると同時に、室内は張り詰めた空気に包まれた。
ホログラム地図の上で、赤と青のマーカーが静かに、しかし不吉に動いている。
中央のテーブルに立つのは、二人の指揮官――
北部方面指揮官フェルナンド・リベイロ大佐と、南部方面軍司令アドリア・ハインライン大佐。
「北部からの進軍経路はカリビア山脈に遮られる。だが、裏をかけば侵攻は可能だ。
それに呼応して南部からも押し上げる。」
ハインラインの声は低く、しかし鋭い。
リベイロは腕を組んだまま小さく首を振る。
「……ハインライン。私は、できればこれ以上の流血は避けたい。
この島は、ピースブリタニカ島だ。戦場にしてはならない。それは貴官はよく知っているだろう。」
ハインラインは眉をひそめ、冷たく言い放つ。
「理想は結構だが、現実を見るのだ。コロンゴ軍は私の和平交渉を拒否し、未だ基地を占拠している。
オセリスという男に降伏勧告を送ったところで、笑って返されるだけだ。」
リベイロは顔を上げ、真っ直ぐに見返した。
「……だが、試す価値はある。彼がリアリストなら、無益な戦いを選ばぬはずだ。」
ハインラインは苛立ちを隠さず言い返す。
「連中に慈悲など不要だ!」
ハインラインの声が室内に響く。
一瞬、参謀たちが息を呑んだ。
リベイロは静かに目を閉じた。
「……貴官、変わってしまったな。共にこの島の平和を願っていたではないか?」
ハインラインは首を振る。
「理想で兵は救えない。勝たねば、次の和平も掴めん。
奴らに裏切られ、ようやく目が覚めた。」
短い沈黙。
その空気を和らげるように、ミハエルが一歩前に出た。
「両大佐、ひとつ提案があります。」
ハインラインが目を向ける。
「言ってみろ。」
ミハエルはスクリーンの地図に独自で描いた作戦概要を映す。
「再度スレイプニルを囮に使うのです。
正面からの総攻撃ではなく、スレイプニルが先行して前線に立てて敵の注意を引き、
その隙に南北の遊撃部隊で挟撃する。
機体は損耗しますが、人員の被害は最小限に抑えられます。」
リベイロは目を細め、わずかに微笑んだ。
「……なるほど。被害を減らす策、というわけだな。」
ミハエルは軽く頷く。
「はい。私もこの戦争には辟易しております。
私の囮で兵が救えるなら、喜んでこの任を引き受けます。」
その言葉に、リベイロは深く息をついた。
「――ありがとう。君のような兵がいることが、まだこの戦争の救いだ。」
ミハエルは黙って敬礼する。
ハインラインは冷笑を浮かべた。
「囮ではなく徹底的に潰してもらって構わんがな。」
そう言い捨てて去る彼の背に、リベイロは小さく呟く。
「……戦争が人を歪めるのか。軍人とて、人を殺したくて戦うわけではないのに……。」
ミハエルはその背を見つめ、胸中で思う。
(この方は、軍人としては優しすぎる。しかし……本来あるべき指揮官の姿だ。)
――翌日。ケアン基地・指令棟。
ケアン基地の作戦会議室では、地図上に展開される敵軍の動きを前に再編命令が下っていた。
オセリスが立ち上がり、全員を見渡す。
「予想通り、敵は南北からの挟撃を仕掛けてくるだろう。
残存ACEは三十機――当初の七十二機の半数にも満たん。」
重い沈黙が落ちる。
オセリスは続ける。
「北はカリビア山脈が壁になる。
こちらはホワイトファング隊を軸に三個小隊、九機で防衛を固める。
レッドホーン隊は南部を担当。残り七個小隊で迎撃に当たる。」
ダグラスが短く頷く。
「最低限の布陣だな。」
ライアンは地図を見つめながらつぶやく。
「しかし、これなら少なくとも正面突破はされない……持久戦だな。」
レイが冗談めかして言う。
「いいじゃないか。持久戦は俺の得意分野だ。」
ミリィは笑わず、真剣な目でモニターを見ていた。
「……私たちが守りきらなければ、この戦争は終わらない。」
オセリスが彼の方を向く。
「キース、北部防衛はお前に任せる。二個小隊の指揮も委任する。
ホワイトファングはこれまで数々の戦線で奇跡を起こしてきた。期待している。」
キースは力強く敬礼した。
「必ず守り抜きます。」
ダグラスが続ける。
「では、レッドホーン隊で南部を。」
オセリスは頷く。
「南部は激戦になるだろう。俺も前線で指揮を執る。
だが現場判断は任せる。――どちらが崩れてもケアンは終わりだ。全員、生き残れ。」
静かな緊張が室内を包み、各隊員が散っていく。
その足音が、静寂を破る開戦の合図のように響いた。




