第13話「初陣」
――ピースブリタニカ島北東部・ヴァレン峠。
薄明の空の下、濃い霧が谷を包み、冷たい風が吹き抜けていた。
「前哨陣地より報告!エウロパ軍、峠東側から接近中!規模は不明!」
通信士の声が震える。
第17機甲中隊は慌ただしく布陣を整えた。
戦車砲が唸りを上げ、兵たちは震える手で弾倉を装填する。
だが誰も、相手の姿をまだ見ていない。
「昨日の越境は“誤報”だったんだろ? 何でこんな早く来るんだ!」
「報復に決まってる。向こうは口実を掴んだんだよ……!」
霧の奥で何かが蠢いた。
地面がわずかに震え、金属が軋むような音が響く。
双眼鏡を覗いた兵士の顔が、青ざめる。
「な、なんだあれは……巨人?鉄の塊が……歩いてる!?」
霧の中から、巨大な人型兵器(ACE)が現れた。
その姿は、戦車でも航空機でもない――まさに「新時代の兵器」。
「エウロパの新兵器だ!」
「撃てっ!全部撃ち尽くせぇっ!!」
戦車砲が次々に火を噴くが、ACEは人間が球を避けるが如くサイドステップで軽くいなす。
ACEの一体が跳躍し、戦車群の中央へ。地面が爆ぜ、衝撃波が走った。
「なっ――!? バカな、今の距離を跳んだだと!?」
次の瞬間、アサルトライフルの徹甲弾が戦車隊を上空から襲う。戦車が一台、爆炎に包まれる。
「ひっ、ひぃっ……!こんなの勝てるわけが――!」
「退けっ、退けぇえ!!」
通信が途切れ、部隊は総崩れとなる。
コロンゴの兵士たちは、まるで悪夢を見ているようだった。
「ふはは!ACE相手に戦車など……これがACEだ!」
エウロパのACEパイロットはACEの性能に狂気じみた歓喜をする。
「前進!殲滅だぁ!」
通信が混乱し、指揮系統は崩壊。
「ケアン基地に連絡を! 支援を――ぐああっ!」
叫び声が無線に混じり、音が途切れる。
無線手は震える指で通信機を掴み、祈るように叫んだ。
「こちら第17中隊……応答願います! ケアン基地、応答を――!」
返ってきたのは、雑音だけだった。
――同刻・上空。
輸送機の中、ホワイトファング隊の三人が出撃準備を整えていた。
初めての“実戦”という緊張が、静かな空気を張り詰めさせていた。
「……へ、いよいよ実戦か。」
レイは緊張と恐怖を笑い飛ばすかの様に軽口で放つ。
ヘルメット越しにミリィが視線を上げる。
「訓練とは違う。相手は、人を殺すために動いてる……こっちも同じ…」
キースは黙って、操縦桿を握りしめた。
初めての実戦。心臓の鼓動が、ACEの駆動音と重なる。
自分が今から踏み出す一歩が――“歴史の分岐点”になるかもしれないという感覚。
無線が入る。
『こちらオセリス。ヴァレン峠に展開中の敵機はACE。先手を打たれ現地戦力は壊滅状態だ。降下準備を整えろ。』
「了解。ホワイトファング、出撃!」
輸送機のハッチが開く。烈風が吹き込み、空が真紅に染まる。
三機のACEが投下され、流星のように霧の谷へと落下していった。
――地上。絶望の戦場に、突如、光が差す。
白銀の機体が着地し、地を砕く音が轟く。
「な、なんだ……? また巨人…新手か!?」
「ち、違う……! あれは……!」
コロンゴ兵たちが歓声を上げる。
ホワイトファング隊の三機が並び立ち、敵ACE群に向き直る。
「こちらホワイトファング。前線に到達。これより敵ACE迎撃戦を開始する!」
「いくぜぇー!」
レイが即座に射撃を開始。ライフル弾が敵ACEの胸を貫く。
「はぁぁ!」
レイの一撃に困惑する敵ACE群へ颯爽と駆け込み、ミリィがソードで胴を両断。
「ミリィ!うぉぉ!」
ミリィを狙う敵にキースが咆哮とともに突撃。アサルトライフルで上半身を蜂の巣にする。
「くっ……これが、実戦の手応えか!」
キースの目が一瞬、恐怖と興奮に揺れた。
戦場は一変した。
敵ACEは一時撤退。ヴァレン峠には煙と破壊の跡が残る。
「敵後退中!」
初めての“命の奪い合い”。その実感が、背筋を冷たくした。
「す、すげぇ……!」
「人間が操縦してるのか、あれ……!?」
コロンゴ兵たちはただ、呆然と見上げるしかなかった。
「ACE…噂に聞いてたが、本当に実現してたのか…」
ACEの残熱が揺らめく中、オセリスの声が通信に入る。
『ヴァレン峠の制圧を確認。……これで“局地的衝突”では済まなくなったな』
キースが息を整えながら呟く。
「……これが、戦争か。」
ミリィが静かに目を伏せる。
「平和の象徴だった島が……こんな形で火を吹くなんて。」
レイは唇を噛み、空を見上げる。
「始まっちまったんだな。もう、後戻りできねぇ。」
ーー朝日が昇り、ヴァレン峠を赤く染める。
その光の中で、ホワイトファング隊の三機が無言で立ち尽くしていた。
燃える平原の向こう、エウロパ軍の青い旗が風にたなびいている。




