第25話「報告と継承」
――エウロパ軍ガンドラ基地・司令棟。
重い扉が開くと同時に、焦げたACEの残骸を運び込む音が響いた。
帰還したプロト・ナイトメアの多くは損傷が激しく、格納庫はオイルと煙の臭いで満ちていた。
ミハエル・ファフナー少佐は、煤けた姿のまま報告書を抱え、参謀室へと向かう。
扉の前で立哨の兵が敬礼した。
「ハインライン大佐が応接室にてお待ちです。」
「わかった。」
応接室の中では、穏やかながらも鋭い眼差しを持つハインライン大佐が待っていた。
「散々だったな、ファフナー少佐。……現状はどうなっている?」
「バーミッカム攻略は、司令官バルディーニ大将の戦死をもって失敗と判断。
現在、コンティ中佐の指揮でタロン市まで後退、防衛線を再編中です。情けない報告ですが……」
「……あのバルディーニがなぁ。」
ハインラインは一瞬だけ沈痛な顔を見せたが、その声に情はなかった。
「おかげで次は私の番だ。しかし戦力不足を訴えたら、本国はあっさり“増援を送る”と返してきた。奇妙だよ。」
「無理な進軍を許可していた時点で、何か焦っている様子でした。あるいは――別の思惑か。」
「いずれにせよ、私はこれ以上の進軍には賛同できん。最低限の防衛線を維持し、コロンゴ軍に非公式で一時停戦を持ちかけるつもりだ。」
「しかし、それでは大佐のお立場が……」
心配するミハエルに、ハインラインは静かに微笑んだ。
「私の進退などどうでもいい。それより、この島のことだ。
――もし私が左遷されれば、それはつまり“本国がこの島を完全に掌握するつもり”ということだ。」
「大佐……そこまで……」
「君もここでの駐留期間が長ければわかる。ピースブリタニカで戦争など、あってはならんのだ。」
その言葉に、ミハエルは深く敬礼し、胸の奥に熱を感じながら応接室を後にした。
――次の目的地、通信室。
ミハエルは急ぎ、リヒャルト・シェザール少将への通信を開く。
「ミハエル、君が敗れるとは意外だった。」
「はい。死を覚悟しました。弁解の余地もありません……シュルツ軍曹を犠牲にしたこと、今も悔いております。」
その声は重く、疲労と罪悪感が滲んでいた。
「今は生還した事実を受け入れるしかあるまい。彼の遺族には、私からも弔意を伝えておこう。
――それで、何故ナイトメアが敗れたと思う?」
「敵ACE部隊の性能は予想通りでしたが、“NuGearの同調率”が我々を上回っていたと推測します。」
「コロンゴのNuGearが、我々より完成していると?」
「はい。おそらく彼らは“感情干渉”を克服しています。」
リヒャルトは一瞬、絶句した。
やがて唇を引き結び、冷静に言葉を返す。
「ACE開発を急ぎすぎた……我々の判断ミスか。」
「はい。これまで“感情抑制こそ安定の鍵”と信じてきました。だが、それが誤りだった。
むしろ、感情がACEのポテンシャルを押し上げる。
特に“狼付き”の機体は、同型ACEでありながら異常な反応を示していました。
気迫が機体の挙動そのものに現れていたのです。理論では説明できませんが、事実です。」
短い沈黙の後、ミハエルが提案する。
「敵ACEを鹵獲しましょう。コロンゴのNuGearを解析すれば、我々も競争に追いつけます。」
「そうだな。ちょうど新型機のテストパイロット枠が空いた。〈グリフォン〉という機体だ。インプとは違い、完全な空戦型だ。」
「新型ですか。インプでも十分な性能でしたが。」
「インプは単独行動に制限がある。グリフォンはその制約を解いた。……大型化したがな。」
「しかし私にはナイトメアのテストが…」
「ナイトメアは完成と判断された。しかも先行量産型が近くピースブリタニカへ送られる。」
「もう量産体制ですか……」
「あぁ。本国は“侵略戦争”を本気で遂行するつもりだ。」
ミハエルは息を呑んだ。ハインライン大佐の言葉が脳裏を過る。
「お待ちください。ハインライン大佐は、停戦交渉を考えておられます!」
