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翌日からわたしはサンドイッチを持参して仕事に行くようになった。お昼はわたしもエバンズ様もエバンズ様の仕事部屋で一緒に食べている。
エバンズ様は口数は多くないし、わたしはメイドだから自分から話しかけることをほとんどしないから、静かなランチではある。だけど、仕事の話とか天気の話とかたわいもない話をすることもあるし、相変わらず前髪で目は見えないけど、表情豊かになった気もする。上司と部下の関係ではあるけど、なんだか心の距離が少し縮まった気がして嬉しい…ふふふ。
部屋はどんどん片付いて、初日に見た部屋とは思えないほど綺麗になった。片付けが終わったら仕事がなくなっちゃうかも、なんて思ったけどそんなことは全くなく、今は次々に出現する新しい書類の整理とエバンズ様の黒いローブを片付けや仕事関係の雑用をしている。
そうして過ごして1ヶ月が経った。
よし、今日も頑張るぞ。今日のサンドイッチはハムチーズと、甘いのもこの前美味しいっておっしゃっていたからいちごジャムを作ってきたの!ああお昼休憩が楽しみだな〜!
「お!おはよう!1ヶ月ぶりか?俺のこと覚えてるか?」
お昼ご飯のことを考えながら出勤のためにエバンズ様の部屋に向かって歩いていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あ!おはようございます!この前は部屋まで案内していただいてありがとうございました。」
初日にエバンズ様の部屋まで案内してくれた騎士さんだった。
「そういえば自己紹介がまだだったな。ジェイド・グラスだ。子爵家の次男で騎士をやってるんだ。よろしく。」
「いえいえ!わたしこそ挨拶が遅れて申し訳ありません。メイベル・ペリドットと申します。よろしくお願いします」
「ペリドットといえば同じ子爵家じゃないか。そんなに畏まらないでくれ。」
聞けばジェイドさんはわたしの2歳年上だった。様はやめてくれ、と頼まれて「ジェイドさん」と呼ぶことになった。
俗にいう細マッチョで気さくで爽やかな人だ。赤茶の短髪が良く似合う精悍な顔立ち。これはきっとモテるな…
「そういえば、エバンズ様付きのメイドが1ヶ月持つなんて初めてだから、城の中でちょっとした噂になってるぞ。」
「ええ!噂ですか?」
そんなの全く気づかなかった。
「エバンズ様部屋付きのメイドが珍しく長く続いてるって。でもそのメイドが食堂にもこなくて会えないから、みんな一目見てみたいってさ」
ははは、とジェイドさんは笑う。
た、確かに…
わたしは1ヶ月この城に勤めているけど、エバンズ様のお部屋以外に行くことは全くない。更衣室でもメイドの数は多いし、わたし以外のメイドさんは仕事中複数人で行動する人が多くて、そのグループで仲良く話している人が多いから、わたしは誰とも喋らないし、わたしがエバンズ様の部屋付きメイドって知っている人は意外と少ないのかも…
「そういえば、エバンズ様についてで、近々婚約するって言う噂もあったな。最近前より挨拶を返してくれるようになったり城内で評判が良くなってるから、婚約がまとまったんじゃないか、とか言う噂もあるけど知ってるか?」
こ、こんやく…!?
