第34話「英雄の影を越えて」
――バーミッカム基地・廃墟と化した滑走路。
黒煙が空を覆い、地表は焼け焦げていた。
崩れ落ちた管制塔の間を、ホワイトファングの三機が駆け抜ける。
「レイ、ミリィ! このまま各個で突破する!敵を混乱させろ!」
「了解!」
「……了解!」
キースの号令とともに、三機はそれぞれの方向へ散った。
煙幕が視界を覆い、敵味方の識別が混じり合う。
その中で、レイの狙撃が次々と閃光を描き、ミリィの刃が血風を切り裂く。
ダリオ・コンティ中佐がホワイトファングを確認し、無線で怒鳴った。
「狼付きだ!閣下の仇だ!皆殺しにしろ!」
エウロパ軍の火線が一斉に集中する。
「敵の注意をこっちに向けた! 今だ、後方へ退け!」
残存コロンゴ兵が撤退を始めた。
だがその直後、地響きが再び戦場を震わせる。
「なにっ……!? 新手か!」
怒りのハインラインの先行部隊が波状攻撃を仕掛けてきた。
「コロンゴなどに容赦は要らん! 狼付きは絶対に落とせ!」
「くっ、これだけ注目されちゃ持たねぇ! ミリィ、下がれ!」
「ダメよ! まだ後方に仲間がいる!」
ミリィは警告を振り切り、崩壊した滑走路を駆け抜けた。
ACEの刀が閃き、敵を次々と斬り伏せる。
その姿はまるで死を求めるかのように――。
(こんなに戦っても、街は燃え、誰も笑わない……)
(お父さまは、それでも戦い抜いた。……英雄って、そういうものなの?)
敵の砲撃が爆ぜ、ミリィの機体が吹き飛ばされる。
「ミリィッ!」
レイの悲鳴と同時に、狙撃銃の弾が連射された。
高層ビルの残骸からの精密射撃が、ミリィに迫る敵ACEを一瞬で沈黙させる。
「レイ……!」
「バカ野郎! 突っ込むなって言っただろう!」
キースのACEが接近し、ミリィの機体を強引に引き上げる。
「撤退だ! もう十分だ!」
「まだ……!」
「生きろミリィ!死んだら終わりだ!」
キースの怒声が無線を揺らす中、ホワイトファング隊は全機撤退。
基地は炎に包まれ、夜の闇に沈んでいった。
――バーミッカム防衛、失敗。
コロンゴ軍北部は再び防衛線の再編を余儀なくされた。
――ケアン基地・整備区画。
夜。ACEを降りたミリィは、静かに膝を抱えていた。
油と焦げた金属の匂いが、まだ肌に残っている。
そこへレイが歩み寄る。
「整備士が心配してたぞ。……機体、もうギリギリだった。」
ミリィは答えない。
レイは溜息をつくと、少し距離を置いて壁にもたれた。
「命令違反だぞ、ミリィ。あの無茶は。」
「……ごめんなさい。でも、誰かが行かなきゃ――」
「行かなきゃ、何だ?」
その声には怒りよりも哀しみが混じっていた。
「……英雄になれると思った。お父さまみたいに。」
ミリィの声が震える。
「父の命日には、今でも沢山の兵士たちが花を手向けに来るの。
“英雄だった”って、皆が言うのよ。
でも私は、戦っても壊すばかり。守っても、誰も笑わない……。
私の戦いに、意味なんてあるの……?」
レイは黙って彼女の横顔を見つめた。
その頬には乾かぬ涙の跡。
やがて、低く静かな声で言った。
「……英雄ってのは、死んだ後に呼ばれるもんだ。
でもな、生きて戦い続ける奴の方が、ずっと勇気がいる。」
ミリィが顔を上げる。
レイの瞳はまっすぐで、迷いがなかった。
「死ぬことなんて、誰にでもできる。
でも生き残って、誰かを支えること――それが一番難しい。」
少し沈黙が流れる。
レイは空を見上げるように語った。
「キースも、ずっと兄貴の影を追ってる。
あいつの兄貴――グレン兄ぃとは、俺が子供の頃からの付き合いでな。
よく一緒に訓練場の外で遊んでくれた。
その時に言われたんだ。“キースを頼む”ってな。」
ミリィは驚いたように顔を向ける。
「……そんな昔から?」
「ああ。ガキの約束だと思ってたけど、グレン兄ぃが死んだ時に思った。
――本気で言ってたんだって。
だから俺は、今でもその約束を守ってる。」
レイは静かに笑う。だがその笑みの奥には、苦しみがあった。
「キースはまだ兄貴の背中を越えようとしてる途中だ。
今のお前の痛みまで全部背負う余裕は、まだない。
だから――俺が代わりに、お前を見てる。」
彼は一歩近づき、ミリィの肩に手を置く。
「お前の背中は、俺が見てる。
だから……もう“死ぬ勇気”なんて持つな。
生きて、戦って、俺の隣に立て。」
ミリィの唇が震え、やがて嗚咽が漏れた。
「……レイ……どうして、そんなに優しいの……」
「優しいんじゃねぇよ。お前に、死んでほしくねぇだけだ。」
ミリィは涙をこぼし、レイの胸に顔を埋めた。
「ごめん……ごめんなさい……」
「泣け。今だけは泣け。戦場で泣く暇なんて、もうねぇんだからな。」
夜の整備区画に、ACEの影が静かに並んでいた。
月明かりが差し込み、ミリィの涙を淡く照らす。
――戦いはまだ終わらない。
だがその夜、二人の心は確かに一つの絆を結び始めていた。




