第11話「ピースブリタニカ」
――ニュースが世界を駆け抜けた。
コロンゴ政府が発表した「国民投票による開戦可否」の実施から、すでに四日。
エウロパとの緊張は最高潮に達していた。
「現在、コロンゴおよびエウロパ両国はピースブリタニカ島へ軍を集結させています。陸軍部隊が国境線に展開し、両国海軍が周辺海域を警戒の中、空軍も常時待機態勢に入っている状態です。両国の友好国であるディパンの調停努力も空しく、全面衝突は時間の問題とも言われています。」
ニュースキャスターの声が無機質に響く。
「現地住民には退避勧告が出されていますが、避難率はおよそ八割止まり。残る二割は、島に留まる意志を固めています。彼らの行動は『ブリタニカの理念』への忠誠、あるいは“反戦の意思表示”と見る専門家もいます。」
画面の端で、島の街並みを背に避難を拒む老夫婦の映像が流れる。
男は小さくつぶやいた。「この島は誰のものでもない。神の下に、平和を誓った民の島だ。」と。
コロンゴの国民投票まで、あと二日。
結果次第で、世界は再び戦火に包まれる――。
ーーそのピースブリタニカ島に、キースたち〈ホワイトファング隊〉の輸送機が降り立った。
空はどんよりと曇り、海風は塩の匂いを運んでくる。
街には軍の装甲車が並び、住民たちは窓の隙間から冷たい視線を投げていた。
「……すごい目で見られてるな。」レイが肩をすくめた。
「そりゃそうだよ。」ミリィが答える。「この島の人たちにとって、軍服は“平和を壊す象徴”だから。」
「でも、こんな状況で避難しないなんておかしくないか?」レイが不思議そうに言う。
そのとき、先を歩いていたオセリス大佐が立ち止まった。
「お前たち、ピースブリタニカ島の歴史を知っているか?」
唐突な問いに、レイは答えを探して口ごもる。
代わりにミリィが静かに口を開いた。
「賢王アレクセイのことですね。約二百五十年前、この島あったブリタニカ王国。
他国を侵略せず、長きに渡って平和を守り続けた国。でも、やがてコロンゴとエウロパの技術革新の波に呑まれ、軍事力で劣るブリタニカは侵略の危機に晒されたんです。」
「そこで“賢王アレクセイ”の登場だな」キースが頷く。
ミリィは微笑みを浮かべて続けた。
「アレクセイ王は、玉砕か屈服かの二択を迫らた。でも彼は、どちらも選ばなかった。
両国が平等な立場でこの地を共同統治する――という条件を出して、平和的降伏を選んだ。」
キースが言葉を引き取る。
「結果、両国はその知恵と平和への矜持に感銘を受け、この島を“ピースブリタニカ”と改め、今も共同統治を続けている……ってわけか。」
「アレだろ、アレクセイ王の名言。」レイが口を挟んだ。
「“国滅ぶとも、民の中にブリタニカの理念と誇りある限り、ブリタニカは不滅である”――ってやつ。」
オセリス大佐が静かに頷いた。
「その通りだ。この地の住民の多くはブリタニカの血を引いている。
避難しないのは、彼らの平和への意志の表れだ。
彼らは軍を憎んでいるが、暴力では返さない。
……たとえ戦争になっても、この地を離れようとはしないだろう。」
「ブリタニカ人の誇りと理念、ですか…」ミリィがつぶやく。
オセリスは遠くを見つめながら言った。
「そうだ。だからこそ、この島で戦争が起きてはならんのだ。」
「大佐は……反戦派なんですね。意外でした。」キースが思わず言った。
「俺が好戦主義に見えたか?」オセリスが笑う。
「参謀本部は開戦リスクを常に想定している。だが、基本は回避だ。
若いお前たちに殺し合いなど経験させたくはない。」
「……大佐。」レイが真顔になる。「俺、あんたのこと、冷たい機械人間だと思ってました。撤回します。尊敬します。」
「なら、まずは司令官への口の利き方を直すところからだな。」
オセリスが笑い、全員が吹き出す。
束の間の笑い。
だがその後の言葉は、重く響いた。
「――まぁ、希望は希望だ。開戦となれば、俺もお前たちに非情な命令を下さねばならん。その覚悟だけは、忘れるな。」
三人は黙って頷いた。
それぞれの胸に、「覚悟」という言葉が重く沈んでいく。
ーーそして、運命の日。
世界が息を呑んだ国民投票の結果が、ついに発表された。
――開戦支持51%、反戦49%ーー
わずか二パーセントの差で、国民は戦いを選んだ。
ピースブリタニカの空に、遠く雷鳴が響いた。
それは嵐の前触れだった。




