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 何となく自分の中で答えを出して仕事を開始したけど、やっぱり質問の理由が気になってしまう。

 手を止めず部屋の掃除を続けながらぐるぐると考え続けて、婚約者に好かれるために女性の好みを知りたかったのではないか、と結論が出た。


 わたしの意見が参考になるかはわからないけど、少しでもお役に立てたなら嬉しい。



 ……でも、なんだかちょっと悲しいな。


 …………………………ん???


 なんだかちょっと悲しいな…ってなんでちょっと悲しいんだろう。エバンズ様に婚約者ができたのが本当なら喜ばしいことのはずなのに。

 エバンズ様は勘違いされやすいけど、本当はとても優しい方で、使用人のわたしのことも気遣ってくれて、仕事にも真摯に打ち込んで…、こんな素敵な方がが婚約者の方と幸せになることは喜ばしいことのはずなのに。

  

 何故か少し悲しくなったところで12時を知らせる鐘の音が聞こえた。

 考え事をしてたら、すっかり時計を見忘れてお昼の用意をするのが遅くなっちゃった!

 慌ててエバンズ様に声をかけてランチの準備を始める。お客様用のテーブルにランチマットを広げて、サンドイッチと飲み物を並べる。



「エバンズ様、お昼の準備ができました!お待たせして申し訳ありません」



再度エバンズ様に声をかけると、テーブルの席へ座って、わたしにも席に着くように声をかけてくださった。


 静かな2人のランチタイムが始まった。


 この仕事の初日には想像もつかない光景だなあ。

 エバンズ様がわたしのサンドイッチを召し上がっていて、しかもわたしも一緒に食べていること。穏やかな会話があること。エバンズ様が時々笑ってくださること。


 初日呪いにかけられるかも、なんて怖がっていたのが嘘みたい。

 でも、婚約が本当だったら、この時間はなくなってしまうかもしれないんだよね…。それはちょっと悲しいな…。


 ってちょっと待って!!!


 もしかして、わたしがちょっと悲しかったのって、これ?エバンズ様と一緒にお昼を食べられないことが悲しかったのかな!?

 わ、なんか本当にそうな気がする…!

 そっかそっか、こうやってせっかく少し仲良くなったのに、エバンズ様が婚約されたことでこの時間がなくなるのが寂しかったのね、わたしは。まるで小さい子供みたい。



「ふふ」



自分の幼さがなんだかおかしくて、少しだけ笑ってしまった。

 静かな時間に急に笑ったわたしを、エバンズ様は見逃さなかったようで。



「なんで笑ってるの?」



と聞かれてしまった。


「いえ、すみません、大したことではないんです」


「大したことなくても気になるし…じゃなくて、理由言えないの?」



 前半部分すごく小声だから聞こえなかったぞ?なんておっしゃったんだろう…

 いや、でも今はそこじゃないな。大事なのは結局笑った理由を聞かれているってことだよね……!

 思ったより追及されてしまっている……そういえばエバンズ様ってちょっとしつこ…いや、細部まで気になる方なんだった。

 でも、なんで、と言われても。わたしの子供みたいな気持ちを言うのはちょっと恥ずかしいし、ましてや婚約者のいる方に言う言葉じゃない。どうにかうまく誤魔化したい…!



「えと、えーと、今朝の弟の様子を思い出しまして…」


「へえ、弟の。どんなことがあったの?」


え、どんなことがあったか…?まずい、適当に言ったけど具体的な内容は全然思い浮かんでなかった…!

 前髪で目が見えないのに、強い視線を感じる。絶対に疑いの眼差しでわたしを見ている…!誤魔化せるのか!?


 バロン、悪いんだけど名前を貸してね…!


 

「お、弟が寝坊をして、その…!」


「へえ、弟が?」


「そ、そうなんです!それで、えーと、」



えーと、えーと、続き続き、どうしよう!思わず笑っちゃうような面白い話なんてすぐには思いつかないよう!!



「ねえ」



ひょえっ!

なんとか話の続きを考えていると、エバンズ様がいつもより低い声で呼んだ。



「は!はい!」


「目が泳ぎすぎだよ」


「は、はい…」



なんで泳いじゃうの!目!!



「そんなに僕に言いにくいことなの?」



そ、そりゃあ言いにくいですよ!

 

 子供っぽいことを考えてた自分がおかしくて、なんて!

 そう言ったら絶対エバンズ様のことだら、「子供っぽいことって何?」って聞いてくるでしょ!?

 そしたら、エバンズ様とご飯を食べられなくなるのが寂しいって思ったんです、って言わなくちゃいけなくなって、………そんな恥ずかしいこと言えない!!

 だから言いにくし、言えないんです!

 …ってはっきり言えれば楽なのにい〜!!それだって言えない!どうしよう!!!


 わたしが返事に迷っていると、エバンズ様は重ねて質問をしてきた。



「あの、ジェイドって人のことでも考えてた?」



……ん?????ジェイドさん?


 な、なぜ…?



「それか、明るくて話しやすい、違う男のこと?」



ち、チガウオトコ…?


 一体全体、エバンズ様が何を言っているかわからない。どうして、わたしが思わず笑ったら男性のことを考えていると言うことになるの??



「どうなの」



混乱するわたしをよそに、エバンズ様は質問を重ねてくる。



「否定しないってことは、そういうことだよね。ジェイド?それとも別の男?」




な!!!


「なんでそうなるんですか!違います!!」



あまりにも問い詰められすぎて、わたしの脳みそは考えることを放棄したらしい。とうとう反射で答えてしまった。


「違うの?」


「違いますよ!」


「じゃあ何を考えてたの?」


「自分が子供だなと思っていただけです!」


「子供…?」


「そうです!この一緒にご飯を食べる時間がなくなるのが寂しいなと思うなんて子供だなって……って!!なななななんでもないです!すみません失礼なことを言いまして!!!」



なんてことでしょう!!!口を滑らせてしまうなんて!!!!


 頭がいっぱいになると、思ったことをそのまま言ってしまうこの癖、本当にどうにからないかな!!

 そうして言い切ったあとにようやく思考が戻ってくるんだから困っちゃうよう……泣きたい……


 どうしようどうしよう、婚約者がいる方にこんなことを言うなんて、絶対に許されないのに!しかもわたしは使用人。本当だったら一緒にご飯を食べること自体あり得ないのに、その時間がなくなることが寂しいって言うなんて、立場を弁えられていないにもほどがある…!!


 うわあああ今度こそ終わり!クビだクビ!

 クビになったら、ランチを食べるどころの話じゃないのに!元も子もない!



 終わり、終わった…



 頭を下げたまま絶望に浸っていると、




「ふふ」




向かいから穏やかな笑い声が聞こえてきた。




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