第24話「覚悟の前線」
――コロンゴ軍バーミッカム基地・司令室。
早朝の薄明が、硝子越しに差し込んでいた。
視界の果て、地平線上には、濃い砂煙の帯がゆっくりとこちらへ近づいている。
レーダーの赤点は、その輪郭を確かに示していた。
「……来たか。」
デミトリー・クタン大佐は静かに呟いた。
手には古びた将校帽。戦友たちと共に戦場を駆けた、かつての勲章でもあった。
参謀が駆け寄る。
「大佐、エウロパ軍は全軍が前進中と思われます。」
クタンは頷き、通信士に命じた。
「全周波数を開け。敵にも届くよう、出力を最大に上げろ。」
周囲の兵士たちが驚く中、クタンはマイクを手に取り、口を開いた。
「――こちら、コロンゴ軍バーミッカム基地司令、デミトリー・クタン大佐だ。」
静寂の中、その声は重く、確かな力を持って響いた。
「これより私自ら前線に出る。若き兵たちのため、老兵の務めを果たすとしよう。
聞こえているか、エウロパの将たちよ。我らは退かぬ。ここが、我らの国境だ!」
基地内に歓声が上がった。
その声は山を越え、敵陣にも届くほどだった。
――同時刻、エウロパ軍前線司令部。
通信室のスピーカーから、クタンの声が響いていた。
その音を聞いたマルコ・バルディーニ少将は、わずかに笑みを浮かべた。
「ほぅ敵ながら天晴れではないか。ならば俺も応えねばな」
「コンティ参謀、作戦指揮は任せる。俺が前に立たねば兵は動かぬ」
「ですが少将、危険です! ここは――」
「俺は“猛将バルディーニ”だ。戦場は将が歩く場所だろう?」
通信を切ると同時に、彼は部下に命じた。
「全軍に告げよ。私、マルコ・バルディーニが最前線に立つ! 誇りを持て!」
その放送が、今度は逆にコロンゴ側へ届いた。
司令室の通信員が顔を上げる。
「……エウロパ軍、バルディーニ少将が前線に立つと明言!」
「向こうも敵将が前線に出るのか!」
キースが椅子を蹴って立ち上がる。
整備を終えたACEの影が、格納庫で待機しているのが視界の隅に見えた。
「クタン大佐、出撃を取りやめてください! バルディーニが出てくるなら、大佐の出撃は不要です!」
「……分かっている。だが、それでも行く。」
大佐は微笑んだ。
その瞳には恐れも迷いもなかった。
「私はこの基地を守るためにここにいる。部下を守るための囮ならば、本望だ。」
「しかし――!」
「キース中尉、君たちは勝て。私の代わりに未来を掴め。それが命令だ。」
キースは言葉を失い、拳を強く握りしめた。
――バーミッカム郊外。開戦。
爆炎が走り、土煙が空を裂いた。
ACE部隊が空を駆け、地を蹴り、鉄の咆哮を上げる。
「ホワイトファング隊、目標はバルディーニだ!他に目をくれるな!」
「あぁ。あのカタブツに対抗する為にキャノン砲に替えたしな!ぶっ飛ばしてやるよ!」
「キースが護衛部隊を牽制、その隙に私が正面から仕掛けて、レイが止める。」
「お前達が早く決めればそれだけ戦闘の勝利に近づく。頼むぞ!」
オセリス大佐もいつもと違う気迫で命令を下す!