「い、いえまったく…」
「そうか!まあただの噂だし、婚約したからといって仕事は続けるだろうし、メイベルに何か影響があるわけじゃないだろうからな。」
た、たしかに…仕事に影響さえ出なければ何の関係もないよね、わたしには。
ご本人から報告があれば祝福の言葉をお送りして、それで、結婚されたらその時はまた祝福の言葉をお送りして…、それでわたしはいつも通り資料整理とエバンズ様のローブをご用意して、…あ、朝にはサンドイッチを作らなくちゃ……って、それはいらないか。
今後は婚約者様が用意するんだろうな。お昼を一緒に食べることも無くなるのかもしれない。まあでもそれが普通。今までが変だっただけかあ…
色々と考えていたらいつの間にかエバンズ様の部屋の前まで到着していた。どうやらぼんやり歩いていたみたいで、部屋の前でジェイドさんに何度も声をかけてもらってハッとした。
「す、すみません、ぼんやりしてしまったみたいで…」
「ああ、気にするな。体調が悪くなったか?」
「大丈夫です!わざわざエバンズ様のお部屋の前まで送ってもらっちゃってすみません。お話できて楽しかったです!」
「いや、俺も初日からどうなった気になってたから、久しぶりに会えてよかった!じゃあ今日も頑張ろうな」
ジェイド様は爽やかな笑顔で持ち場に向かっていった。
ああ、申し訳ないな…心配をかけた上に送ってもらっちゃって…完全に自分の世界に入っちゃってた…
エバンズ様の部屋はお城の中でも端の方にあるし、遠回りだっただろうな…ジェイドさんすみませんありがとうございます。
さて、婚約者の話を聞いちゃって戸惑うことは色々あるけど、とにかく!わたしは与えられた仕事をするしかない!考えるのは仕事が終わってからにしよう!
一度エバンズ様の婚約の話を頭から追い出し、いつも通りエバンズ様の部屋に入った。
「失礼致します。おはようございますエバンズ様。」
部屋に入って一礼すると、すでにエバンズ様はいつものデスクで資料と向き合われていた。
エバンズ様はわたしより朝早く来て、わたしより遅く帰ることが多い。なんなら寝泊まりもここでしていることが多いとか。だから初日仕事着の真っ黒のローブが床に散乱していたみたい。
ここはお城だから、下働きの者から、客人の高位貴族まで様々な人が訪れる。だからシャワールームもそれぞれに完備されているらしい。わたしは使ったことがないけど、夜通し働く人とか、お泊まりに来る客人とかのためにお風呂も含めた寝泊まりの設備もあるらしい。エバンズ様はそれを利用することがあるって前教えてくれた。
「今日もお部屋の清掃と資料整理でよろしいでしょうか」
お仕事の内容を朝一番で確認してから仕事を始めるようにしていて、いつも通りエバンズ様に声をかけた。
「……」
……?いつもならすぐに返事が来るのにエバンズ様は手元の資料をじっと見たまま動かない。
「……エバンズ様…?」
もう一度声をかける。
「今日、」
「…?はい」
「今日この部屋の前で男と喋っていたよね」
「あ、はい」
扉の前での会話が聞こえていたのかな?木の扉だし、そんなに防音性は高くなさそうだもんね。
「だれ?」
「騎士のジェイドさんという方です。ここのお仕事の初日にお部屋まで案内してくださった方です。」
「それで?」
……それで…?
「えと、それで今日も朝に偶然お会いしたんです」
「ここまで送ってもらったの?」
「はい、久しぶりにお会いして、お話をしながら歩いていたらここまで送っていただく形になってしまって…」
「ふうん」
ふうん???
「仲良いの?」
「仲は…お会いするのは今日で2度目なのでなんとも……。ただジェイドさんが明るくて話しやすい方なので、すこし会話は弾んだように思いますけど…」
「そういう人が好きなの?」
好き????
「は、はあまあ、」
明るくて話しやすい性格の方を好きな人は多いと思うけど…
一体どういう意味の質問なんだろう…?
なんて答えたら良いのか分からず曖昧な返事をしてしまったわたしをじっと見ながら、エバンズ様はそうか、と呟いた後、仕事の指示だけ出してご自分の仕事を始めてしまった。
わたしもそれにならって静かに仕事を始めるけど頭の中はさっきの質問のことでいっぱい。
どうしてあんな質問をしたのかは気になるけど…、エバンズ様が言わないことを聞き出そうなんて無理な話だよね。わたしの人間関係をご存知なかっただろうから、ふと気になったのかな?
あ、それとももしかして今朝の婚約者の話が関係していたりして。婚約者の方に好かれたいから、女性の好みを知りたかったのかも…!……確かに、それが1番しっくりくるな。ウンウン。
わたしはなんとなく結論を出して、今日も床に落ちている黒のローブを拾うことにした。