③ 激闘の末に
やばい、どうしよう……。
強盗は、コンビニの外に集まり出した人達にも、大声を浴びせた。
「お前らも、店に入りよったら、ガキを殺すきにゃあ!」
その言葉に、外にいる人達は、その場で傍観するしか出来なくなってしまった。
次に強盗は、商品棚にあった作業用ロープで、僕達の両手を後ろ手にして結んだ。
素早く店内中央の柱に縛り付けると、無理やり座らされた。
僕達の自由を奪った強盗は、カウンターの上に腰を下ろして、頭をボリボリと掻いている。
この局面を、どう打破するか、そんな事を考えているようだ。
そういえば、裏口からは逃げられないのだろうか?
もしかしたら、僕達を人質にして逃げるつもりだろうか?
あぁ、早く諦めてくれると、良いのだけれど……。
◇ ◇ ◇
(くっそぅ……)
僕の隣で縛られている和也が、悔しそうな声で唸った。
和也は涙目で、何度も瞬きを、繰り返している。
僕は、強盗に聴こえないよう、小声で話しかけた。
(和也、大丈夫? 目、見える?)
(ああ、見えるようになってきた。ちくしょう、あんなジジイにやられるとは……)
(仕方ないよ。まさか、あんな武器を隠し持ってるとはね)
(まだ顔がヒリヒリするぜ。催涙スプレーってやつかな。あんな物まで持ってるって事は、あいつ今までも、強盗やってたんじゃねえか?)
(そうかもね)
(あーあ、最悪だ。これ、ニュースとかになるんだろ? もう恥ずかしくて、学校に行けねえよ。あんな弱そうなジジイにやられたなんてよ)
(……)
(だいたい、何でこんな事になったんだよ、まったく。圭太のしょうもない小説なんか、手伝わなきゃ良かったぜ)
(……しょうもないって、何だよ)
(だってそうだろ? どうせまた、くどい文章を書くんだろ? ほんと読んでいて、イライラするぜ。そう言えば、良い作品が出来たら、新人賞に応募するとか言ってたな。はっきり言って、お前の小説なんか送ったら、編集部への嫌がらせだぞ。三十秒で、シュレッダー行き確定だな。ゴミだからな)
……嫌がらせ?
……シュレッダー行き確定?
……ゴミ?
なんだよ。
なんだよ、和也。
なんで、そんな酷い事ばかり言うんだよ。
お前は、人の心ってものが無いのか?
(ぼ、僕だって、頑張って書いてるんだよ……)
(あ? 頑張って書いても、才能ゼロなんだから、意味ないだろ。時間の無駄)
……まただ。
才能ゼロ、時間の無駄。
中学の時にも、同じ事を散々言われ続けた。
あの頃、僕は漫画家を目指して、絵ばかりを描いていた。
だが、いつも和也のダメ出しが入ってきた。
絵が下手、コマ割りがダメ、女キャラがオカマに見える。
頑張って描いてるのに、言いたい放題だ。
二年間も才能ゼロ、時間の無駄と言われ続けた僕は、とうとう漫画を描く事をやめてしまった。
高校生になると、僕は文学に興味を持ち始め、小説を執筆し始めた。
だがやはり、ここでも僕の前に立ちはだかるのは、和也だ。
小説についても、ダメ出しばかりしてくる。
(ひ……酷いじゃないか……)
(酷いのは、お前のクソ小説だろ)
和也が、投げやりに言う。
もう我慢の限界だった。
怒りの津波が押し寄せ、自制心の堤防が決壊した。
ああ……熱い……。
燃えるように、身体が熱い。
全身の血液が、沸騰しているようだ。
もう……何が何だか……分からなくなってきた……。
(おい圭太、どうした? 顔が真っ赤だぞ)
「う、うるさい……うるさい……うるさいよ! 和也に何が分かるんだよ!」
(おい、声がでかいって!)
「毎日毎日、小説を読みあさっては、徹夜で一生懸命、書いてるんだよ! 簡単に才能ゼロとか、時間の無駄とか、言うなよ! 和也に僕の苦労が、少しでも分かるのかよぉ!」
(け、圭太……)
「一度でいいよ! たった一言でいいよ! よくやったとか、頑張ったとか、言ってくれよぉ! 幼稚園の頃からずっと一緒にいるのに、一度も僕を褒めてくれた事がないじゃないか! 小説を破られても、毎回見せているのは、和也に褒めて欲しいからだよぉぉ! 認めて欲しいからだよぉぉぉぉ! なんで分からないんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ————————!!!!」
止めどなく、涙が溢れた。
同時に、ジタバタと手足をよじらせた。
荒れ狂う僕の様子を見た強盗が、怒り心頭で走って来た。
「うるさいわや、クソチビ! おんしゃあ、しばかれたいがかや!」
「なんだよ、チンケな強盗のくせに! どうせギャンブルで作った借金で、首が回らなくなったんだろ! 偉そうにするな! だいたい『おんしゃあ』って何だよ! 日本語喋れ!」
僕は、自分でもビックリするくらい、大胆に言い返してしまった。
感情的になっているとはいえ、包丁を持った強盗を相手に、こんな事を言ってしまうとは……。
「お、おい、圭太やめろって! 落ち着けよ!」
和也が、慌てふためく。
「なんな、このチビは! いよいよ、まっこと、刺されんと分からんがかや!」
「刺せるものなら、刺してみろよ! そんな度胸あるのかよ、クソジジイ!」
理性を失った僕は、また口を滑らしてしまった。
ああ……もう、どうにでもなれっ!
激怒した強盗は、包丁を振り上げた。
何という事だ。
これから僕に向かって、刃物を振り下ろすつもりなのだ。
あの目は、本気の目だ!
僕は思わず叫びながら、暴れた。
「うわぁぁぁ、人殺ちぃぃぃぃぃぃ!」
その時、後ろ手に縛られていたロープが、外れた。
身体の自由を手に入れた僕が、床に転がると、強盗と和也が目を剥いて驚いた。
……そうか、ずっとジタバタしていたから、ロープが緩くなったんだ。
もしかしたら、小柄な僕には、きつく結んでいなかったのかも知れない。
「逃げろ!」と、和也が叫んだ。
その声に、ハッとした僕は、背中を押されるように駆け出した。
だが僕は、自動ドアの前で足を止める。
僕だけ逃げてしまったら、和也はどうなる?
……置いていけない。
和也一人を、置いていくわけにはいかない。
僕は振り返ると、叫んだ。
それは、恐怖を払いのけるためだった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
無謀にも、包丁を持つ強盗に突進する。
逃げられたと思って、諦めていた強盗が、面食らった顔をした。
まさか振り返って、突進してくるとは、思わなかったのだろう。
強盗が包丁を構えるより早く、体当たりをする。
ドスン!
強盗が、よろけた。
そこへ、和也の強烈な一撃!
なんと強盗の股間を、思いっきり蹴り上げたのだ!
ドスッ!
「はううっ……!」
強盗は、股間を押さえて硬直すると、その場にゆっくりと崩れた。
その後は、ピクピクと痙攣するだけだった。
そんな強盗を見て、外にいる人達が一斉が入って来た。
つづく……