「ここが正念場だ!全機、突撃!」
狙撃、斬撃、閃光。
三機の軌跡が交差し、敵陣をどんどん切り裂いていく。
しかし、その中央に立つ巨影――漆黒のACEが、彼らの進路を遮った。
「ミハエル・ファフナー…!」
「やっと会えたな、狼付き。今日こそ引導を渡す!」
冷静なミハエル少佐の姿に、かつての敗北がよぎる。
一瞬の逡巡を、オセリス大佐の檄が打ち消した。
「NuGearの同調率は最高潮を維持している。今のお前たちなら奴に勝てる!迷うな!」
「了解!レイ、ミリィ!アレで行くぞ!」
「おう!」
レイのキャノンが閃光を走らせる。
ミハエルの機体は跳躍し、それをかわした。
「生憎だが、キャノン砲では私は捉えられん!」
だが着地と同時にキースのアサルトライフル連弾がミハエルを襲う。
「喰らえぇぇぇぇ!」
「なに!? 着地地点を予測して……!」
まさかの被弾に狼狽えるミハエルをミリィは逃がさない。
「てえぁぁぁ!」
以前のような大振りではなく、小手抜きの正確な斬撃が、ナイトメアの両腕を断ち切った。
三対一。かつてとは違う。
「くっ……だがまだだ!」
ミハエルの蹴りがミリィを弾き飛ばすが、その瞬間――レイのキャノン砲が閃く。
「!!!…死ぬのか?!」
「少佐ーーー!」
一機のゴブリンがミハエル盾となって散った。
「なんと!」
ミハエルは咄嗟に後退する。
「狼付き…まるで違う!少将!後退下さい!奴らは普通じゃない!」
だが、バルディーニの〈カスタム・オーガ〉は一歩も動かず、冷ややかに言い放つ。
「口だけの小僧が……逃げろだと? 俺は前大戦でも退かぬことでこの地位を掴んだのだ! 親衛隊、前へ!」
親衛隊のホブ・ゴブリン隊が壁となる。
だが、キースは突撃しながら各機を撃ち抜き、道を切り開いた。
「ミリィ!道が開けるぞ!」
「やぁぁぁーーーはぁ!」
ミリィのグラディウスが大きく飛躍し体当たりの勢いで斬りかかるが、オーガの装甲は厚い。
「がははは!その程度で俺が討てると思うてか?!」
反撃のハンマーがミリィを吹き飛ばす。だが、彼女はバトンを託すように叫んだ。
「レイ!今!」
「オーライ!こいつを食らいやがれ!」
レイのキャノン砲が炸裂。
バルディーニ機は吹き飛ぶが、まだ墜ちない。
「何て頑丈さだよ、バケモンか?!」
「いや、OKだレイ。装甲さえ抜ければ、あとは俺が――!」
キースが叫び、引き金を引く。
「うおぉぉぉぉ!」
全弾が直撃し、カスタム・オーガは爆発とともに四散した。
「ぐぉぉぉぉ貴様ら如きにこの俺がぁぁぁ!」
炎が夜空を焦がす。
「か、閣下ぁ!」
コンティが絶叫した。
「忠告を無視するから……全軍撤退命令を!それとロングレンジライフルを!」
半壊のナイトメアを操るミハエルが、コンティに指示を出しながら退いた。
ーー一方。バーミッカム基地周辺。
基地直前まで迫っているエウロパ軍に、必死に抵抗するクタン大佐に吉報が入る。
「こちらホワイトファング、敵将バルディーニ討伐を確認!繰り返す敵将バルディーニを討伐!」
「おぉ!やったぞ!彼らはやってくれた!よし、今だ。掃討作戦に移り、国境まで追い返す!」
形勢逆転を確信したクタンが前に出た、その刹那――
閃光が走り、コックピットを撃ち抜いた。
「大佐ぁぁぁ!」
遠く離れた丘の上。
ロングレンジライフルを構えるホブ・ゴブリンの狙撃手が、煙の中から姿を現す。
「これで双方、指揮無しだ。」
その機体の操縦席には、ミハエル少佐の姿があった。
「でかした、少佐!これで閣下の弔い合戦をーー!」
「愚かな! 両軍の指揮が死んでいる状態で戦などできるか! それはただの殺し合いだ! 全軍、直ちに撤退せよ!」
息巻くコンティを静止し、ミハエルは撤退を命じた。
「……狼付き…あのACEは我々のモノと全く異なる…………異なる?!まさか、それが事実なら…閣下に早々報告せねば!我々はACE開発で負けてしまう。」
彼はそう呟き、煙の中へと姿を消した。
――夕刻。戦は終わった。
バーミッカム基地に勝利の報が届く。
だが、喜ぶ者は誰もいなかった。
守護神クタン大佐を失った代償は大きかった。
キースは黙って立っていた。
視線の先には、帰らぬクタン大佐の機体。
燃え尽きた残骸の中で、彼の帽子だけが静かに転がっていた。
「……大佐。俺たち、勝ちましたよ。」
風が吹き抜け、夕陽が照らした。
戦場の熱を、冷たい空気が包み込んでいく。
そしてキースは、拳を胸に当てて呟いた。
「この勝利……絶対に、無駄にはしません。」
空には、焦げた鉄の匂いと共に、一筋の光が伸びていた。




