1 ボコボコにされるクマの話
むかしむかし。あるところに、はたらきものの子どもがいました。
まいにち水をくみに川へ行き、畑をたがやしました。
しかし、ある日。みちに、おおきなくまがあらわれました。
「くまさん。ぼくはこのみちをとおりたいんだ。すこしよけてくれないか?」
子どもはいいますが、くまはよけません。
しかたなく、大きなあしのあいだをくぐろうとしました。
すると、とつぜんくまは大きなこえを出しておそいかかってきました。
そのとき。とつぜん女の子があらわれました。
女の子はいいます。
「この子はきみによけてくれないか?とたずねたのによけなかった。
よけないのなら、わたしはきみをたおさないといけない。」
それでも、まだくまは大きなつめをふりまわしています。
とうとう女の子はくさりをくまにまきつけて、やっつけてしまいました。
「たすけてくれて、ありがとう。」
さらに、はたらきものの子どもはききました。
「とうしてそんなにつよいの?」
女の子はこたえました。
「わたしはくまをやっつけた。だからつよくないといけないの。」
はたらきものの子どもはがんばってつよくなり、
ずっとしあわせにくらしましたとさ。おしまい。
◆◆◆
「ママ。この女の子ひどい!」
「あら、どうしてそう思うの?」
母親に絵本を読み聞かせてもらった少女は頬を膨らませた。
「だってくまさんは言葉分からないでしょう?なのにやっつけたんだよ?」
「ふふっそうね、クレア。」
母親はクレア、と呼ばれた少女の頬を両手で包んだ。
空気を沢山溜め込んだ頬がふしゅっ、としぼむ。
「そんな風におかしいって思ったときにね、くまさんを守ってあげられる人になるのよ。」
「クレア…ちょっとくまさん、怖い。」
少女の頭の中には、クマと女の子の間に立ちふさがった自分が
クマに背後から襲われる様子が浮かんでいた。
「くまさんを森に逃がしてあげてもいいし、女の子を説得してもいい。守る方法はたくさんあるわ。
なによりも、あなた自身を大切にしなくっちゃ。」
「うん!」
「ママもあなたのことが大切よ。」
◆◆◆
「あの子が『鎖姫』なのかぁ。ほんとにいたんだ。」
街を歩きながら、私は幼少期に読んだ絵本を思い出してみる。
言葉のわからないクマをボコボコにするという浅くて理不尽なストーリーでありながら
最後の女の子のセリフが深くて難しいというアンバランスさが印象的だった。
『数百年前の歴史書にも登場したとか。』
オーナーの言っていたことは本当なのだろうか。だとしたら人間とは思えない。
それとも―――
カタンッ
「ひゃっ!びっくりした!…なんだ、ネズミか。」
ぼうっと考え込んでいた私は足元で鉢植えを倒したネズミにおおげさに驚いてしまう。
暗いし、このあたりは住宅街だから人通りも少ないし不気味だね。
今日はそろそろ帰ろう。
鉢植えを元通りに立て直して来た道を引き返すことにした。
オーナーの酒場まで戻ってきた時。
「――私子どもじゃないもん!ほんとだって!」
「だから身分証明書を、って言ってるじゃないか。」
「ない!」
なにを、しているんだろう。
オーナーと店先で言い争っているフードを被った子どもは。
髪も顔もほとんど隠れて見えないけれど、特徴的な声。背丈。
紛れもなく『鎖姫』だった。
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