第12話「火蓋」
――闇の中で、低く囁く声が交わされていた。
?A「51:49とは少々作為的ではなかったか?」
?B「いや、愚民どもと高をくくっていたが、どうも反戦論に傾いていたからな」
?A「結果で黙らせるには適当な比率だったと」
?B「しかし、これで準備は整った訳だ」
?C「その通りだ。第2フェーズに移る」
?B「ではこちらから仕掛けると言う事で」
?A「それでいつまで続けさせる気だ?」
?C「永遠にだよ」
彼らの声は短く、冷たかった。
計画は既に盤石に組まれており、あとは小さな火種一つで良かった。
――報道スタジオ。緊迫した表情のキャスターが、速報を読み上げていた。
「速報です。ピースブリタニカ島北部・第4境界線付近で、今朝未明、コロンゴ軍の部隊が国境線を越え、エウロパ軍との小規模な交戦が発生しました。両軍合わせて死傷者は十数名にのぼる模様です――」
背後のモニターには、燃え上がる監視所、煙を上げる装甲車の映像。
それはもはや“事故”ではなかった。
コロンゴが国民投票で「開戦」を選んでからわずか十二時間後の出来事だった。
――ピースブリタニカ島・前線基地バーミッカム。
暗い空気が支配する指令室。壁のスクリーンには戦闘報告が流れ続けている。
「……つまり、コロンゴ第八機甲大隊の一部が越境したと?」
オセリス大佐が腕を組み、鋭く報告官を見据える。
「はい。現場では『威嚇射撃に対する応射』と主張していますが、衛星映像ではコロンゴ側からの先制発砲が確認されています。」
「死者は?」
「双方合わせて十二名。そのうち民間人が三名、避難を拒んだブリタニカ系住民です。」
一瞬、指令室が凍りつく。
オセリスは深く息を吐いた。
「……最悪だ。」
――同・仮設宿舎。
レイはモニターを睨みつけながら苛立ったように叫ぶ。
「おいおい、ふざけんなよ!越境ってマジかよ!」
キースが低く答える。
「現場の判断ミスか、あるいは……意図的な挑発だな。」
ミリィが小さく唇を噛む。
「まるで誰かが、戦争を望んでるみたい……。」
「いや、望んでる“誰か”がいるんだよ。」
レイが呟く。
「民意は開戦五十一%だ。たった二%差でも、“開戦”が国の意思になっちまう。後はもう止まらねぇ。」
キースが静かに立ち上がり、窓の外――遠くに見える境界線方向を見つめた。
「この島が燃えるのは時間の問題だ。」
――作戦ブリーフィングルーム。
オセリス大佐が前に立ち、ホワイトファング隊を集めていた。
「現在、政府はこの事件を“局地的衝突”として処理しようとしている。しかし、エウロパ本国では“全面反撃”の声が急速に高まっている。もはや政治が現場を抑えられん。」
一同の顔がこわばる。
「我々は、越境行為があったヴァレン峠へ展開する。防衛線を維持しつつ、住民の避難支援を最優先とする。」
レイが思わず手を挙げた。
「大佐、つまり……俺たちは戦争に突入するってことですか?」
オセリスはしばし沈黙した後、重く頷いた。
「命令が下れば、そうなる。だが――最初の一発を撃つのは我々ではない。いいな。」
「……了解です。」
キースが短く答えた。
――夜・キャンプ。風が冷たくなっていた。
レイは焚き火の前で小石を投げながら、ぼそりと呟く。
「なぁキース。本当に、戦うのか……?」
キースは黙って少しだけ目を伏せ、やがて低く答えた。
「俺たちがここに来た理由は明白だ。もう止められないなら、覚悟を決めるしかない。」
長い沈黙のあと、キースは続ける。
「だけど、あのアレクセイ王の言葉だけは忘れるな――“民の中に理念と誇りがある限り……”」
「ブリタニカは不滅、か。」レイが苦笑交じりに言う。
ミリィが静かに前に出て、拳を握りしめた。
「この地の人たちのためにも、早く終わらせましょう。」
――焚き火がぱちりと鳴り、三人の影が夜に溶けた。
このまま静かに夜が更けるかと思われたその刹那、遠くで轟音が鳴った。
空が、一瞬赤く染まる。
「……何だ!?」
「ケアン基地から報告!エウロパ軍が反撃を開始!」
警報が鳴り響く。
炎が、夜空を裂いた。
――ピースブリタニカ島、開戦。