リヒャルトは一瞬、関心を示した。
「……現地軍は戦争を望んでいない、というわけか。」
「はい。本国の侵攻意欲に、現地部隊は疲弊しています。どうか、侵攻計画を遅らせる手立てを……!」
しかし、リヒャルトの表情は曇った。
「残念だが、もう止められん。新造戦艦〈ミドガルズオルム〉――あれが進水し、すでに北部海域へ進行している。」
「……ミドガルズオルム、完成していたのですか。」
「あぁ。南部はバルディーニ旅団、北部はミドガルズオルム艦隊。海と陸、両面から同時制圧――それが本国の計画だったようだ。」
「では、全て……仕組まれていたのですね。」
「諜報部は私にすら秘匿していた。政府の意思なのだろう。
ハインライン大佐は貴重な存在だ。私からも手を打つ。君も彼を助けてくれ。」
「了解しました。……最善を尽くします。」
通信が途切れる。
ミハエルは深く息を吐き、拳を握りしめた。
(戦火は広がる……だが、せめて我が軍のACEを彼らに並ぶ力へ高める…)
――同刻。コロンゴ軍バーミッカム基地。
煙の匂いがまだ残る司令棟では、静かな引き継ぎ式が行われていた。
クタン大佐の遺品――帽子と指揮杖が、黒布の上に丁寧に置かれている。
「これより、バーミッカム基地臨時司令として――レベッカ・プライス中佐が着任する。」
副官の報告が、張りつめた空気に静かに響いた。
中背の女性士官が前へと進み出る。
栗色の髪をきちんとまとめ、冷静な瞳の奥には揺るがぬ意思が宿っていた。
「……クタン大佐の志を、私が継ぎます。皆さん、これ以上の犠牲は出させません。」
キースたちホワイトファング隊も出席していた。
キースは一歩前に出て、プライス中佐に敬礼する。
「ホワイトファング隊、引き続き戦線維持に当たります。」
「頼りにしています、中尉。」
プライスは穏やかに微笑み、静かに言葉を継いだ。
ミリィが小さく呟く。
「クタン大佐……英雄として最後を迎えたってことなのでしょうか……?」
プライスはミリィを見つめ、やわらかく応じる。
「確かに、あなたのお父上もかの大戦で多くの兵を救うため、自らを犠牲にされた英雄として語り継がれています。
クタン大佐もまた、司令官として兵を守るために命を燃やした方でした。
この勝利は、大佐が残した希望です。……どうか、失わないでください。」
ミリィは俯き、小さく唇を噛んだ。
そんな彼女に、レイが肩を軽く叩きながら言う。
「オヤジさんのことはよく知らねぇが、二人とも“守るために戦った”ってことだ。難しく考えるなよ。」
さらに、オセリス大佐が静かに言葉を添える。
「戦争をしている限り、死は避けられん。しかし、どう死ぬかを考える必要はない。
クタン大佐は自らの義務を果たした――その結果としての戦死だ。」
その言葉に、キースは小さく頷いた。
夕陽の光が司令室の窓を照らし、彼の瞳を赤く染めていた。
(大佐……あなたの守ったこの基地は、必ず俺たちが守り通します……)
――そしてその頃、北方の海にて。
濃い霧の中を、一隻の巨大な艦影がエウロパ艦隊の中から突出した。
「敵艦隊に動きアリ。未確認艦”X”です。」
「一隻でか?」
コロンゴ艦隊旗艦”フィッツジェラルド”の艦長が目を細める。
「はい。しかし射程外で停船しました。どう言う事でしょう…?」
「例の半魚人ACEとも違うな……。イージス艦を前方展開、警戒態勢を取れ!」
一方――未確認艦”X”、すなわち〈ミドガルズオルム〉では。
「対ショック体勢、完了。」
「メインエンジン最大出力、陽電子ジェネレーターへ転送。」
「粒子加速器、臨界点上昇中ーー」
「エネルギー充填率、120パーセント!」
「目標、敵旗艦”フィッツジェラルド”。主砲――発射!」
轟音とともに、艦首から眩い光が放たれた。陽電子ビームである。
「なんの光……!?」
言葉を発する間もなく、前方のイージス艦群ごと光の奔流に呑まれた。
次の瞬間、海上は爆炎に包まれ、艦隊は次々と沈んでいった――。




