第26話「駐留軍の決意」
――ピースブリタニカ北方海域。
灰色の雲の下、翼を広げた黒いシルエットが滑るように進んでいた。
エウロパ軍最新ACE〈グリフォン〉。
搭乗するミハエル・ファフナー少佐は関心しながらテスト飛行を行っていた。
「この機動性と航続距離……まるでACEが戦闘機になったようだ。
だが、このピーキーな操縦特性――パイロットの腕を選ぶな。」
試験航路の先はピースブリタニカ島北部。
コロンゴ軍北部艦隊――その“惨状”を確認する任務だった。
「この高度から視認できるか……?」
通信越しに管制士官の声が返る。
「はい、少佐。海面に多数の残骸。……艦隊は全滅です。」
「酷いものだな…また一方的に殲滅か…」
ミハエルは、無慈悲に敵を葬った同胞の艦〈ミドガルズオルム〉へ嫌悪を覚える。
眼下には、炎を上げて沈みゆく艦隊。黒煙が水平線の果てまで伸びていた。
彼は一瞬、奪われた命に黙祷を捧げ、通信を繋ぐ。
「こちら、第三試験部隊所属ミハエル・ファフナー少佐。第八艦隊、着艦許可を願う。」
『こちら第八艦隊所属空母〈ガロア〉。貴機の着艦を許可します。……ようこそ、“黒ワシ”殿。』
「黒ワシ……か。まあ、この機体なら似合いの呼び名だ。」
雲を裂き、グリフォンは艦載機デッキに着艦した。
――同刻、コロンゴ軍ケアン基地。
司令部は混乱の渦中にあった。
報告と怒号が飛び交い、通信機は雑音に満ちている。
「一瞬で沈んだってのか!?」
「敵はどんな兵器を使ったんだ!」
「生存者救助を急げ!」
「救難信号は?まだ反応があるか!」
喧騒の中、ピーター・ハリソン大佐は報告書を見つめ、険しい表情を浮かべた。
「報告では“一瞬の閃光”で艦隊が崩壊したとある……。そんな馬鹿な。
だが現実に艦が消えている。信じるしかないか……」
思索を遮るように、通信士が声を上げる。
「報告!敵第八艦隊より通信要請です!」
「繋いでくれ。」
ノイズ混じりの通信が、基地のスピーカーに響く。
『こちらエウロパ軍第八艦隊司令、エティエンヌ・デュラン中将。
本艦隊は、貴基地への攻略命令を受領している。
ご存じの通り、貴軍北方艦隊は我が新鋭艦〈ミドガルズオルム〉の主砲により消滅した。』
「ミドガルズオルム……。それが、未確認艦“X”か……」
ハリソンは唾を飲み込む。
『そして本艦の主砲――“陽電子砲”は、すでに沿岸域より貴基地を射程に収めている。』
司令部内が一気にざわつく。
「陽電子砲!? そんなの空想兵器じゃなかったのか!?」
「射程に入っている? じゃあ、もう……!」
「落ち着け!」ハリソンは声を張った。「通信は続いている!」
『この意味は、聡明な諸氏ならば理解できよう。
降伏せよ。我々も無駄な血を望まない。
考慮の時間は与えるが、長くは待たぬ。賢明な判断を期待する。』
通信が途絶える。
ハリソンは静かに椅子に腰を下ろした。
「……本国に報告しろ。議題に上げる。」
副官が躊躇う。「ですが、答えは明白では?」
「降伏しかない。だが……退けばノースブリッジが孤立する。」
大佐は苦く笑った。「退くにも、退けんのだよ。」
――エウロパ軍第八艦隊旗艦〈ミドガルズオルム〉。
降伏勧告を終えたデュラン中将は深く息を吐く。
「さて、どう出るか……」
そばのミハエル少佐が一礼した。
「提督、私の懇願を受け入れてくださり、感謝いたします。」
ミハエルの姿勢にデュランは軽く首を振る。
「いやいや、私もバルディーニのような好戦家ではない。陽電子砲は抑止力であればよい。」
「……提督の英断に、敵も応えてくれれば。」
デュランは静かに頷く。
「問題は、彼らが“ノースブリッジ”をどう考えているかだ。」
ミハエルは目を伏せた。
(ノースブリッジも無血で落とせれば……一時的な膠着は保てるはずだ)
―ー一刻のちコロンゴ軍バーミッカム基地。
レベッカ・プライス中佐が、ケアン基地のハリソン大佐と通信を結んでいた。
「陽電子砲……。エウロパは、そこまで準備していたというのですか。」
『報告だけだが、艦隊が一瞬で消えた。虚勢ではない。』
「……参謀本部の回答は?」
『最悪だ。――“降伏は認めず。全軍を以て死守せよ”ーーだとさ。』
プライスは絶句した。
「そんな……!」
だがすぐに顔を引き締める。「大佐、直接会談しましょう。ここで策を練るしかありません。」
通信を切った直後、オセリス大佐が入室する。
「ハリソン大佐の反応は?」
「本国は降伏を許さないそうです。……まるで自殺命令です。」
「で、どう動くつもりだ?」
プライスは俯き、次の瞬間まっすぐ顔を上げた。
「この島の現実を本国は知らない。私は、これ以上の血を望みません。」
「……つまり、本国命令を無視する、と?」
オセリスの静かな声に、プライスは熱を込めて言い返す。
「クタン大佐だって、戦いを望んでいたわけじゃない!
バルディーニの侵略に、やむを得ず抗っただけです!
この島では、国境なんてただの線に過ぎなかった……!」
オセリスは表情を変えずに答えた。
「だが、本国が“徹底抗戦”を掲げる以上、貴女一人の理想でどうにかなる問題ではない。」
プライスは一歩近づき、低く言い放つ。
「私“だけ”なら、そうでしょう。でも――この島の皆が同じ想いなら、話は別です。」
オセリスは静かに目を細めた。
「……なるほど。“独り”ではない、というわけか。」
――暗転。
?A「どうやら、島の駐留勢力が独自の動きを始めたらしい。」
?B「本国の命令を無視しているとか。」
?C「愚かな……上位の意志を軽んじるとは。」
?A「所詮我々とは異なる。だが放置もできん。芽のうちに摘むべきだ。」
?B「同感だ。民意が呼応すれば、計画が水泡に帰す。」
?C「ならば、お前たちで処理しろ。島は任せる。」
?A「了解した。」
?B「すべては――“総統”のために。」
ピースブリタニカ島。
国境があっても、存在しないはずの世界。
だが、闇の影たちはその理想を静かに踏み躙ろうとしていた。




